夜を乗り越える の商品レビュー
「又吉さんは目がきれい」 年配の詩人の女性が云いました。 又吉さんが芥川賞を受賞したニュースを話題にした時のことです。 云われてみれば、たしかに又吉さんはきれいな目をしていると思いました。 人間を、上辺ではなく、根本のところで信頼している。 そんな人に特有の目ではないでしょうか。...
「又吉さんは目がきれい」 年配の詩人の女性が云いました。 又吉さんが芥川賞を受賞したニュースを話題にした時のことです。 云われてみれば、たしかに又吉さんはきれいな目をしていると思いました。 人間を、上辺ではなく、根本のところで信頼している。 そんな人に特有の目ではないでしょうか。 「だから『火花』のような小説が書けるのだな」と、それで合点がいったのです。 私は又吉さんの芥川賞受賞作「火花」を読んで、いたく感動しました。 お笑いに賭ける若者たちの情熱が、時に痛々しくもひしひしと伝わってきました。 登場人物は、一様に器用に生きられない人ばかりです。 だけど、作者である又吉さんが一人ひとりの登場人物に向けるまなざしは一貫して優しい。 表面的に優しいのは世の中にいくらもあります。 又吉さんの優しさはそうではなく、まるで身を賭すような献身的な優しさです。 件の女性は続けて云いました。 「だから、これからもいい作品を書いていくと思う」 目がきれいだというのは、作家に必須の要件なのだと信じて疑わない様子でした。 いつも通り、前置きが長くなりました。 本書は、「お笑い界きっての本読み」としても知られる又吉さんが本の魅力について語り尽くした新書(小学館よしもと新書の第1号!)。 一読して、又吉さんが途轍もない本読みだということが分かります。 途轍もないというのは、単に多くの本を読んでいるということではありません。 1冊1冊の本を、本当に丁寧に心を込めて読んでいるということです。 特に、太宰治に対する愛は尋常ならざるものがあります。 「人間失格」を読んだ人の多くがそうなるように、又吉さんもやはり主人公・大庭葉蔵に自分が重なったそうです(余談ですが同業者の大手新聞社の底抜けに明るい女性記者が「共感した」と語るのを聞いて少し驚いたことがあります)。 「『人間失格』からは、太宰がこの作品を事実の垂れ流しではなく小説にしよう、物語として、小説という形式の力を使って真実に近づけよう、としている意識が伝わってきます」 なんて、本当に深い読み方をしていると感服します。 私は読んだことがないのですが、太宰に「芸術ぎらい」というエッセイがあり、こんな興味深いことが書かれていて括目しました。 「創作に於いて最も当然に努めなければならぬ事は、〈正確を期する事〉であります。その他には、何もありません。風車が悪魔に見えた時には、ためらわず悪魔の描写をなすべきであります。また風車が、やはり風車以外のものには見えなかった時は、そのまま風車の描写をするがよい。風車が、実は、風車そのものに見えているのだけれども、それを悪魔のように描写しなければ〈芸術的〉でないかと思って、さまざま見え透いた工夫をして、ロマンチックを気取っている馬鹿な作家もありますが、あんなのは、一生かかったって何一つ掴めない。小説に於いては、決して芸術的雰囲気をねらっては、いけません」 思わず粛然とする文豪の戒めです。 又吉さんも肝に銘じて「火花」を執筆したことでしょう。 そんなことも考えながら本書を読むと、本当に面白いです。 本書ではこのほか、芥川龍之介や織田作之助、谷崎潤一郎、現代では町田康、西加奈子、中村文則ら影響を受けた作家とその本の魅力が、又吉さん自身の言葉で瑞々しく語られていて読ませます。 個人的には、渇仰して止まない町田康さんについて書かれたところが最も興味を引きました。 私は町田さんを伝統や形式に抗うアウトローと見做して敬愛していたのですが、又吉さんは「枝分かれしていった日本の文学の中で、町田さんは近代文学からの系譜を受け継いだど真ん中にいる小説家だと僕は思っています」と書いています。 又吉さんが云うならそうでしょう、私の勉強不足で不明を恥じました。 本がもっと好きになる特別な1冊です。
Posted by
本に命を救われたことはありますか? わたしはありますし、著者もそうだったようです。そういう本好きは是非手にとってください。
Posted by
又吉直樹「夜を乗り越える」読了。 又吉さんの新書。「なぜ本を読むのか?」を主テーマとして文章を展開しているけれど、最初から小難しい話に入るのでなく、又吉さんの日常エッセイのような感じで本との出会いが書いてあって、とても読みやすい。行間も気持ち広くて疲れない。そしてカバー裏が芸人。...
又吉直樹「夜を乗り越える」読了。 又吉さんの新書。「なぜ本を読むのか?」を主テーマとして文章を展開しているけれど、最初から小難しい話に入るのでなく、又吉さんの日常エッセイのような感じで本との出会いが書いてあって、とても読みやすい。行間も気持ち広くて疲れない。そしてカバー裏が芸人。 「夜を乗り越える」も、「第二図書係補佐」と同じく、本の紹介を小難しくするのではなく、日常の出来事とリンクさせて書いている。話の内容を講釈たれて述べられるより、よっぽど興味が湧いた。他の芸人さんとのエピソードも随所にあって、芸人好きも一読の価値有り。何より題名の意が素晴らしい。 勿論、それは違うのでは…?と思う部分も存在したし、理解し難い部分もあったけれど、それが読書の醍醐味だったりもする。面白い。
Posted by
又吉さんはどこまでも又吉さんだ。 そんなことを思った。 本にあまり興味のない人のために本好きの視点からわかりやすく書いてある一応新書とのこと。 私のような中途半端な本好きには、当たり前っしょと思うようなこともありながら何で読んでるのかって考えると確かにそうかもなと改めて分かるこ...
又吉さんはどこまでも又吉さんだ。 そんなことを思った。 本にあまり興味のない人のために本好きの視点からわかりやすく書いてある一応新書とのこと。 私のような中途半端な本好きには、当たり前っしょと思うようなこともありながら何で読んでるのかって考えると確かにそうかもなと改めて分かることもあった。 今でいうダウンタウンのような真新しい面白さが近代文学にはあったんじゃないかって視点が興味深かった。世代を分けるようなエンタメは今後どういったジャンル・媒体から生まれてくるのだろう。
Posted by
2016/06/05 何のために本を読むのか。 一言で言ってしまえば、「面白いから」なのだけれど、何で面白いのかというと、又吉が言うように、普段言葉にできない思いを言葉にしてくれるからであって、それを見事に言葉にしてくれたのがとても良かった。 そして、それが物語である理由も、とて...
2016/06/05 何のために本を読むのか。 一言で言ってしまえば、「面白いから」なのだけれど、何で面白いのかというと、又吉が言うように、普段言葉にできない思いを言葉にしてくれるからであって、それを見事に言葉にしてくれたのがとても良かった。 そして、それが物語である理由も、とてもすんなり腑に落ちた。 やっぱりこの人すごい人だと思う。
Posted by
本書で筆者が述べている「子供からみた大人の残酷さ」というのは大変ユニークな視点だと思う。感じやすい少年だったのかもしれないが、確かに「考えすぎやん」という言葉ですまされて傷つく、というのはありえるかもしれない。 読書によって、自分だけがこんな考え方をしているわけではない、と感じる...
本書で筆者が述べている「子供からみた大人の残酷さ」というのは大変ユニークな視点だと思う。感じやすい少年だったのかもしれないが、確かに「考えすぎやん」という言葉ですまされて傷つく、というのはありえるかもしれない。 読書によって、自分だけがこんな考え方をしているわけではない、と感じるとは生きていくうえで不可欠だと思う。人はそれを感情移入と表現するけれど。
Posted by
漫才について、生活について、読書について、この著作において全てをさらけ出すような等身大でかつ、内に秘めたる想いを吐き出すような、それでいて夜を超えるような一冊。先入観や押し付けはしない、他を否定しない、その中で読書をする。それは自分との対峙かもしれない、感情の同調、知らない世界へ...
漫才について、生活について、読書について、この著作において全てをさらけ出すような等身大でかつ、内に秘めたる想いを吐き出すような、それでいて夜を超えるような一冊。先入観や押し付けはしない、他を否定しない、その中で読書をする。それは自分との対峙かもしれない、感情の同調、知らない世界への誘い、はたまた異なるものかもしれない。一芸人だけど、その枠に収まりきらない存在、今後も期待しています。
Posted by