十の輪をくぐる の商品レビュー
現代と60年前を交互に描きながら、真実が明らかになる。60を前にしたおじさんも変わることができる。後味のいい物語だった。
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万津子が紡績工場で働いた愛知県一宮市は、私の故郷です。集団就職があったことも本書で知り、万津子の時代とは違うため、当時のことは想像するしかできないけれど、これがどのようにオリンピックと繋がるかと期待したのですが、予想外の展開でした。 日本が高度成長と言われる中で、夢を捨てざるを得なかった人、夢を捨ててしまった人、夢を諦めざるを得なかった人、夢すら持てなかった人、誰もが貧しく、苦しくて、そんな時代に精いっぱい生きていく姿に、目頭を熱くしながら、声にならない声援を送っていました。登場人物の一人ひとりに誰にも言えない事、言いたく無い事がきっと沢山あったんだと気づきながら。苦労するためだけに生まれてきたかのようなこの人の人生に。そして、「東洋の魔女」という魔法の言葉は、あの時代を生きた人たちをどれだけ救うことができたのだろうか、と。 ADHDの話題で、『この世の中には、普通の人もいないし、異常な人もいない。どんな特性も、必要。だからDNAが残ってる』は、心に沁みる。障害ではなくても、誰もが、「普通じゃない一面」に悩んでいる今日、このメッセージに胸がいっぱいになりました。 印象的なフレーズは: ★だいたいの人たちは、何かしらの危機感を持って有意義な時間を過ごそうとしているように見えた。 ★最近映画を見ましたか。ご主人との生活は楽しいですか--。女工時代のほうが楽しかった、とは思いたくなかった。…。自分は「もっとよか未来」に向かって進んでいかなくてはいけないのだ。 ★ある日の親友の言葉を思い出し、胸がツンと痛くなった。到底手の届かん夢だったよ、 ★人には、得意不得意が必ずあるから。打ち消しあってゼロくらいになっていれば、それでいいの ★魔法の言葉だ。口に出すだけで、何でもできる気がしてくる。どんな苦しい努力も、どんな高い夢への邁進も、この言葉の前では否定されない。女性だからということにもとらわれず、まだ見ぬ場所へと羽ばたく勇気をもらうことができる ★地下鉄やモノレールが通り、幅の広い道路が整備され、豪華なホテルが次々と建ち、東海道新幹線という世界初の高速鉄道まで開通する予定の、大都市・東京。 いったいどんな場所だろう---と、目をつむって創造する。 人々は、もっと自由に暮らしているのだろうか。 街は活気に満ちているのだろうか 誰しもが夢や希望を持っているのだろうか。 炭鉱で栄えてきた大牟田や、紡績工場の集まる一宮でさえも、東京から見れば田舎なのだろう。 だとすれば、ここは何なのだ。 地の果てだろうか。
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ただのオリンピックの話じゃなかった。 いまや認知症になり老いてしまった80歳の女性にも 若い頃の夢や青春があったのだと 当たり前だけど改めて気付かされた。 そして、息子には言っていない、ただならない苦労や後悔も。 私も、親の若い頃のすべては知らない。 ましてや祖父母のそれは全...
ただのオリンピックの話じゃなかった。 いまや認知症になり老いてしまった80歳の女性にも 若い頃の夢や青春があったのだと 当たり前だけど改めて気付かされた。 そして、息子には言っていない、ただならない苦労や後悔も。 私も、親の若い頃のすべては知らない。 ましてや祖父母のそれは全くと言っていいほどだ。 子や孫に隠している「秘密」は、きっと誰にもあるだろう。 話は、1964年ごろと、2019年が交互に描かれる。 幼少期の泰介と、定年間近の泰介のことを行き来する。 本の3分の2くらいまではちょっと泰介にいらいらしてしまう内容で、正直途中で読むのをやめようかと思ったくらいだった。 だけど、最後までぜひ読んでほしい。 後半の3分の1はスピーディーで、ぜんぶすっきりとまとめてくれた。 万津子が泰介にずっと隠してきた「秘密」が明らかになる。 …が、正直もっと早くに明らかになっていれば、 人生の終焉を迎えようとしている万津子の人生は、定年間近の泰介の人生は、もう少し違っていただろうに、と悔やまれる。 けれども、泰介が定年間近になって、娘の萌子が高校生になって、バレーボールの才能を開花させようとしている時だからこそ明らかにできたのだ、とも思える。 ぎりぎりとはいえ、「真実」が明らかになってよかったのだ。間に合ってよかった。 1964年のオリンピックの熱気も伝わってきた。 家族が、日本が、一丸となって熱狂した。 その様子が鮮やかに描かれる。 作者は当時など知るはずもない平成生まれであることに感嘆した。 「私は、東洋の魔女」という祖母・万津子の台詞が 読後、違う意味となった。 ちょうど今、まさに、オリンピックに関連する女性蔑視問題が取り沙汰されている。 「私は、東洋の魔女」という言葉の真意を、私も噛みしめたい。
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定年間近のサラリーマン・泰介と、認知性を患う彼の母・万津子。東京で開催される2回のオリンピックとバレーボールをキーワードに、子育てに苦労する万津子と、思うに任せない人生に苛立つ泰介の姿を交互に描く。2/3くらいまでひたすらつらい内容で、何度も読むのをやめようと思った。その先は逆に...
定年間近のサラリーマン・泰介と、認知性を患う彼の母・万津子。東京で開催される2回のオリンピックとバレーボールをキーワードに、子育てに苦労する万津子と、思うに任せない人生に苛立つ泰介の姿を交互に描く。2/3くらいまでひたすらつらい内容で、何度も読むのをやめようと思った。その先は逆に何もかもうまく行き過ぎてシラけた。だが物語は2020年初頭で終わり、ぼくらはその先に何が起きたか知っている。彼ら家族を待ち受ける未来は決して明るくない。
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多くの人が読むべき本です。 最近若い作家さんの作品を続けて拝読しましたが、特に良かった。他の作品はどちらかというと、本人たちの心の動きや描写にフォーカスしたものが多かったように思う。この作品は過去の事実とリンクさせていたり、方言をしっかり入れ込んでたりと、奥行きやリアリティーを感...
多くの人が読むべき本です。 最近若い作家さんの作品を続けて拝読しましたが、特に良かった。他の作品はどちらかというと、本人たちの心の動きや描写にフォーカスしたものが多かったように思う。この作品は過去の事実とリンクさせていたり、方言をしっかり入れ込んでたりと、奥行きやリアリティーを感じさせる作品だったように感じた。 私の母も、「あの時は大変だったけど、大変だったということしか覚えてないよ」って漏らしたことがある。言えない事、言いたく無い事がきっとたくさんあるのだろうと思う。 「親孝行、したい時に親はなし」とはよく言ったもので、誕生日、父の日、母の日、結婚記念日、バレンタイン、ボーナス時、帰省時…イベント以外でも感謝は伝えていきたいと考えさせられる作品でした。2時間ドラマ化してもいいよね。
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+++ スミダスポーツで働く泰介は、認知症を患う80歳の母・万津子を自宅で介護しながら、妻と、バレーボール部でエースとして活躍する高校2年生の娘とともに暮らしている。あるとき、万津子がテレビのオリンピック特集を見て「私は…東洋の魔女」「泰介には、秘密」と呟いた。泰介は、九州から東...
+++ スミダスポーツで働く泰介は、認知症を患う80歳の母・万津子を自宅で介護しながら、妻と、バレーボール部でエースとして活躍する高校2年生の娘とともに暮らしている。あるとき、万津子がテレビのオリンピック特集を見て「私は…東洋の魔女」「泰介には、秘密」と呟いた。泰介は、九州から東京へ出てきた母の過去を何も知らないことに気づく―。 +++ 東京で開催される二つのオリンピックを絡めた人間物語だと思った。一度目のオリンピックの時代、働いていた繊維工場でバレーボールをしていた晴れやかな記憶と育てにくい息子を抱えて苦労した記憶が、年月を経て認知症を発症した現在、二度目のオリンピックを前にして断片的によみがえり、万津子の心はふたつの時代を行き来している。息子の泰介は、母の特訓によりバレーボールにのめり込み、大学で同じクラブの由佳子と出会って結婚し、娘の萌子は、高校バレーで活躍し、オリンピック代表に選ばれることも夢ではない。オリンピックが重要なカギであることは間違いないが、佐藤家という家族、そのひとりひとりがどう生きるかを問いかける物語でもあるように思う。人間ってそんなに簡単に変われないよな、と思うところもあるが、全体的には充実したストーリーだった。自分の居場所を認められることの大切さを思わされる一冊でもあった。
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主人公の泰介の傍若無人ぶりがかなり鼻に付くなぁと、若干引き気味だったのですが、読み進めるとその態度にも訳があったと解り、見方が変わりました。 泰介の母・万津子が本当に出来た人で脱帽でした。暴力亭主からかばって貰えると思ったのに、万津子の母のそんなの耐えて当たり前発言にドン引...
主人公の泰介の傍若無人ぶりがかなり鼻に付くなぁと、若干引き気味だったのですが、読み進めるとその態度にも訳があったと解り、見方が変わりました。 泰介の母・万津子が本当に出来た人で脱帽でした。暴力亭主からかばって貰えると思ったのに、万津子の母のそんなの耐えて当たり前発言にドン引きでした。時代なのかもしれませんが、ハズレクジを掴まされた万津子の気持ちが切なかったです。 そして、泰介の妻と娘も良い人で、娘の萌子が良くあそこまで真っ直ぐに育ったかと思うと、妻の由佳子の器の大きさが伺えます。 佐藤家を繋ぐバレーボール。とても大切な存在なのだと思いました。
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二つの時代の五輪をまたいだ家族の物語。認知症を患った母が呟く謎の言葉をきっかけに、全く知らなかった母の過去に思いを馳せる息子。その中でとある自分の特性を知ることで、それまでは周りに不満を抱き自らの不遇をかこつばかりだった彼が、改めて自分や家族と向き合い生まれ変わっていくさまはすが...
二つの時代の五輪をまたいだ家族の物語。認知症を患った母が呟く謎の言葉をきっかけに、全く知らなかった母の過去に思いを馳せる息子。その中でとある自分の特性を知ることで、それまでは周りに不満を抱き自らの不遇をかこつばかりだった彼が、改めて自分や家族と向き合い生まれ変わっていくさまはすがすがしく、読んでいるほうも心強い気分にさせられました。人間はいつだって自分次第で変われるものなのかも。 一方で母・万津子の人生がとにかくつらい……必死に頑張っているのになぜにここまでの試練が襲い掛かるのか。だけど彼女の人生はある程度不幸だったかもしれないけれど、惨めで無意味なものだった、とは思えません。万津子はたぶん、特別な人ではないのですが。苦難に耐え、それでもまっすぐに我が子に愛情を注いだ彼女の強さは称賛されてしかるべき。どんな形であっても、彼女の人生は報われたと言えるのでしょうか。 そして何よりも大切なのは、その人それぞれに何かひとつでも心のよりどころを持っていれば、どれほど苦しくても生きていくことはできる、ということかもしれません。強い希望を感じられる物語です。
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初出 2018〜20年「きらら」、一部書き下ろし 昭和39年と令和2年(その後延期、開催できないとの観測も)の2つの東京五輪にまたがるバレーボールに関わる家族の物語なのでこのタイトルなのだが、主題はADHDの男の生き方なのだと思う。 昭和と令和の物語が交互に展開する。貧農の家...
初出 2018〜20年「きらら」、一部書き下ろし 昭和39年と令和2年(その後延期、開催できないとの観測も)の2つの東京五輪にまたがるバレーボールに関わる家族の物語なのでこのタイトルなのだが、主題はADHDの男の生き方なのだと思う。 昭和と令和の物語が交互に展開する。貧農の家に生まれた母万津子が中卒の集団就職で紡績工場に勤め、見合い結婚した相手が三池炭鉱の炭塵爆発で死ぬ昭和。バレーボールは大学でやめた息子の泰助が定年を前にして苦手なデータ処理部門に配属されてストレスを抱え、母は認知症、娘は名門高校のバレー部のエースという令和。この前半は作者らしくない暗く重い展開だが、半分ほどで母がかたくなに秘している昔の水死事件が絡んでから一気に展開が早くなる(読むスピードも上がる)。 58歳になっている泰助が、愛娘の勧めで受診したクリニックでADHDの診断を受けて、「長い間身を縛っていたものから解放された」と感じる場面では、とても救われる感じがするし、これを機に泰助は代わり周囲もいい方向に変わっていく。 春高バレーで娘の高校が大逆転優勝した日、バレーボールを教えてくれた母親は息を引き取り、泰助は感謝して深々と頭を下げる。 私もバレーボールは、東洋の魔女を見たあと中学から始め、社会人になってからも続けたが、人生の大きな部分になっていたと改めて思った。
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九州 長崎生まれ、前回東京オリンピック時は小2、中学ではバレー部、一週間前に母が亡くなりました。九州弁も随所に出てきたこともあり、自分と重ねながら読みました。久しぶりに胸がざわめきました。
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