いつか王子駅で の商品レビュー
主人公の心情を表現するために引用される書籍のあらすじなどが多いが、それらを知らないまたは好きではないと話半分程度しか感情移入できないので、自分にとっては若干飽きがちになった。 ラストのすごい疾走感はかなり良かった。
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堀江敏幸の長編デビュー作。一見、著者本人とおぼしき主人公の身辺雑記を描いただけのように見えるが、そう単純ではなく、ここにはさまざまな仕掛けが施されている。文中には、あまり馴染みのない島村利正の『残菊抄』をはじめ、安岡章太郎の「サアカスの馬」などが随所に引用され、これらもこの小説世...
堀江敏幸の長編デビュー作。一見、著者本人とおぼしき主人公の身辺雑記を描いただけのように見えるが、そう単純ではなく、ここにはさまざまな仕掛けが施されている。文中には、あまり馴染みのない島村利正の『残菊抄』をはじめ、安岡章太郎の「サアカスの馬」などが随所に引用され、これらもこの小説世界の形成に関与している。また、それと明示されない若山牧水や在原業平なども、さりげなく紛れ込ませてあるし、往年の名馬の回想シーンも小説の基軸となっていたりもする。そして、ここ都電荒川線界隈を舞台に登場する人たちはことごとく魅力的だ。
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本を読むには、やはりそれに適した時期(というか、読み手の精神状態)があるようです。何度か読みかけては挫折したこの小説なのですが、今度はじっくり楽しみながら読むことができました。 6畳一間の日の差さぬアパートに住み、実用書の翻訳と週に一度の講師稼業で暮らす主人公の日常を描いた作品...
本を読むには、やはりそれに適した時期(というか、読み手の精神状態)があるようです。何度か読みかけては挫折したこの小説なのですが、今度はじっくり楽しみながら読むことができました。 6畳一間の日の差さぬアパートに住み、実用書の翻訳と週に一度の講師稼業で暮らす主人公の日常を描いた作品。著者初の長編小説とありますが、章ごとにテーマを持ち完結しているので、連作短編と見ても良いようです。 左肩から上腕に紺青の見事な竜の彫り物を持つ印章彫りの職人・正吉さん、定食も出すカウンターだけの居酒屋で美味しいコーヒーを入れてくれる年齢不詳の女将さん、主人公の大家で二人きりの小さな旋盤工場を営む米倉さんとその相方の林さん、古本屋の店主の筧さん。登場人物は皆、ごく普通の市井の常識人ながら、何処か見識を持ち、穏やかな含蓄があり、それがこの淡々とした日常を描いたこの作品の特徴である柔らかな温かみを生み出しています。そして、時折主人公が家庭教師として教える大家さんの中学生の娘、咲ちゃんの底抜けな明朗さが彩りを添えます。 私小説的なものと思いながら読んでいたのですが、著者経歴を見ると違うのですね。堀江さんは東大出身のフランス文学者で早稲田大学の教授。ちょっと驚いてしまいました。
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文章が滑らかも滑らか、摩擦ゼロ。「かおり」の女将のもの柔らかさ、筧さんのパラフィン紙、トム木挽きにサアカスの馬。咲ちゃんみたいな女子中学生になりたいよ。誤解を恐れずに言えば、エクスタシーな読書体験でした。書斎の競馬って何とも風雅な雑誌だなあ。あっは。
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一文一文の丹念な作り込みは、小説内にも登場するあらゆる職人技と同様のものだろう。 ラストシーンを推す読者が多いようだが、そのひとつ手前、咲ちゃんとの大事な先約がありながら女将さんの申し出をその場ではっきり断ることができない場面が、この小説全体に流れる「待ち」のありようであるとも思...
一文一文の丹念な作り込みは、小説内にも登場するあらゆる職人技と同様のものだろう。 ラストシーンを推す読者が多いようだが、そのひとつ手前、咲ちゃんとの大事な先約がありながら女将さんの申し出をその場ではっきり断ることができない場面が、この小説全体に流れる「待ち」のありようであるとも思われた。タイトルの「いつか王子駅で」は、正吉さんを待っている主人公の「待ち」に加え、ここにきて女将さんの「待ち」が加わる。そしてほぼ同時刻に咲ちゃんは猛走を見せているというのが、作品の多層構造の一端であり、また、選びようのない可能性まで残しておきたがるという人間臭さもあって、いいなと思った箇所だった。
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東京の王子を中心とした下町の人々の温かい人情が、丁寧な美しい日本語で描かれている。競馬や文学の話が織り交ぜられ、また道具の描写は秀逸している。読んでいてこれほど理知的な作品はないだろうと思った。
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長編小説と書いてあるのでそのつもりで読みはじめたら度肝を抜かれた。これはわたしのしっているありとあらゆる長編小説とは一線を画した、なんだかもうなんて呼んだらいいのかわからないもの。根底には、冒頭からずっと、私は『待っている』という状態があって、それがこの長編をただの好きなもの語り...
長編小説と書いてあるのでそのつもりで読みはじめたら度肝を抜かれた。これはわたしのしっているありとあらゆる長編小説とは一線を画した、なんだかもうなんて呼んだらいいのかわからないもの。根底には、冒頭からずっと、私は『待っている』という状態があって、それがこの長編をただの好きなもの語りにとどまらせない大きな意味をもっている。それなのにこの待ちの状態は語りの流れとはまったくといっていいほど関係していないし、結末で回収されるわけでもない。語りについてはもっと不思議で、Aに含まれるBとCのはなし、CといえばDで、DはEで、EはFを含んでいて、そうそうなにがいいたかったかというとAなんだけどさ、みたいな感じで語りが進行していくから最初はなにがなんだかさっぱり掴めなかったのだけれど、ああこれはこういうものなんだ、って一度理解したら楽しんで読めた。それはそうと、一文の長さが異常に長いのが特徴的。くるくるまわるんだけれどもきちんとした帰結する形容修飾節。文学への深い愛情。新しい種類の小説。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
この作品を読む少し前に、これとおおよそ同じ設定である『オカメインコと雨坊主』を読んで、ふらっとやってきた町の人とは違う空気の僕が、いきつけの飲み屋みたいなとこで下町気質っぽい人に出会ったり、そこのおかみと関わったり、子供と接するみたいのを書くのを成功させるって、土台無理なんじゃないか、私だったらこういう臭くて嘘っぽくなりがちな題材は絶対に避ける、と思ったあとだったので、殆ど似た設定の『いつか王子駅で』には感服させられた。 何か違和感を感じるものに出会って、その違和感の原因を考えて「だからだめなんだ」と納得することって結構あるのだけど、そこへふっと現れた人が、その私の考えた駄目な原因そのものを使って、軽やかに飛翔するのを見ると、とても気持ちがいい。でもこの題材はやっぱり難しいと思うし、これを上手く使いこなしてしまうのは、本当に特異な才能だとしか思えない。 そして途中まで、エッセイっぽいなあと思って読んでいたのだけど、最後の場面まで来て「これは絶対に小説だ」と有無を言わさず納得させられた。エピソードなんか結構実際に出会った出来事とか使ってるのかな、という気はするけれど、この作品はエッセイ的とかエッセイくずれではなく、きちんとした小説である。
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最初にキタノカチドキ、最後はテスコガビー。 それだけで泣ける。実際涙した。 キタノカチドキは菊花賞の最後の直線、夕日に照らされ長くなった影が疾走するのが印象的。 そんなあまり今では人気のない馬をとりあげてくれた!、と思ったらもうあとは感情移入しまくり。 最後の陸上競技中学女子...
最初にキタノカチドキ、最後はテスコガビー。 それだけで泣ける。実際涙した。 キタノカチドキは菊花賞の最後の直線、夕日に照らされ長くなった影が疾走するのが印象的。 そんなあまり今では人気のない馬をとりあげてくれた!、と思ったらもうあとは感情移入しまくり。 最後の陸上競技中学女子200mのシーン。 「後ろからはなあんにもこない」、例の杉本節が炸裂したテスコガビーの桜花賞をひきあいにしてるけど、土橋が200mの日本記録出したレースでさえ2位以下との差はぶっちぎりではなかった。全国レベルでなくても、陸上競技ではテスコガビーみたいに後続との差をつけてのレースはまず無理。でも「後ろから何もこない」と言いたくなる心境が胸に迫って、思わず涙した次第でした。 テスコガビー、生で見たい! (馬絡みでしか感想を書けなかった・・・。)
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やさしい気持ちになる。でも実は案外変わった小説で文芸批評みたいだったり、競馬雑誌の記事みたいだったりする。そしてそれぞれのエピソードはひとつも完結しない。なのになぜか感動してる。
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