大阪的 の商品レビュー
井上章一の大阪論、これはなかなかに“ひねりの効いた一冊”である。 これまで著者は京都を相手に、やや意地悪なまでの観察眼を向けてきた印象がある。それだけに、今度も同じ調子で大阪を料理するのかと思いきや、出てきたのはまさかの擁護論。これがまず面白い。 もっとも、その擁護の仕方がい...
井上章一の大阪論、これはなかなかに“ひねりの効いた一冊”である。 これまで著者は京都を相手に、やや意地悪なまでの観察眼を向けてきた印象がある。それだけに、今度も同じ調子で大阪を料理するのかと思いきや、出てきたのはまさかの擁護論。これがまず面白い。 もっとも、その擁護の仕方がいかにも井上流である。正面から「大阪は素晴らしい」と持ち上げるのではなく、「そもそも世間が思っている大阪像って、本当なのか?」と足元から崩していく。 たとえば「大阪人はおもろい」という、あまりにも有名なステレオタイプ。ボケればツッコむ、ツッコまれればボケ返す――そんなテンポのいいやり取りが日常的に繰り広げられている、というイメージである。 しかし著者は、さらりと言う。「そんなわけがない」と。 考えてみれば当たり前の話で、大阪にだって無口な人もいれば、冗談の通じない人もいる。にもかかわらず、なぜ「大阪人=おもろい」という図式がここまで強固に定着したのか。その原因を、テレビ、とりわけ在阪局の番組作りに求めるあたりが、この本の真骨頂である。 予算の限られたローカル局が、スターではなく素人を使い、「面白い瞬間」だけを切り取って放送する。すると視聴者は、それを“大阪の日常”だと思い込む。さらに取材される側も、「こう振る舞えば映る」と学習し、期待されるキャラクターを演じるようになる――。 なるほど、イメージとはこうして“作られる”のか、と妙に納得させられる。 同様に、本書は「阪神ファンの熱狂」や「商人のがめつさ」、さらには大阪の“エロ文化”に至るまで、いかにもそれらしく語られてきた数々の通説を、軽やかに、しかし容赦なく解体していく。 とはいえ、学術書のように堅苦しいわけではない。むしろ語り口は終始軽妙で、どこか酒場談義の延長のような気安さがある。読んでいるうちに、「それ、わかる」と膝を打ったり、「いやいや、それは言い過ぎでは」と苦笑したり、そんな心地よい揺さぶりが続く。 結局のところ、本書が提示しているのは「大阪論」というより、「イメージとの付き合い方」なのかもしれない。 人はとかく、分かりやすいラベルに安心してしまう。「大阪人はこういうもの」「京都人はああいうもの」といった具合に。しかし、そのラベルの裏側には、いくらでも例外や多様性が潜んでいる。 その当たり前の事実を、少し皮肉を効かせながら思い出させてくれる――そんな一冊である。
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大阪は、テレビの影響で下品なレッテル貼られがちなのかもしれないが、実際ブルジョワなかんし? 知らんけど
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第49回アワヒニビブリオバトル「商売繁盛」出張!@古書みつづみ書房で発表された本です。 2019.02.09
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産経新聞に連載された「井上章一の大阪まみれ」を改題。 東京から見ると、大阪は、吉本興業に代表されるようなお笑い芸人のような人ばかりいる街とか、エロい街とか、食い倒れと称して、たこ焼きやホルモン焼きのようなB級グルメばかりだと思われている等々、大阪に対する中央の偏見に対して、京都生...
産経新聞に連載された「井上章一の大阪まみれ」を改題。 東京から見ると、大阪は、吉本興業に代表されるようなお笑い芸人のような人ばかりいる街とか、エロい街とか、食い倒れと称して、たこ焼きやホルモン焼きのようなB級グルメばかりだと思われている等々、大阪に対する中央の偏見に対して、京都生まれの著者が、大阪人に代わって、その反論を試みながら、一つの文化論にまとめ上げている。 <目次> 第1章 大阪人はおもしろい? 第2章 阪神ファンがふえた訳 第3章 エロい街だとはやされて 第4章 美しい人は阪急神戸線の沿線に 第5章 音楽の都 第6章 「食いだおれ」と言われても 第7章 アメリカの影 第8章 歴史のなかの大阪像 第9章 大阪と大阪弁の物語 1920~1930年代(大正末期から昭和初期)までは大阪の経済力は東京と互角か、指標によっては東京を凌いでいた。 その中で大阪は工業都市へ変貌する。その結果、煤煙を嫌った大阪の経済人は、六甲山麓の芦屋や神戸へ本宅を構え、東京の山の手のような街が出現した。まさに谷崎潤一郎が描いた「細雪」の世界がここにある。 とは言え、大阪に本社を構えていた大企業の多くは本社を東京に移し、大阪の地盤沈下が始まる。挙句の果てに、冒頭に書いたような大阪人のイメージが形成されてゆく過程を、著者は執拗に掘り下げてゆく。 大阪のイメージについて、大阪を代表する作家である司馬遼太郎の面白い記述を見つけた。 司馬は、「神戸・京都の人達にとって、大阪は自尊心を満足させるために存在しているかのようだ」と自嘲している。 「これらの3都市は、都市の性格や機能がたがいに違っている。市民文化も違う。 『民度もちがうんじゃないか』と、神戸の友人がみもふたもないことを言ったことがある。私は大阪に住んでいる。それだけでも、彼らにとっては笑止なことであるらしい。神戸、京都とも、都市的個性が、日本の他の都市からみれば異国のようにきわだっている。都市というより、ときに、あれは(文化的閉鎖性と郷土愛のつよさをふくめて)国だと思うことがある」 司馬遼太郎をもってしても、大阪の負のイメージの払拭は難しいようだ。 大阪人頑張れ!!!!!
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[感想(良かった)] ◯大阪は東京に対する対抗力を削がれていった街。 その歴史で知らない事柄の幾つかを知る事が出来た。 ◯新型コロナの影響で、初めて東京に対する 大きなアンチテーゼが発覚した。 そのヒントの幾つかご書かれている。 [感想(良くなかった)] ×書きようが、卑屈過...
[感想(良かった)] ◯大阪は東京に対する対抗力を削がれていった街。 その歴史で知らない事柄の幾つかを知る事が出来た。 ◯新型コロナの影響で、初めて東京に対する 大きなアンチテーゼが発覚した。 そのヒントの幾つかご書かれている。 [感想(良くなかった)] ×書きようが、卑屈過ぎない? ×(今流行の)ファクトと個人的感想が、 ランダムに書かれている。
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あり。 大阪的な世間の認識について誤解や、勝手な妄想が正されていく本。常識が非常識だったと大阪人に謝りたい部分も感じずにはいられない。 食いだおれとは、食道楽がすぎて破産することが本来の意味。食べ過ぎて倒れることではない。初めて知りました。
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まあ相変わらずネチッこいというか、読みにくい文体だなあと笑。重複する内容も多いし、不自然に平仮名表記になっているのが鼻に付く
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「大阪」のイメ-ジは、喧噪の街々で飛び交う大阪弁・お笑い・食道楽が湧いてきます。関西2府4県の中で独自の文化圏を継承してきた大阪ですが、「おもろいおばはん」を代表とする大阪像は、どの様につくられてきたのか、地元の感情として受け入れがたいと思うところを、『京都ぎらい』の著者【井上章...
「大阪」のイメ-ジは、喧噪の街々で飛び交う大阪弁・お笑い・食道楽が湧いてきます。関西2府4県の中で独自の文化圏を継承してきた大阪ですが、「おもろいおばはん」を代表とする大阪像は、どの様につくられてきたのか、地元の感情として受け入れがたいと思うところを、『京都ぎらい』の著者【井上章一】はんが、はんなりと解き明かしていきます。「阪神タイガース」の〝ズでないス〟へのこだわり、「安土桃山」の〝桃山〟に疑問を投げかけて「安土大阪」に是正を求めるなど、ユニ-クな評論に好感がもてます。
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●読んで得るもの 大阪の文化、成り立ちなど 東京との比較 ●感想 「まえがき」を読むに「関西人を覚醒する」ことが本書のねらいの一つにあることがわかる。残念ながら関西人の自分が読んでてそういった気にはならなかった。 関西の知識を増やすには良い本。 「うんちく」を聞いてく...
●読んで得るもの 大阪の文化、成り立ちなど 東京との比較 ●感想 「まえがき」を読むに「関西人を覚醒する」ことが本書のねらいの一つにあることがわかる。残念ながら関西人の自分が読んでてそういった気にはならなかった。 関西の知識を増やすには良い本。 「うんちく」を聞いてくれる人がいるかいないかは別として。 ならば一人で楽しむための読み物か。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
「京都ぎらい」で話題をさらった著者が「大阪」についてトリビアな話題を著している。 現代日本では「大阪」というと「よしもと」に代表されるお笑いの文化が定着し、一般人でも人を笑わせる、又庶民的な親しみのある人、特におばさんが多いと思われている。 しかしこれは戦後に定着したもので、大阪が経済的に日本を席巻し、著者が言うように「ブルジョワ」の文化が主流であった戦前までは、大阪は全く違うイメージであったと言う。 確かに、谷崎潤一郎をはじめとして、その文学に登場する関西は今とはかなり違う。 再度、特に関西に住む人々は画一化されたイメージの現代の大阪ばかりではなく、歴史から振り返って大阪の多様な特性を見直してほしい。
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