若冲 の商品レビュー
逃げに逃げるずるい若冲、父に重ねて読んだ。これはなき母からの励ましなんだ。 「美しいゆえに醜く、醜いがゆえに美しい、そないな人の心によう似てますのや。そやから世間のお人はみな知らず知らず、若冲はんの絵に心惹かれはるんやないですやろうか」 「あいつの心根の弱さに怒り、殺したろか...
逃げに逃げるずるい若冲、父に重ねて読んだ。これはなき母からの励ましなんだ。 「美しいゆえに醜く、醜いがゆえに美しい、そないな人の心によう似てますのや。そやから世間のお人はみな知らず知らず、若冲はんの絵に心惹かれはるんやないですやろうか」 「あいつの心根の弱さに怒り、殺したろかと考えたことかてあります。そやけど今になってみれば、きっとあない弱虫やったからこそ、人間のよい所もあかんところもよう見えた。そやさかいほかの絵師が描けへん薄汚い人の心を、そのまま絵にすることが出来たんやと分かります」
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澤田先生の代表作、満を辞して読破。 若冲についてはほぼ予備知識のない状態で入ったため、全てが新しく感じられた。澤田先生が描くからなのか心境への影響を与える事件は多かれど、人生への大打撃は天明の大火くらいだったのだなという印象。 本作は妹の志乃と若冲が章ごとに交互に一人称とな...
澤田先生の代表作、満を辞して読破。 若冲についてはほぼ予備知識のない状態で入ったため、全てが新しく感じられた。澤田先生が描くからなのか心境への影響を与える事件は多かれど、人生への大打撃は天明の大火くらいだったのだなという印象。 本作は妹の志乃と若冲が章ごとに交互に一人称となり話が進む。1章ごとに明確なテーマがあり、1つの短編としての面白さを持ち、更に全体として少しずつ変化していく若冲の心境の描き方が秀逸。 そして、本作を貫くテーマである“憎しみと尊敬(畏敬)”。若冲は義弟の君圭に負けないよう自らの絵を磨き、君圭は若冲への憎しみから彼の絵を研究し、技術を高める。『鳥獣楽土』で若冲は君圭の絵をまさに自分の絵だと感じる。行き着いた先は二人で一人の絵師として未来に残る絵を完成させるところだった。調べると確かにこの絵は若冲の作品でないとする研究者が多いという。そこに目をつけ、こんなストーリーを想像したのは流石の着眼点。 どの章も好きだが、特に良いのは最後の『日隠れ』。再開できずに終わった若冲と君圭が絵を通して再会する。君圭の叫びもそこに静かにお膳立てする谷文晁らも皆が素晴らしい役割を演じ、美しいフィナーレになっていると思う。 *鳴鶴 序章、若冲と君圭の決別。失った夫婦像を映した鳴鶴図。鴛鴦図での離れた鴛鴦と対比的 *芭蕉の夢 憎しみを糧に地を磨く裏松光世に君圭の姿を重ね、それを受け止め維持で生きることを決心した若冲の心象風景を写した、月に浮かぶ芭蕉の義弟の *栗ふたつ 弟の死、志乃と円山応挙の出会い、志乃の婚姻の決断など(少しテーマが定まらず?) *つくも神 錦高倉市場の営業停止騒動。解決に導いた中川清太夫をモデルに描いたつくも神図。誰もが何かに取り憑かれている。 *雨月 果蔬涅槃図。若冲と母お清の確執、蕪村と娘の対立と同じ構図。 *まだら蓮 大火後、御所再建に際し君圭と再会。身分を偽って描いた君圭の蓮の絵。 *鳥獣楽土 2つの屏風絵
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近代や現代の絵画なら当たり前なのだけれど「自分の内面に向き合い、描く」という行動はこの時代に真に評価されたのだろうか。そう、著書のスタートは若冲の絵に対する疑問からきていると感じる。実は私自身もそうだったので。美しく惹かれ魅力的でありながら、何かどこかに恐ろしさや禍々しさを感じて...
近代や現代の絵画なら当たり前なのだけれど「自分の内面に向き合い、描く」という行動はこの時代に真に評価されたのだろうか。そう、著書のスタートは若冲の絵に対する疑問からきていると感じる。実は私自身もそうだったので。美しく惹かれ魅力的でありながら、何かどこかに恐ろしさや禍々しさを感じてしまう尋常でない何か。 その謎と向き合い、若冲絵画の謎に迫れた素晴らしい作品だと感じた。 特に終章の最後の数ページは圧巻。 もう一度若冲を見に行かなくては。
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題名の『若冲』とは伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)(1716年―1800年)という江戸時代の画家を示している。 「伊藤若冲とは?」とでも問われたなら「京の錦小路に在った<桝源>(「桝屋」の歴代当主が「源左衛門」を名乗ったことから定着した屋号であるという)という青物問屋(野菜等を商う...
題名の『若冲』とは伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)(1716年―1800年)という江戸時代の画家を示している。 「伊藤若冲とは?」とでも問われたなら「京の錦小路に在った<桝源>(「桝屋」の歴代当主が「源左衛門」を名乗ったことから定着した屋号であるという)という青物問屋(野菜等を商う店)の後継者であったが、画業に打ち込んで制作を続け、40歳の頃に家業を弟に譲って隠居し、絵画制作を専らとするようになる。85歳で他界するまで旺盛な制作を続けており、独特な作風で知られている」という程度の回答になるであろうか。 この「伊藤若冲」の上述の「問と答」に対して、多くの作品が遺って挿話が幾分伝わる他方で不明な事柄も多いことから、作者が想像の翼を羽ばたかせて、「芸術家・若冲の生涯の物語」を創って綴ったというのが本作『若冲』であると思う。 長篇の章のような8つの篇が集められた一冊である。8つの篇は、各々に文芸誌で順次発表されており、8つが集まった単行本が登場し、やがて文庫化されている。今般、その文庫を視掛けて入手し、愉しく読了したのである。 8つの篇では、各々に若冲本人、または若冲の身近で暮らしていたという、年齢が大きく離れた妾腹の妹である柴乃が中心視点人物となって展開している。長い若冲の生涯、何度か在った、若冲の人生にとって大きな意味を持った出来事が各篇で展開する。そして全体で「芸術家・若冲の生涯の物語」を成し、その「芸術家の生き様」が読者に迫るのである。 冒頭の篇では、「桝屋の源左衛門」を名乗っている「若冲」が制作に没頭する様が最初の方に登場する。人を寄せ付けずに画を描き続ける芸術家という様相なのだが、ここに或いは「驚くべき創作」が在る。若冲に関しては「妻帯していなかったらしい」というのが定説だ。が、何代も続いた商家の後継者として妻を迎えた経過が在り、商売を脇に画に夢中だった若冲の他方で母親との人間関係等で苦しんだ妻が自殺してしまい、その一件の後に若冲はますます引き籠って画に打ち込むようになったと設定されている。そして死んだ妻の弟という人物が登場する。この死んだ妻の弟が、物語を貫くキーパーソンということにもなって行く。 8つの篇には、同時代である18世紀の京で活動した様々な人達も登場して物語を彩っており、そういう中で各々に挿話が展開していて甲乙は点けがたい。が、制作に打ち込んで行くようになって行く経過が出て来る最初の篇や2番目の篇、そして作中時間のその時点で存命な劇中人物達が集まって一寸した騒動になる最後の篇―若冲自身が他界してしまって、四十九日の法要が行われている…―が殊更に記憶に残る感だ。 18世紀の京で活動した様々な人達も登場する各篇だが、「18世紀の四条通界隈」を中心とした街の様子の描写も秀逸だと思った。当然、現在とは様子は異なる訳だが、18世紀頃の地名が現在も受継がれていて、京都を訪ねて少し時間を割いて歩き廻った記憶が在る場所が色々と登場する。 また、7月に本作を読んでいたが、7月は祇園祭の時季だ。江戸時代の暦では6月ということだったようだが、祇園祭の時季の挿話も入って、それも興味深く読んだ。天明年間に京の街の広い範囲が損なわれた大規模火災が発生している。そういう時期の挿話、そして火災で損なわれた山鉾を順次再興したという時期の挿話が在って、物語の“本筋”と半ば並行的に愉しめる内容だった。 飽くまでも制作する自身のために創るのか、観てくれる多くの人達のために創るのか?若冲は寧ろ前者に寄りながら、不器用に己の心の中と向き合って創作を続けたというようなことが、本書の描く「芸術家・若冲の生涯の物語」かもしれない。 京都に所縁が深いという、何作か作品に触れていた作家の作品であったことに、本書を読んでいた途中で気付いた。「〇〇さんの作品だから…」ということでもない。現在とは様相が違う「18世紀の京」は、「或る意味でファンタジー」だが、それでも、「或る芸術家の生涯の物語」として何か迫って来るようなモノを感じた。 好評を博したということだが、それも納得な秀作だ。広く御薦めしたい。
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江戸時代に京都で活躍した画家の生涯。物語の根幹を成す「妻の自死」が作者の創作によるところに小説の自由さを感じる。確かに300年も前の画家の生活の記録などは残っているはずもないものの、同世代に活躍した画家達を上手くかけ合わせつつ、人間、若冲いきいきと描いています。 実在の市川君圭を...
江戸時代に京都で活躍した画家の生涯。物語の根幹を成す「妻の自死」が作者の創作によるところに小説の自由さを感じる。確かに300年も前の画家の生活の記録などは残っているはずもないものの、同世代に活躍した画家達を上手くかけ合わせつつ、人間、若冲いきいきと描いています。 実在の市川君圭を生涯の宿敵、盟友とするところも「鳥獣花木図屏風」から着想を得たのでしょうね。 少し違和感を感じたのは「つくも神」の章で、半次郎が綿高倉市場を潰す暗躍に立ち向かう若冲の章、なんだからしくないなぁと感じるとともに物語が横道に逸れる感があった。 機会があれば作者の絵画を鑑賞したいです。
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澤田瞳子の冷静で精密な史実に基づく「若冲伝」である。彼女の性格が滲む誠実で真面目な文章によるストーリーは説得力に富むが反面ダイナミックなエンターテイメントとしての面白みに欠けるきらいがあり、大学で歴史の講義を聞いているようだ。 絵に没頭する大店の跡取り若冲と姑お清との間の軋轢に自...
澤田瞳子の冷静で精密な史実に基づく「若冲伝」である。彼女の性格が滲む誠実で真面目な文章によるストーリーは説得力に富むが反面ダイナミックなエンターテイメントとしての面白みに欠けるきらいがあり、大学で歴史の講義を聞いているようだ。 絵に没頭する大店の跡取り若冲と姑お清との間の軋轢に自殺をする妻お三輪との事、その弟弁蔵の贋絵を通した復讐、若冲を側でささえる異母妹お志乃の目を通した絵師若冲の悟りへの生涯。弁蔵(君圭)との対決と和解がこの物語の最高潮の場面である筈が、ここが余り盛り上がらない、正確ではあるが長々とした理屈での解説という感じに堕している。 蕪村の出自と親娘の愛憎(「親子の道にまとわりて なお子の闇を晴れやらぬ」)も池大雅、円山応挙、谷文晁など同時代の大家の登場と共にこの物語に厚みと深みを増すのに役立っている。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
若冲の生涯を描いた壮大な歴史小説。 史実で分かること以外はフィクションなんだと思うけど、江戸時代の京都の文化風俗や習慣などを緻密に調査したうえで練られたものだと感じた。 美術作品に心を動かされると、自然とアーティストにも興味が生まれる。 自分自身も若冲ファンになってから、このような濃密で奇抜で狂気的な画家はどのような人物だったのか、いかにしてこのような作品が生まれたのか、どのような生涯を送ったのか・・・等々知りたくなった。 とはいえ300年以上前に生まれた人物、Wikipediaで調べてもほとんど情報がない・・・。となると妄想で埋めていくしかないので、思うがままに想像を巡らせていた。 ちょっと前にたまたまこの本を見つけて、パラパラと目を通してみると、私が妄想していた内容とは全くちがう・・・でも若冲自身や周囲の人物、京都の街並みが生き生きと描かれている様に魅せられ読んでみることにした。 妻を自死で亡くしたり、その弟が贋作を描いたり、さらにその子を孫のように育てたり・・・というみる人によってはトンデモな展開。しかしながら、若冲の作風、真贋が不明な作品、桝目描きの謎など、こういう設定であれば説明がつくなぁ〜と思いながら読んだ。 若冲の生涯を描きながらも、それぞれの作品の魅力に触れているのも良い。どうしても気になるのでどんな作品なのか見ながらストーリーを読み進めた。作品だけでなく、京都の寺社・街並み・風景や地理関係など調べながら読むことでより楽しめた。 読み終わって、2006年に相国寺美術館で動植綵絵全30幅を見たときのことを思い出した。もうその時の感動が薄れつつあるが、人生の中であれほどの大作を一度でも見れたことは眼福だったなと改めて思った。
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「若冲」 澤田瞳子 1.購読動機 原田マハさんが好きです。 理由は、馴染みがない絵画を、画家の人生を描写することで、身近なものにしてくれる作家さんだからです。 同じ気持ちで、若冲を知りたいと思いました。 ------------ 2.若冲。物語から。 出自は、京都、大きな...
「若冲」 澤田瞳子 1.購読動機 原田マハさんが好きです。 理由は、馴染みがない絵画を、画家の人生を描写することで、身近なものにしてくれる作家さんだからです。 同じ気持ちで、若冲を知りたいと思いました。 ------------ 2.若冲。物語から。 出自は、京都、大きな魚卸し問屋の長男です。 元々から、商売よりも、絵を描くことに関心が高い人でした。 絵を描く動機は、物語のなかで大きく三つに分かれます。 ①奥さんが自殺する。 ②贋作が出回る。 ③義弟の子供を預かる。 若冲は、①②③で描く動機が変わります。 それは、同時に、絵の描写、色合い、筆致にも変化が現れます。 ------------ 3.若冲の人生を省みて 物語を通じて、描かれるのは、若冲が絵画に集中できた人生であったことです。 描きたくても、描けない人も多くいたでしょう。 なぜならば、画材は値段が張りますから、相応の生活基盤がなければ、継続することはできません。 そうした意味で、多くの人の支えと理解があって、若冲の世界が生まれ、現代にまで残ったと考えると、こみあげるものがあります。 ------------ 江戸時代にタイムスリップして、若冲とその周りの人々の息遣いに出会える、素敵な作品でした。
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図書館本 若冲好きだけど、歴史物はあまり読まない私ですが、職場の人におすすめされて。 火定 もそうでしたが、澤田さんは読みやすく進みました。 若冲と妹、批判者であり理解者?となった弁蔵など、興味深く描かれていました。 群鶏が観たい。
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名だたる代表作の描写が想像を掻き立て、詳細を求めてネット検索してその作品を見ながら読んだ。設定が面白い。若冲の明らかに逸脱している作風に対する考察にストンと腑に落ちるものがあった。 著者の作品を読むのは初めて。同志社大学で史学の修士号を取得されてるという著者ならではの作品はこれか...
名だたる代表作の描写が想像を掻き立て、詳細を求めてネット検索してその作品を見ながら読んだ。設定が面白い。若冲の明らかに逸脱している作風に対する考察にストンと腑に落ちるものがあった。 著者の作品を読むのは初めて。同志社大学で史学の修士号を取得されてるという著者ならではの作品はこれからも読んでいきたい。
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