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太陽の子 の商品レビュー

4.5

206件のお客様レビュー

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    117

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  3. 3つ

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2020/07/28

沖縄の歴史なんて、詳しいわけでも精通しているわけでもないけど、それでも、人は辛い時、苦しい時、悲しい時にこそ、絆というものが一番大切なのだと思う。 それにしても、ふうちゃんのなんと愛らしいこと! その一途さに、心が震えるほどだ。彼女に愛される全ての人は幸せだ。

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2020/05/09

「いい話」かどうかは、わからない。 それでも、読んでいて、涙がこぼれてきた。 ふうちゃんの、キラキラとした真っ直ぐな目が、眩しくて美しい。 生まれる前から沖縄に基地はあった。 そんな私達からすると、沖縄の問題はどこか他人事だったのかもしれない。 沖縄の明るい人柄を思い浮かべて、...

「いい話」かどうかは、わからない。 それでも、読んでいて、涙がこぼれてきた。 ふうちゃんの、キラキラとした真っ直ぐな目が、眩しくて美しい。 生まれる前から沖縄に基地はあった。 そんな私達からすると、沖縄の問題はどこか他人事だったのかもしれない。 沖縄の明るい人柄を思い浮かべて、あの人達なら乗り越えられる、なんて勝手に考えてたのかもしれない。 沖縄の人たちは、琉球の時代からずっと、ずっと虐げられてきていた。 平等って、なんなんだろう。 『今、生きているぼくたちの方から歴史をたどる勉強を、はじめようやないか。』

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2020/03/08

名著である。 物語が読む者の心をつかんで離さず、そして悲しみを超えた優しさと慈しみの世界へといざなってくれる。 物語の舞台は神戸。主人公のふうちゃんは小学校6年生の女の子で、戦争のせいで精神を病んでしまったお父さんと、沖縄料理店「てぃだのふぁ」を一人で切り盛りするしっかり者のお母...

名著である。 物語が読む者の心をつかんで離さず、そして悲しみを超えた優しさと慈しみの世界へといざなってくれる。 物語の舞台は神戸。主人公のふうちゃんは小学校6年生の女の子で、戦争のせいで精神を病んでしまったお父さんと、沖縄料理店「てぃだのふぁ」を一人で切り盛りするしっかり者のお母さんと住んでいる。 物語は、このふうちゃんと「てぃだのふぁ」を取り巻く人々の人間模様を横糸に、沖縄の悲しい歴史を縦糸に織りなされる。本来なら暗く重いテーマだが、健気に生きる無垢な少女の視線を借りたことで、語り口はあくまでも優しい。 そして、悲しい話やつらい話がたくさん出てくるにもかかわらず、読後感はとても爽やかである。それは、ふうちゃんが悲しみや辛さを抱えた人のそばで一緒においおい泣いてくれたからであろうと思う。 この本の中でいちばん印象的だったのは 「まい日、日曜日やったら戦争は起こらなかったかもしれへんナ」 とふうちゃんが何気なく漏らした言葉だ。 言うまでもなく戦争は国家の政治経済活動の一環である。『クラウゼヴィッツの暗号文』にも、「戦争は政治の延長である」といったようなことが書かれている。それを端的に表現し得た言葉で、真実を射抜いている。 最初に読んだのは二十代半ばであったと思うが、この本をきっかけにして沖縄戦や広島の原爆に対する見方が変わった。また『兎の目』をはじめとする灰谷健次郎作品を何冊か読んで教育問題にも関心を持ち、たとえば林竹二の『教育亡国』なども影響を受けた。 私のその後の考え方を大きく変えてくれた一冊である。 ちなみに、映画化もされている。

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2019/11/13

悲しみ、苦しみ、真っ向から生きることのあり方を問いかけてくるような力作です。 どんな人にも読んでほしい。 最後まで読みきり、この本に書かれた悲しみが、胸にぎゅーっと刻み込まれてしまった。 でも、その悲しみは決して辛いだけのものではなくて、生きていくということは、こういう悲しみの一...

悲しみ、苦しみ、真っ向から生きることのあり方を問いかけてくるような力作です。 どんな人にも読んでほしい。 最後まで読みきり、この本に書かれた悲しみが、胸にぎゅーっと刻み込まれてしまった。 でも、その悲しみは決して辛いだけのものではなくて、生きていくということは、こういう悲しみの一つ一つと向き合うことでもあるんだなと、強い気持ちになれる。 戦争、沖縄、そんな言葉を他人事のように捉えていた自分がいたけれど、主人公のふうちゃんと一緒に、周りの人たちの優しさ、悲しみ、それを知っていく本です。 文章はシンプルでいて、とても繊細です。 座右の銘にしたくなる言葉にも出会える。 わたしが胸にきた言葉は、 いい人というのは心の中に何人もの人がいる、という言葉。 たくさんの人のことを本当に知ろうとする人は、それだけたくさんの悲しみも抱えることになる。 だからこその思いやり、だからこその優しさがある。 この本は、人に向き合うこと、死に向き合うこと、決して軽い気持ちでは読めない内容をたくさん含んでいます。 それでいて、訛りのまじった言葉遣いや、個性的な登場人物のもつユーモアが、不思議と重さを感じさせない。 ふうちゃんと一緒に勇気を持って沖縄を知ろう、人を知ろう、そんなふうに思わせてくれる。 とても辛い事実がたくさん迫ってきます。 けれど、読み終えた頃には、毎日をもう少し強く生きていこうとおもえる、本当の人としての勇気や、振る舞いはなにかを教えてくれる本です。

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2019/10/29

内容(「BOOK」データベースより) ふうちゃんは、神戸生まれの女の子。おとうさんとおかあさんは沖縄出身で、神戸の下町で琉球料理の店「てだのふあ・おきなわ亭」を営んでいる。やさしい常連さんたちに囲まれて明るく育ったふうちゃんだが、六年生になった頃、おとうさんが心の病気で苦しむよう...

内容(「BOOK」データベースより) ふうちゃんは、神戸生まれの女の子。おとうさんとおかあさんは沖縄出身で、神戸の下町で琉球料理の店「てだのふあ・おきなわ亭」を営んでいる。やさしい常連さんたちに囲まれて明るく育ったふうちゃんだが、六年生になった頃、おとうさんが心の病気で苦しむようになる。おとうさんの病気の原因は何なのか?ふうちゃんは、「沖縄と戦争」にその鍵があることに気づきはじめる…。戦争は本当に終わっているのだろうか。なぜおとうさんの心の中でだけ戦争は続くのか?今、日本人が本当に知らなくてはならないことがここにある。

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2019/08/20

灰谷健次郎の本はほとんど読んでいたけどこれだけは何故か読んでなくて、やっと読んだ 正直こわかった、何度も鳥肌がたった 自分は何も知らなかったんだなと、読んだ後なんかからっぽになる もっと前、小学生とか中学生のころに読んでいたらよかったなと思う 小学生のころって戦争だめ!だめ!みた...

灰谷健次郎の本はほとんど読んでいたけどこれだけは何故か読んでなくて、やっと読んだ 正直こわかった、何度も鳥肌がたった 自分は何も知らなかったんだなと、読んだ後なんかからっぽになる もっと前、小学生とか中学生のころに読んでいたらよかったなと思う 小学生のころって戦争だめ!だめ!みたいな授業たくさんあった気がするから 悪いことをした人だけが罪なんじゃなくて、なんも知らないことも罪だなってそんなことを思った

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2019/05/27

中学生ぶりに読んだ。 やっぱり本当にいい本だった。 命の重みを知るならば、一つの命を心から愛することだと改めて教えてもらった。

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2019/05/21
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

素晴らしい本 太陽の子 小学生のふうちゃんが 死と真剣に向き合う 生きるとはどういうことかを 改めてかんがえさせてくれる

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2018/09/05
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

ブンガク かかった時間100分くらい 再読。 かつて必要に迫られて読んだとき、この作品は率直にいえば「良い作品なのかもしれないが、強い違和感がある」作品だった。 再読してみて、「強烈な違和感をもたらす作品」になった。 沖縄戦を背景に、神戸に暮らす沖縄出身者たちが、「日本人」がすでにそれを忘れてしまっているにもかかわらず、戦争が生んだ不平等や偏見、トラウマを抱えながらも、やさしく力強く生きていく、という物語だ。 主人公の「ふうちゃん(小学6年生)」は、やさしくあたたかい周囲の人々のふるさととしての沖縄のみを知る少女だった。しかし、父親の精神病の発症や同年代の少年が受けた差別や、身近な沖縄出身者の抱える暗い過去を知り、それらを強く受け止めようと決意するとともに、そのようなつらさを経験したものーーつまり沖縄の人だけが、いろんな人のつらさをわが事のように受け止め、寄り添うことができるのだということに気づく。周囲の、決して金銭的な価値では語れない「すごい」人たちや、若くて熱心な担任の男の先生も、「ふうちゃん」とともに生きることを考え、いろいろな気づきをくれる。 ラストで父親の自殺を目の当たりにした「ふうちゃん」は、同じように「沖縄」がもたらした死によって姉を亡くしたキヨシ少年とともにピクニックに出かけ、「大きくなったら子供を2人産む、ひとりはお父さん、もうひとりはキヨシのお姉さん」と話す。 さて、この話の強烈な違和感はどこから来るのだろうか。 …と格好をつけて書いて放置していたけど、ありがたいことにコメントをいただいたので、ざっくり書いてみる。 作品の中には、「被差別や逆境を痛感している沖縄出身者は、そういうつらい体験を経てきたからこそ人間として尊い」という論理が繰り返し語られる。そして、これは同時に、「ふうちゃん」をはじめとした、バックグラウンドを沖縄にもつ登場人物が、それを克服するためのチカラとして位置づけられている。 つまり、思いっきり単純化していえば、いじめられていた子は、いじめられていた「からこそ」、いじめに立ち向かう力を身につけることができた、ということである。問題を克服するためのファクターとして、当該の問題の存在が位置づけられているのだ。「あのときいじめられていたから、強い心が育ったね。あのときいじめられていたからこそ、私は前を向けるのだ」というように。 もちろん、過去をそのような形で受け入れざるを得ない登場人物の立場はわかるけれども、語り手が手放しにそこを肯定してしまうことは、なんの解決にもつながらないんじゃないかなあと。 まあ、そんな気持ち悪さを感じたのです。

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2018/07/04

灰谷さんありがとうございます。沖縄出身者として感謝申し上げます。でも面はゆいのです。沖縄と本土の間に横たわる差別感は戦争の責任ではないのです。3人のうち一人が犠牲になったとかの問題ではないのです。過去ではなく、今そしてこれからどうするかの問題です 日本人なのです。沖縄に住む民は日...

灰谷さんありがとうございます。沖縄出身者として感謝申し上げます。でも面はゆいのです。沖縄と本土の間に横たわる差別感は戦争の責任ではないのです。3人のうち一人が犠牲になったとかの問題ではないのです。過去ではなく、今そしてこれからどうするかの問題です 日本人なのです。沖縄に住む民は日本人なのです

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