太陽がいっぱい の商品レビュー
『太陽がいっぱい』 初めまして (*・∀・*)ノ ハーィ パトリシア・ハイスミス さん♪ こちらの本は… イタリアに行ったまま帰らない 息子 ディッキーを連れ戻してほしいと富豪に頼まれ、トム・リプリーは旅...
『太陽がいっぱい』 初めまして (*・∀・*)ノ ハーィ パトリシア・ハイスミス さん♪ こちらの本は… イタリアに行ったまま帰らない 息子 ディッキーを連れ戻してほしいと富豪に頼まれ、トム・リプリーは旅立つ。その地でディッキーは、絵を描きながら女友達マージとともに自由な生活をおくっていた。ディッキーに心惹かれたトムは、そのすべてを手に入れることを求め、殺人を犯す………… って内容です(≖ᴗ≖ )ニヤリ 1960年には… アラン・ドロン主演で映画化になっている名作♪ そして1999年には マット・デイモン主演 「リプリー」で映画化されています♥ 映像も素晴らしいのですが… 本も素晴らしかった・:*+.(( °ω° ))/.:+ トム・リプリーの頭の回転の速さ トム・リプリーの運の強さ トム・リプリーの"ずるがしこさ" もう…ゾクゾクする心理描写なんです 物語の中でも…… 彼には物への執着心があった。たくさんの物が欲しいわけではなく、数は少なくても、極上のものを持っているのが好きだった。それらはけっして手放さなかった。物を持つと、自尊心が生まれる。所有とは、虚飾ではなく、質であり、質を大事にする愛情なのだ。 こういう一文があるのですが…… 痺れちゃうでしょ(*´艸`)フフフッ♡ 読んでいても…共感しちゃうところもあるのね 1955年の作品とは思えない作品 そして…この作品はシリーズ化されています! 〇 太陽がいっぱい 〇 贋作 〇 アメリカの友人 〇 リプリーをまねた少年 〇 死者と踊るリプリー ゆっくりね! ゆっくり読んでいこうと思います! ただ、しょうがないんだけど… ひとつだけ言いたい! 登場人物ひとりに対して 呼び名? 3つも4つもあるのね! あれには困っちゃうの( ・᷄-・᷅ ) 誰っ?てなっちゃう(-^艸^-)ヘヘヘ ふかわりょうさん の 【世の中と足並みがそろわない】でも言ってたもん 今回だって…リチャード がディッキーに なっちゃうんだから(*´艸`)フフフッ♡ なんで?なんで? どうして? でしょ? 文句言っちゃったけど それでも 素敵な名作でした✨️
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もっと他に良い邦題タイトルがあっただろうと思う。 イタリアでの晴天の下でヨットに乗ったり、酒を飲んだりする生活はとても明るくタイトルに相応しいが、あくまでこれは序章に過ぎない。 放蕩息子の生活に嫉妬した主人公の生活に嫉妬した主人公が息子を殺害し、その息子に成りかわって生活をする...
もっと他に良い邦題タイトルがあっただろうと思う。 イタリアでの晴天の下でヨットに乗ったり、酒を飲んだりする生活はとても明るくタイトルに相応しいが、あくまでこれは序章に過ぎない。 放蕩息子の生活に嫉妬した主人公の生活に嫉妬した主人公が息子を殺害し、その息子に成りかわって生活をするというストーリーへと進んでいく。 主人公が正義のために犯罪を犯したりする設定は割とあるが、単純に自分の欲のために殺人を犯すというのは珍しい気もする。 後半からは他人へのなりすましがばれるかばれないかの瀬戸際にハラハラさせられる。果たしてばれずに逃げおおせることができるのか・・・
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
この本を読み終えて、いちばん強く残ったのは孤独だった。 サスペンスとしての緊張や巧妙さよりも、トム・リプリーという人間が生き続ける孤独の質感が、静かに胸に残る。 トムが本当に欲しかったものは、お金でも、上流階級の生活でも、ディッキーの立場そのものでもなく、ただディッキーに認め愛されることだったのではないかと思う。 ディッキーは魅力的で、気前がよく、誰にでも親切だ。だがトムの求める、特別で境界のない愛をディッキーは与えてくれない。 愛が欲しい。けれど、どう頼めばいいのか分からない。どう距離を縮めればいいのかも分からない。 その苦しみのなかで見たディッキーの拒絶。耐えられない拒絶から逃れるため、彼はディッキーを殺すしかなかったように思えた。 ディッキーを殺すことで、トムは「拒絶されない安心」と、「二度と愛されないという孤独」を得たのではないか。 そしてトムは、ディッキーを演じる。ディッキーを思い出す。 そのたびにディッキーの実像は、トム自身の像や妄想と混じり合い、少しずつ歪んでいく。 思い出すたびに、彼を失っていく。 逃亡の途中で出会うディッキーの父やマージは、トムの罪に気づかない。つまり、「本当のディッキー」を見付けられない、理解していないのだ。ディッキーを真に理解していたのは自分だけだったという感覚がトムの中で強まっていったのではないか。 ディッキーの唯一の理解者である自分がディッキーを忘れること、諦めることは、ディッキーの本当の消失を意味する。だからトムは、歪み、実像から遠くなった真夏の残像のようなディッキーを、見つめ続けずにはいられない。抱きしめるたびに、また少し失うと分かっていても。それでも見つめ続けるしかない。この喪失は終わらない。更新され続ける地獄のように。 まだ整理できていない、情緒がガタガタ。愛を拾う人には喪失の物語、構造を拾う人には良作サスペンスに読めるバケモノ小説。ハイスミスさんモンスターやで一生推す。
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美しい地中海を臨むイタリア沿岸部を舞台に、主人公が繰り広げる犯罪に、サスペンスフルな緊張と興奮を強いられて最後まで一気読みしました。美しい地中海の風景や食事の描写も良かった。シリーズ2作目の「贋作」も読みたくなりました。
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アラン・ドロンの同名映画も知らず、そのリメイク版『リプリー』も知らず、海外文学が最近読みたいのと、版元が河出、カバーの絵のセンスから読もうと手に取った1冊。青く未熟で自意識過剰なトムの逃亡劇。なかなか良かったです。シリーズ化されてるらしいので続きを読みたい。
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金持ちの息子を連れ戻すよう頼まれるが、当人のイタリアでの自由な生活が羨ましくなり、なりすまそうと考える…というサスペンス。 映画版も続編も気になる。
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The Talented Mr. Ripley Patricia Highsmith, 1955 有名な映画「太陽がいっぱい」の原作。映画も見てストーリーは知っているのにそれでも面白い。 いかに彼が冷淡で神経質で、いかにイタリアの広い青い空と対照的か、
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映画『リプリー』が大好きなので、原作をずっと読んでみたいと思っていた。 イタリアに行ったまま帰らない息子ディッキーを連れ戻して欲しいと、富豪に頼まれたリプリーだったが… 読んでいると、マット・デイモンとジュード・ロウ、グウィネス・パルトロウの映像が自然と脳内再生される。 倒...
映画『リプリー』が大好きなので、原作をずっと読んでみたいと思っていた。 イタリアに行ったまま帰らない息子ディッキーを連れ戻して欲しいと、富豪に頼まれたリプリーだったが… 読んでいると、マット・デイモンとジュード・ロウ、グウィネス・パルトロウの映像が自然と脳内再生される。 倒叙が大好きなので、「バレる!バレる!もうダメだ!」と何度も叫びたくなるような、ハラハラどころではない緊張感がたまらない。 肩が凝るほどの張りつめた空気に、「早くバレて、楽にしてくれ」と何度も願ってしまった。 イタリアの明るくて美しい景色と、リプリーの内面に渦巻く劣等感や不安が対照的。 リプリーは、あれほどの知性と鋭い観察力を持っていながら、なぜそれを良い方向に活かせなかったのか…悔やまれる。 自分は嘘をつくのが苦手なので、リプリーのように平然と次々に嘘を重ねていくのは、どういう心理状態なのか、興味が湧いてしまった。 この主人公リプリーから「リプリー症候群」と呼ばれる心理用語まで生まれたのは、実際にこういう人が現実にも存在するからなのだろう。 【リプリー症候群】 自ら作り出した嘘を現実のものと信じ込み、現実と虚構の区別がつかなくなる状態のこと。 「絶対にバレない」という恐ろしいほどの自信も、本人がそれを「真実だ」と信じているのなら納得がいく。 映画『リプリー』は、原作を忠実に再現していると思いながら読んでいたけど、結末が違っていた。 まさかの結末で驚いたけど、この結末にしたハイスミスがますます好きになった。 読後もリプリーのその後を想像してしまうような、心に残る余韻が良かった。 映画『リプリー』も、この原作もどちらも同じくらい好き。 じわじわと狂気に変わっていくハイスミスならではの心理描写は、以前に読んだ『見知らぬ乗客』にも共通していた。 ハイスミスの違う作品をまた読みたい。 最近いろんなことがあって、本を前ほど楽しめなくなっていたけど、この作品は久しぶりに没頭できた。ハイスミス、ありがとう。 こういう倒叙が何よりも好きなので、迷いなく★10でした。
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素晴らしい… なぜも、こんなに、惹き込まれるのか。 まるで動く絵画を観ているかのような小説。 しかし、二度と叶わない望みとしては、、 映画を観る前に原作を読みたかった。 私は『リプリー』→『太陽がいっぱい』→『原作本』の順だったのだけど、 リプリーの印象があまりにも強烈すぎて…...
素晴らしい… なぜも、こんなに、惹き込まれるのか。 まるで動く絵画を観ているかのような小説。 しかし、二度と叶わない望みとしては、、 映画を観る前に原作を読みたかった。 私は『リプリー』→『太陽がいっぱい』→『原作本』の順だったのだけど、 リプリーの印象があまりにも強烈すぎて…… 終始マットデイモンとジュードロウ、ホフマン、パルトロウの姿で物語が進行していく笑笑笑 かなり不思議な感覚だったなあ もしかしたら、このイマジネーションは映画を観た故のものだったのか…… ガチ記憶喪失でもしない限り、映画の影響ゼロで読むことは叶わないというもどかしさ。 しかし逆に言えば、だからこその楽しみ方ができたんだもの、ポジティブに考えよう。笑 実際、読んでいると「リプリーですら全然原作と違うー!太陽がいっぱいなんて、ほぼ全部違うー!」となってその意味でも驚きだった。 そして私、映画『リプリー』が大好きなのだが、事実の部分ではわりと原作と異なるものの、その奥にあるマインド的な部分をかなり原作に近い形で表現していて、アンソニーミンゲラすげえ…!ってなった。 そう思うとやっぱり、例え映画を先に観ていなくても、本書を読んだら同じような印象を受けたのだろう。 もしかすると、映画の『太陽がいっぱい』ファンの人にはあまりこの原作は刺さらないのかも?(知らんけど)
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これは…正直アラン・ドロンよりマット・デイモンのほうがリプリーっぽさあるな。翻訳めちゃ読みやすかった。
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