商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 講談社 |
| 発売年月日 | 2025/08/21 |
| JAN | 9784065404263 |
- 書籍
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言葉のトランジット
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言葉のトランジット
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商品レビュー
4.4
17件のお客様レビュー
言葉の再発見と文化の交差点を描いたこのエッセイ集は、英語と日本語の二重の視点から、言語が思考やアイデンティティに与える影響を探ります。著者の独自の経験を通じて、言葉が単なるコミュニケーションの道具でなく、自己を形成する重要な要素であることが浮き彫りにされます。親しみやすい文体で語られる内容は、異なる言語環境での感情や思考の変化を優しく描写し、読者に共感を呼び起こします。また、文化論や言語学の視点も織り交ぜられ、単なるエッセイに留まらない深みがあります。読者は、著者の視点を通じて、言葉の持つ力や、それがもたらす新たな視点を再認識することでしょう。
※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。
母国語と第二言語が飛び交う思考回路を忠実に書き表した随筆。特になるほどなと思った内容は以下の二つである。 ・小説家は突如起こった不幸も「ネタ」として蓄積する。しかし、前触れや結末などの構成抜きには小説の題材にはなり得ない。 ・誰かに紹介されて読んだ本よりも、「これは良い本に違いな...
母国語と第二言語が飛び交う思考回路を忠実に書き表した随筆。特になるほどなと思った内容は以下の二つである。 ・小説家は突如起こった不幸も「ネタ」として蓄積する。しかし、前触れや結末などの構成抜きには小説の題材にはなり得ない。 ・誰かに紹介されて読んだ本よりも、「これは良い本に違いない」と自分の勘で選んで読んだ本の方が重みがある。「みんなが読んでいる本」だけを読んでいては、感性がみんなと同じようになってしまう。 日常生活での気付きはふとした瞬間に訪れるが、それを自分の中で咀嚼し構成を作り一つの文章として仕上げる物書きは改めてすごいなと思わせられる本だった。
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ラジオ番組のゲストでお話されているのをたまたま聞いて興味が湧き、読みました。日本語スキルが非常に高く紹介していた本の内容も気になったので手に取ったわけですが、読み進めるうちKhezrnejatさんの深い洞察や考察がじんわりと心に沁みて、著者にとっては第二言語の日本語で書いていて…...
ラジオ番組のゲストでお話されているのをたまたま聞いて興味が湧き、読みました。日本語スキルが非常に高く紹介していた本の内容も気になったので手に取ったわけですが、読み進めるうちKhezrnejatさんの深い洞察や考察がじんわりと心に沁みて、著者にとっては第二言語の日本語で書いていて…という視点はすぐに無くなりました。他の著書も読んでみたくなりました。
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ここ最近読んだ中で一番面白かった。I'm hooked! 夢中になっちゃったよ。 アメリカ人が書いた日本語ですよ? なんとこなれていること! そこにまず驚くけれど、それ以上にその考察の深さが素晴らしくて、ううーーむ、と唸り読むのを中断して考え込む…ということが何度もあっ...
ここ最近読んだ中で一番面白かった。I'm hooked! 夢中になっちゃったよ。 アメリカ人が書いた日本語ですよ? なんとこなれていること! そこにまず驚くけれど、それ以上にその考察の深さが素晴らしくて、ううーーむ、と唸り読むのを中断して考え込む…ということが何度もあった。さすが2度も芥川賞候補になっただけのことはある(すごすぎる)。 たとえば以下のような箇所。 p10 意思が働かなくても、文章は成立する。AIによって生成された文章に直面して不穏を感じるのは、その事実をはっきりと突きつけられていることに起因するのだろうか。 p93 気に入りの作家がかつて暮らしていた家、あるいは使っていた小物、あるいは万年筆によって赤入れされた原稿を見るのには特別な面白みがある。(略) しかし同時に、このような活動は、読者というより、一人のファンとして行っているのではないかと思う。(略) むしろ描かれた町、モデルになった人物、書かれた時代の事情に詳しくなくても、それでも面白く読めるという性質は、優れた作品の所以なのではないかとさえ思うことがある。(略) 自分が事前に知っている事柄が書かれた小説しか正しく読むことができないとすれば、それは読書という行為をどんなに矮小化してしまうだろう。 p145 インターネットが充実して、海外のメディアが身近になったからこそ、洋楽は別世界から届いたもののような神秘性を失ったのかもしれない。海外へ行かなくても、海外の文化がなんとなく卑近に感じられ、自分の目で見ずとも分かっているつもりになってしまう今は、未知への好奇心を持つことが少し困難になってきている。いい意味でも悪い意味でも、世界は以前より小さくなってきた。 そして一番感動したのはp155のBecause Plants Dieである。 ショッピングセンターの入り口あたりに小さな看板があって、 植物が枯れてしまいますので座らないでください という日本語の下に、 Please don't sit down because plants die と書かれている。 日本に住むアメリカ人として、この英語は変だと指摘するという流れかと思いきやそうではないところがこの人のすごいところだ。 p159 やろうと思えば、この英語にケチをつけることはいくらでもできるだろう。自分の第一言語が、第二言語として使われているところを見ると、人はややもすれば批判的な姿勢を取りがちだ。文法的におかしいとか、文法的にはおかしくないがネイティブならこんな言い方はしないとか、あまりに母語話者の絶対性を主張してしまう。だがそのように評価を下すことが与えてくれる単純な優越感を拒否して、目の前の言葉をそのまま受け止めてみると、自分が知悉していたはずの言葉の予想外の側面が往々にして見出される。「正しい」か「正しくない」かは、評価軸にしやすいけれど、その判断一つで完結してしまい、新たな洞察を生み出すことができない。 (略) 少しでも逸脱したものを「違う」と決めつけてしまう。そんな受け売りの「常識」をもって、日本で出会う英語の正しさを評価するよりも、僕はただ単にそんな言葉をじっくりと味わいたい。 ああ、なんという視点の面白さよ、考察力の深さよ。 p76 あの頃の僕は彼のことを蔑視していた。 p145 海外の文化がなんとなく卑近に感じられ のような少しだけ違和感を感じた日本語を、ネイティブ目線から批判的に見て母語話者の絶対性を主張しようとしていた自分を恥ずかしく感じるのだった。 (「蔑視」より「軽蔑」のほうが自然かなと思って…しかしよく考えてみれば「蔑視していた」はまったくもって自然で正しい。「卑近」も「身近」のほうが?と思ったがやはりこれもまったくもって自然で正しい。反省しきり) ちなみにこの文章をあえて日本語に訳そうとする次のようになるのだそうだ。 「植物というものは儚い存在なので、座るという行為をどうかやめてください。」 なんという抽象的な警告になってしまうこと!(面白い!) 英語話者としては、The plants will die. もしくはThese plants will die. としたくなる。冠詞も代名詞もない裸の名詞は、不思議なほど普遍的な響きを帯びてしまい、話題はもはや「ここの植物」ではなく、「世の中の全ての植物」や「植物というもの」についてになるから、だそうだ。 【memo】 ニューオーリンズの名高い書店「フォークナー・ハウス・ブックス」(p89)アメリカ南部で育つと高校の英語で作品を読むのだそうだ。
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