モモちゃんとアカネちゃん 合本版 の商品レビュー
とても素敵な本。 この本が読みつづけられているのは、おとぎ話だけでなく、パパとママのさよならという現実が児童書に書かれているから大人からも読み続けているのだろうか。 育つ木と歩く木の話は、少しリアル過ぎる気がしたが、表現としてなるほどと思った。 おとぎ話としては、プーが金魚ではな...
とても素敵な本。 この本が読みつづけられているのは、おとぎ話だけでなく、パパとママのさよならという現実が児童書に書かれているから大人からも読み続けているのだろうか。 育つ木と歩く木の話は、少しリアル過ぎる気がしたが、表現としてなるほどと思った。 おとぎ話としては、プーが金魚ではなく金魚水が好きなこと、ラクラク山のウサギがつくる雲の話が可愛く、子どもに読んであげたくなりました。 子どもって純粋。だから可愛い。 最後アカネちゃんが、ママに「パパもだれかにあげちゃったの?」は、なんてこたえるのが正解か長いこと考えてしまいました。
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「ちいさいモモちゃん」の続編 「モモちゃんとアカネちゃん」「ちいさいアカネちゃん」が収録されています。 児童書なのに両親が離婚したり、死神がママにつきまとったり・・・ 子供の頃にこれを読んだなら、どのように感じたのだろうかと考えてしまいました。
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パパとママの関係に不穏な空気が流れ始めます。 パパは靴だけしか帰らなくなります。 ママが訪ねて行った森のおばあさんの所でのできごと。 ひとつの植木鉢に植えられた2本の木、どちらも枯れかかっています。 ひとつがママで、ひとつがパパ。 おばあさんが2本の木を引き抜き、別々に森に植...
パパとママの関係に不穏な空気が流れ始めます。 パパは靴だけしか帰らなくなります。 ママが訪ねて行った森のおばあさんの所でのできごと。 ひとつの植木鉢に植えられた2本の木、どちらも枯れかかっています。 ひとつがママで、ひとつがパパ。 おばあさんが2本の木を引き抜き、別々に森に植えたところ、ママの木は“葉っぱをしゃんとさせ、生きかえり、すくすくとのびはじめました”。パパの木は“枯れかかった葉っぱは、しゃんとしましたが、歩きはじめ”ました。 このままではどちらも枯れてしまう、それではいけない、とママはパパとお別れすることを決意します。 児童文学で、離婚が扱われることが衝撃でしたが、 “靴だけしか帰らない”だとか、夫婦の生き方を木に例えるところが わかりやすくもあり、切なさも感じさせられました。
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靴だけになってしまったパパ。 パパのために何かしてあげたくても靴には何もできない。 死神に取り憑かれてパパに助けを求めたのに靴は助けてくれず、アカネちゃんの泣き声で気力を取り戻した。想像するだけでも辛い。
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子供達に、昔読んだ絵本を思い出し、手に取った本である。 あかちゃんの本として、「いないいないばあ」など、くまさんが、いたり、お化けが居たりして、楽しい絵本だった気が、していたのだが、、、、この本は、児童文学であるのに、離婚問題も書かれているのに、ビックリ! 1926年生まれの作者...
子供達に、昔読んだ絵本を思い出し、手に取った本である。 あかちゃんの本として、「いないいないばあ」など、くまさんが、いたり、お化けが居たりして、楽しい絵本だった気が、していたのだが、、、、この本は、児童文学であるのに、離婚問題も書かれているのに、ビックリ! 1926年生まれの作者は、この時代、シングルマザーに、なってしまったのは、大変だったことだと思う。 それなのに、児童文学者として、何と、楽しい絵本を作り上げていたのだろうと、今になって、気づかされた。 靴だけが返って来る話、死神が、襲いかかって来る話、枯れた木を植え替える話、精神的に参っていた時かもしれないのに、話に、変えてしまって本にするところは、子供達にも、メルヘンだけでなく、現実のリアルさをも知ってもらうために、物語にしたのであろう。 でも、やはり、絵本に、メルヘンを望みたい私は、気持が、幼すぎるのかもしれない。
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トラウマ児童文学。幻想と現実の混ざり具合と子どもと大人の世界の混ざり具合が秀逸過ぎてトラウマ。幼少期の「自分じゃどうにもできない…」感をひしひしと思い出させる。
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小学生になったモモちゃんと 妹のアカネちゃんのお話。 パパとママ、ネコのプーがいて、 そこに靴下の双子の兄弟タッタちゃんと タアタちゃんが加わって いつも皆が仲良く暮らしています・・・。 ・・・だったならモモちゃんも アカネちゃんもどんなに幸せだっただろう。 いつのまにか、...
小学生になったモモちゃんと 妹のアカネちゃんのお話。 パパとママ、ネコのプーがいて、 そこに靴下の双子の兄弟タッタちゃんと タアタちゃんが加わって いつも皆が仲良く暮らしています・・・。 ・・・だったならモモちゃんも アカネちゃんもどんなに幸せだっただろう。 いつのまにか、パパはママにとって 靴だけになってしまう。 疲れきったママのところには死に神が やってくるようになってきてしまう。 そしてパパとママは さようならをすることを決めて、 パパを置いてママとモモちゃん達は、 お引っ越しをする。 新しい場所で再スタートを きることとなるのだが、 新しいおうちでいないはずのパパの姿を アカネちゃんがよちよち歩いて探し回ったり、 忙しいおしごとママに気を使うモモちゃんの様子が 切ない。 お話の中で、おいしいもののすきなくまさんや タッタちゃんとタアタちゃんが どんなに頑張ってモモちゃんとアカネちゃんを 可愛がって、楽しいことをたくさんしてくれても、 少し悲しく、厳しい現実がところどころに 見え隠れしている。 ラクラク山のウサギさんが もっと増えてくれたらいいのに。
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絵本のような、子供向けの語り口調なのに、内容はとてもシュールというか。不気味さが漂っている気がする。
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子供の頃に読んだハードカバーは、「ちいさいモモちゃん」「モモちゃんとプー」、そして3冊目が「モモちゃんとアカネちゃん」でした。 だけど文庫になって、ハードカバー2冊分が1冊におさめられ、「モモちゃんとアカネちゃん」「ちいさいアカネちゃん」と続けて読むと、とても子供向きに書かれた...
子供の頃に読んだハードカバーは、「ちいさいモモちゃん」「モモちゃんとプー」、そして3冊目が「モモちゃんとアカネちゃん」でした。 だけど文庫になって、ハードカバー2冊分が1冊におさめられ、「モモちゃんとアカネちゃん」「ちいさいアカネちゃん」と続けて読むと、とても子供向きに書かれた本とは思えなくなりました。 私の(勝手に思い込んでいるだけであっても)お友達であるはずの、モモちゃんのお話なのに。 子供の頃、私が怖いと思ったのは、ママのところへ現れる死神ではなく、くつしか帰ってこないパパでした。家庭を顧みないパパなんだと思っていたのに、ママとモモちゃんとアカネちゃんが引っ越した後、置き忘れられたアカネちゃんのまりを見てたたずむパパの姿がさみしく思えて、混乱しました。 文庫版には、ハードカバーにある挿絵は一切ありません。なのに、ページをめくると、この場面にはこんな挿絵、ここでのママはこんな顔をしていた、とひとつひとつが蘇ることに驚くと同時に、なんだかとても懐かしい、あたたかい気持ちになりました。 もう何年も何年も、ずいぶん長いことモモちゃんには会っていませんでしたが、やっぱり彼女は今でも私の中に、あの頃のままで住んでいるのだと思いました。素敵な本に巡りあえたのだと、その幸運な出会いに感謝するばかりです。 だから、本をよむのはやめられない。
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モモちゃんとアカネちゃんの文庫シリーズ2冊目。 とりわけ印象に残る「木のたとえ」。でもどうなのだろう。仮に自分の親が離婚する、となった時、このたとえにうなずくのだろうか。冷静な目で見ることのできる私には受け入れられる部分も多いけれど、当事者からしたら? 私としては直接それを示さ...
モモちゃんとアカネちゃんの文庫シリーズ2冊目。 とりわけ印象に残る「木のたとえ」。でもどうなのだろう。仮に自分の親が離婚する、となった時、このたとえにうなずくのだろうか。冷静な目で見ることのできる私には受け入れられる部分も多いけれど、当事者からしたら? 私としては直接それを示さずにたとえていることで心の奥の方まで言葉を持っていける、というようなことがあるのではないかと思うのだがどうだろう。「木のたとえ」はどんな人に対して十全に届くのだろう。 この部分は比喩にしてもやや直接的なところだが、全体的に間接的に何かが伝わってくるようなものがこの本にはあると思う。その間接的なものを「大人の目」で探そうとしてしまうところが少し悲しいのだけれども。
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