下り坂をそろそろと下る の商品レビュー
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※このレビューにはネタバレを含みます
劇作家であり、日本有数の演劇人、平田オリザの発する、現在の日本社会への処方箋。 日本社会を、「下り坂を下っていくことには、寂しさがつきまとう。」と捉え、東京と地方との文化資本の格差がもらたしている弊害、コミュニケーション教育の重要性、地域復興の処方箋としての文化政策、文化的側面からの少子化対策を示唆する良著である。 (以下、引用) 子育て中のお母さんが、昼間に、子どもを保育所に預けて芝居や映画を観にいっても、後ろ指をさされない社会を作ること。 私は、この視点が、今の少子化対策に最も欠けている部分だと考える。経済のことは重要だ。待機児童の解消は絶対的急務だ。 しかし、それだけでは、おそらく非婚化・晩婚化の傾向は変わらないし少子化も解消されない。 女性だけが、結婚や出産によって、それまで享受してきた何かを犠牲にしなければならない、そんな不条理な社会を変えていく必要がある。その「何か」はけっして経済や労働のことだけではないだろう。精神的な側面、文化的側面に目を向けずに、鼻面に、にんじんをぶら下げるようにして「さぁ働け」とけしかけるような施策をとるから、「何も、ちっとも分かっていない」と思われてしまうのだ。 そもそも結婚や出産は、きわめて個人的な事柄なのだから、政策でやれることは限られている。そろそろ文化的な面に目を向ける少子化対策が出てきてもいい頃だろう。 下り坂を下っていくことには、寂しさがつきまとう。 競争と排除の論理から抜け出し、寛容と包摂の社会へ。道のりは長く厳しいが、私はこれ以外に、この下り坂を、ゆっくりと下っていく方法はないと思う。
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平田オリザ著の日本人のあり方、文化を育む国、国民の進むべき道を考察した芸術論。 地方から人がいなくなっていく。まちおこし、まちづくりには、雇用や住宅ではなく、自己肯定感を引き出す、ハイセンスなイメージ作りが大切。阪大の選抜試験においては、小論文と演劇をチームでつくる課題を出した...
平田オリザ著の日本人のあり方、文化を育む国、国民の進むべき道を考察した芸術論。 地方から人がいなくなっていく。まちおこし、まちづくりには、雇用や住宅ではなく、自己肯定感を引き出す、ハイセンスなイメージ作りが大切。阪大の選抜試験においては、小論文と演劇をチームでつくる課題を出した。見たいのは、疲れていても他人に優しくなれるか、価値観の違った考えに耳を傾けられるか、創造性や合意形成能力である。センスや立ち居振る舞いなどの身体的文化資本は二十歳くらいまでに決定される。ホンモノに触れることが大切だ。小学校では朝の読書運動が広がる。家から本を持ってきて読む、最初はマンガでもよい。でも、家に一冊も本がない家があるという。文化資本の格差は大きい。ホンモノに触れること、子供に触れさせること、大人が突きつけられる厳しい課題だ。自分も、母に連れられていった大山からの景色、シャガールの不思議な絵、ターナーの船と海と光の美しい絵画は忘れない。いま感謝していることの一つだ。 阪大梅棹忠夫のことば、 請われれば一差し舞える人物になれ 素敵な一文だと思った。
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思いがけず、四国(徳島だけど)にこの本をようやく読んだ。身体的文化資本(p107)を育てるような取り組み、私もしていきたいと切に思う。
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あまり好きな文句ではないですが、200本以上のレビューをアップしているこのサイトで初めて使うのでお許しいただきたい。 いま、読むべき本だと思います。 理由は大きく2つ。 ひとつは人口減少や成熟社会という時宜にかなった(そして恐らく向後、さらに重要になる)テーマを扱っているから。 ...
あまり好きな文句ではないですが、200本以上のレビューをアップしているこのサイトで初めて使うのでお許しいただきたい。 いま、読むべき本だと思います。 理由は大きく2つ。 ひとつは人口減少や成熟社会という時宜にかなった(そして恐らく向後、さらに重要になる)テーマを扱っているから。 もうひとつはヘイトスピーチに代表されるように不寛容な空気が世の中を覆う中にあって、どのように身を処して行けばよいか、その方途を示しているからです。 云うまでもなく、日本はすでに人口減少局面に入っています。 本書で云うところの「下り坂」です。 ただ、衰退する中でもキラリと光る取り組みを続けている地域があります。 香川県の小豆島町(人口約1万5,000人)では、ここ数年、年間100人以上のIターン者を受け入れています。 基幹産業が比較的しっかりしており、自然が豊かな割に航路が多くて比較的便利、という背景もありますが、著者はその決定打として「アート」を挙げます。 Iターン者の多くは、瀬戸内国際芸術祭をきっかけにこの島を訪れ、移住を決めるそうです。 町も同芸術祭の専門部署を設置し、アートに関する取り組みを進めています。 特徴的なのは、「交流人口」と「定住人口」の間に「関係人口」という新しい概念を設け、町と関係を持つ人を増やしていこうとしていることです。 兵庫県豊岡市城崎には、県立城崎大会議館という施設がありましたが、稼働率が低く「お荷物施設」でした。 この施設の払い下げを受けた豊岡市では、国内最大級のレジデンス施設(宿泊施設を備えたアートスペース)として「城崎国際アートセンター」にリニューアルし、施設利用料無料でアーティストを受け入れ、活況を呈しています。 世界トップクラスのアーティストが訪れて町民と交流し、世界的にも一流の公演の初演がこのセンターで行われることもあります。 この仕掛けを作った豊岡市の中貝市長は「これまで、多くの人びとが『上り列車』に乗って故郷を離れ、そのほとんどは帰ってきませんでした。地方は衰退し、誇りも失っていきました。しかし今、豊岡は小さな世界都市に向けて着実に歩んでいます」と意気軒高。 これを受け、著者は「選んでもらえる町を作るには、自己肯定感を引き出す、広い意味での文化政策とハイセンスなイメージ作りが必要だ」と述べています。 四国学院大学は、「ここに、共に学ぶ仲間を探しています」と高らかに宣誓し、入試制度改革に踏み切りました。 具体的には、アウトプットを意識したグループワークを課し、その後にグループワークを振り返りながら行う個別のインタビューを実施します。 これまでの入試のように「優秀な人」を選抜するのではありません、「独創的なアイデアで組織を引っ張っていく人」「豊富な知識を持ち何でも相談に乗ってくれる人」「組織が危機に瀕したときにユーモアで人々を鼓舞できる人」など、一人ひとりの長所を発見し、4年間、共に学ぶ仲間を集めるのです。 本書で紹介されている事例は、どれも手探りの取り組みばかりですが、かつての成長社会のように立派な施設を作ったり、雇用の場を増やすため大企業誘致に乗り出したりといったことではなく、地に足を付けて自らの頭で考え、時代に適応しようとしているように見受けられます。 とはいえ、人口減少が進むわが国では、総体としては気の遠くなるほど長い「下り坂」がこれから待ち構えています。 それはまさに「寂しい」道程となるでしょう。 その寂しさに耐えられず、どこかにうまい汁を吸っていると疑心暗鬼になり、息苦しい社会になってきています。 一昔前なら口にすることさえ憚られるような野蛮なヘイトスピーチも珍しくなくなりました。 珍しくなくなったどころか、私自身のSNSのタイムラインにも普通に流れてくるようになり、しかも多くの賛同を集めているのを見るにつけ鼻白みます。 著者は①もはや日本は、工業立国ではない②もはや日本は、成長社会ではない③もはやこの国は、アジア唯一の先進国ではない―の「3つの寂しさ」と向き合うことを提唱しています。 大丈夫、悪い事ばかりではありません。 著者のこんな言葉に励まされます。 「そろそろと下る坂道から見た夕焼け雲も、他の味わいがきっとある。夕暮れの寂しさに歯を食いしばりながら、『明日は晴れか』と小さく呟き、今日も、この坂を下りていこう。」
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20160428読了。 これからの日本は、アジア唯一の先進国ではない、という自覚を持つこと。 つまり、日本という国家を客観的に理解し、他国への理解を深めることが重要なのだろう。 そのためのコミュニケーション教育が足りていない。 地方再生の手段は、文化的に自立すること。
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オリザ本は反射的に買う。重複の多い著者なのは分かっている。しかしその中に読んでいない部分を探すのも楽しく、その洞察には心奪われてしまうのだから仕方がない。今回も「読んだことのあるオリザ本」に大別されるものであったが、文化政策に対する考えを先鋭化させたような内容で手応えのようなもの...
オリザ本は反射的に買う。重複の多い著者なのは分かっている。しかしその中に読んでいない部分を探すのも楽しく、その洞察には心奪われてしまうのだから仕方がない。今回も「読んだことのあるオリザ本」に大別されるものであったが、文化政策に対する考えを先鋭化させたような内容で手応えのようなものはあった。帯に内田樹が一筆書いているが、彼がかねてから主張している「コントロールされた経済縮小」の大きな流れにある内容なので、読み手としてはしっくりくる人選。それにしても日本(の地方)はこのままでは完全に干からびてしまう。この本の提言は決して軽視できない。また、これからの総芸術家時代を生きるアーティストにとって一種の生きる指針だ。
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・交流人口と定住人口の間に関係人口という考え方が必要。 ・昼間に子供を預けて映画を観に行ける、失業者が劇場に行ける、そんな社会。 ・仕事があるかないかではなく、面白いかつまらないか、偶然の出会いがあるかどうかが、若者の定住を左右する。 勝つかいかに負けるか、ではなく、いかに負け...
・交流人口と定住人口の間に関係人口という考え方が必要。 ・昼間に子供を預けて映画を観に行ける、失業者が劇場に行ける、そんな社会。 ・仕事があるかないかではなく、面白いかつまらないか、偶然の出会いがあるかどうかが、若者の定住を左右する。 勝つかいかに負けるか、ではなく、いかに負けるか、というのは確かに寂しいかもしれない。でも、やっぱりこんな豊かで安全で清潔で規則正しい国って他にはないと思うし、それをただただ褒めちぎるでもけなすでもなく、真正面から向き合って、これからどう坂を下って行くかを考えて行動していくっていうのは、それはそれで面白いことだよなぁって思った。
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本書における平田オリザ氏の考えに概ね同意する。内容としては、コミュニケーションや演劇について書かれたものではなく、エッセイのようなものであると感じた。
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