小さい“つ"が消えた日 の商品レビュー
私が読んだのは新風舎から2006年に刊行されたもの。 (2008年に倒産したのね…) さまざまな文字たちが住んでいる五十音村で、音をもたない小さい「つ」は、ほかの文字たちからバカにされていました。そんなある日「つ」は村を飛び出してしまいます。すると新聞やテレビから小さい「つ」が...
私が読んだのは新風舎から2006年に刊行されたもの。 (2008年に倒産したのね…) さまざまな文字たちが住んでいる五十音村で、音をもたない小さい「つ」は、ほかの文字たちからバカにされていました。そんなある日「つ」は村を飛び出してしまいます。すると新聞やテレビから小さい「つ」が消えてしまって…。 『唯一困らなかったのは、国会で朝から晩まで演説しかしていない政治家だけだった。彼らはいつものようにしゃべり続けた。政治家も、それを聞いている人たちも、彼らの演説の筋が通っていないことにはまったく気づかなかった。 ある政治評論家によれば、それは政治家の演説にはもともとほとんど意味がないから、日本語がおかしくなっても、意味が通じないことに変わりがない、ということだった。』 ってのが面白かった(笑) 書いたのは外国の人なのに舞台は日本で五十音の話?よく見たら訳者もいない!(監修者はいる)と思ってたら、、 著者は日本語・ドイツ語・英語・フランス語・イタリア語が堪能なんだそうな。
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すごい可愛かった(o^-^o) 普段は見ないようなもの。でも消えたら困る。 そういうものってありますよね^^ (日本人の私から見た)外国の方が書くお話って、ユーモアがあって好きです。
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”ある日、小さい“っ”が世の中からいなくなったら何が起こるのか…。 誰にもその人にしかできない役割があり、そのことで世界が成り立っていることを教えてくれる素敵な寓話。日本語をモチーフとした話ながら、著者がドイツの方であることに驚く(かわいい挿絵も同じくドイツ生まれの生物学者の方の...
”ある日、小さい“っ”が世の中からいなくなったら何が起こるのか…。 誰にもその人にしかできない役割があり、そのことで世界が成り立っていることを教えてくれる素敵な寓話。日本語をモチーフとした話ながら、著者がドイツの方であることに驚く(かわいい挿絵も同じくドイツ生まれの生物学者の方の筆によるもの)。ジャパネットたかたの高田社長が全社員にオススメされた一冊。 <読書メモ> ・小さい“つ”がいつもしていたこと。それは、寝る前にその日を思い返して、学んだことを数えることでした。それを私もやってみようと思います。 まず一つ目は、どんなに小さくても人によいことをすれば、した以上のことが返ってくるっていうこと。それが知らない人であろうと関係ない。 二つ目は、どんなことでもやる前からあきらめたりしないこと。ちっぽけに思えることでも、そこからどんな大きなことが始まるかわからない。 三つ目は、その時は意味がないと思われることでも、後々、それが本当は大切なことだったと気づくことがあるということ。 (「復刻版によせて」より。作者ステファン・フォン・ローさんの言葉から) <きっかけ> ジャパネットの高田さんが紹介していた一冊。誰にもその人にしかできない役割がある、ということ。”
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小さい「つ」が家出から帰ってきておかえりなさいパーティーで50音村のみんなが休んでその1日はしゃべれないと書いてあって、それを想像すると面白かった。
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井上ひさしとか阪田寛夫とかまどみちおとか、日本語の手練れが書いた言葉遊びの文章とは違って、ドイツ人が書いているので、日本語の言葉遊びとしてすごいとは思えないが、それだけに軽く読むことができる。「同じように一文字抜けると全く意味がちがってしまう文章を作ってみよう」とか、授業で応用も...
井上ひさしとか阪田寛夫とかまどみちおとか、日本語の手練れが書いた言葉遊びの文章とは違って、ドイツ人が書いているので、日本語の言葉遊びとしてすごいとは思えないが、それだけに軽く読むことができる。「同じように一文字抜けると全く意味がちがってしまう文章を作ってみよう」とか、授業で応用もできる。しかもメッセージがまたわかりやすい。小さくて目立たないものにも、じつは大きな価値があるんだよ、っていう。学校の先生が好きそうな。 すらすら読めるので、読むのが苦手な人にも薦めやすい。
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※このレビューにはネタバレを含みます
日本語に最近興味津々の奥さんが図書館で借りて来てた本。絵本か童話のような小作品だけど実に味わい深い! 良書ですね。 大筋は、日本語のひらがなの文字を擬人化。それぞれにキャラがあり、五十音村で楽しく暮らしている。とある日、「あ」が自慢話をはじめたことから、それぞれが、あーだこーだと言い始める。そのうち小さい「っ」は、発音されないってことで馬鹿にされ、翌朝「っ」は村を出て行ってしまう。 すると、さぁ大変、今までその存在を軽視していたが「っ」が居なくなったことで日本語の世界にどんな騒動が巻き起こるかをユーモアたっぷりに描くもの。 作者はドイツ人。20代のころから日本語を学び、外国人ならではの視点で日本語を捉えているところが面白い。日本人なら「っ」と「つ」が別人格とか思わないし、「っ」は口がきけない(音がない)なんてキャラ付けはしなかったかもしれない、と感心する。著者は、まずは母語で書いて、自分で日本語訳し、日本人に監修してもらったそうだ。織り込まれたエピソードの数々は、どこまで彼が思いついたものだろう。 弁護士とクライアントとの会話が面白い。 「どうしましょうか?訴えますか?それとも訴えませんか?あなたからOKがあれば、訴えますよ」 と言いたいところ、小さい「っ」がないとこうなる。 「どうしましょうか?歌えますか?それとも歌えませんか?あなたカラオケがあれば、歌えますよ」 (ふざけた奴だと、弁護士は依頼を断られるわけだ) 著者は日本語を勉強しながら、小さい「っ」が入る入らないで意味が全く異なる似たような言葉に驚いたのだろうな。そんな体験から生まれたのかなあと思いを馳せながら読み進む。 このお話が、そうした日本語の再発見になるだけでなく、小さい「っ」を追い出した五十音村のほかの文字たちのように、普段、見落としがちな価値に気づくことの大切さを教えているところ。どんな個性にもちゃんと存在価値があることを示唆していること。村人たちが再び小さい「っ」を迎えいれるときの言葉は非常に深い。 「沈黙と言う瞬間を作り出す君がいるから、音が聞こえる。影があるから光が見えるように。谷があるから山がある。黒があるから、白が見える。」 さらには、村を追い出された小さい「っ」にしても、自分の村という小さな世界では知りえなかった新たな発見、自分と同じような言葉は発しないけど素敵な存在を知ることで成長していくところか。それゆえ、村人に再び迎えられて、自分に酷くあたった村人たちの謝罪を大きなこころで受け入れられるようになる。そんな成長譚でもあるところが素晴らしい。 そんな大きなストーリーの他に、随所に配された、ひらがなの個性、キャラ付けにニンマリしながら、あるいは「そうかな~」と日本語ネイティブの自分と、外から見た日本語の視点を持つ著者の持つイメージの違いを味わいながら興味深く読めるのも面白い点。著者は、小さい「っ」というキャラを見出して、それをスケープゴートにしてストーリーを組み立てたけど、たとえば「を」なんかが、「お」のニセモノとの誹りを受けて村を追い出されたら?とか、小さい者同士「ゃ」「ゅ」「ょ」と結託して村を出たらどうなったとか、いろいろ想像が働いてしまう。 挿絵もかわいらしくて、いいね。この挿絵も日本人が書いたんじゃないってところが、日本語を扱った物語なのにどこか異国情緒あふれるお話になっているところも面白いところだ。 この話を元に、芝居の舞台もあるそうな。それはそれで面白い作品が出来上がりそうだ。脚本家も腕の見せどころ、本書に出てくる弁護士の言葉以外に、他にどんな気の利いた、あるいは時代性と取り入れた例を生み出せるか、日本語のプロとしての楽しみもあるのではないかと想像する。 短い話なので30分もあれば読めてしまう。 大人も、子どもも楽しめるお話でした(ちょっと政治家批判が多いのだけど・苦笑)。
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以前にも薦められていたが、先延ばしにして読んでいなかった本。改めて違う人から薦められたのえ読んでみた。 五十音村という設定からして大変可愛らしく、イラストもかなり好み。もっと早く読めばよかった。しかし、内容は可愛らしいだけでないところがさらにいい。日本語が母国語でないひとが書いた...
以前にも薦められていたが、先延ばしにして読んでいなかった本。改めて違う人から薦められたのえ読んでみた。 五十音村という設定からして大変可愛らしく、イラストもかなり好み。もっと早く読めばよかった。しかし、内容は可愛らしいだけでないところがさらにいい。日本語が母国語でないひとが書いたとはとても思えない。・・・むしろ母国語でないゆえか? 新鮮な気持ちで日本語に向き合えるような一冊である。
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字を擬人化するアイデアはありそうだし、小さい「つ」が抜ける話は、おとしものしちゃた(中山千夏・文/長新太)で経験済みだけど、これを母国が日本語じゃないドイツ人が書いたということが、なんとなくおもしろい。母国じゃないからこそ、こういう視点で書けたのかもしれない。「ダーリンは外国人」...
字を擬人化するアイデアはありそうだし、小さい「つ」が抜ける話は、おとしものしちゃた(中山千夏・文/長新太)で経験済みだけど、これを母国が日本語じゃないドイツ人が書いたということが、なんとなくおもしろい。母国じゃないからこそ、こういう視点で書けたのかもしれない。「ダーリンは外国人」のトニー・ラズロみたいな感じか。 にしても作者は相当エリートだね。 英語で書いたものを本人が日本語訳し、さらに日本人に日本語を監修してもらい…というけっこう手間かかった作り。
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小さい「っ」がどっかに行っちゃう。 どの文字がなくなっても、言語は成立しなくなる。 それは大変だ!という単純なお話なのだけれど、 日本語を母国語としない人が書くと、新鮮味があるかな。 言葉を大切に!
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【読了メモ】(150217 1:50) ステファノ・フォン・ロー Stefano von Loe/絵 トルステン・クロケンブリンク/日本語監修 小林多恵&岩田明子 『小さい「つ」が消えた日』/三修社/2008 Nov 20th/小さな「つ」のいない日本は大混乱。一方、心ないことを言われて家出した「っ」は色んなものに出会って元気を取り戻します。/ドイツの人が書いた日本の五十音の物語!
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