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私が間違っているかもしれない あらゆる摩擦は「自分が正しい」という前提に立っていることに由来する。
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私が間違っているかもしれない あらゆる摩擦は「自分が正しい」という前提に立っていることに由来する。

ビョルン・ナッティコ・リンデブラッド(著者), キャロライン・バンクラー(著者), ナビッド・モディリ(著者), 児島修(訳者)

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私が間違っているかもしれない あらゆる摩擦は「自分が正しい」という前提に立っていることに由来する。

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 サンマーク出版
発売年月日 2025/07/17
JAN 9784763142368

私が間違っているかもしれない

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商品レビュー

4

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2026/09/17
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※このレビューにはネタバレを含みます

今騒音問題に悩んでいる私に手を差し伸べるかのように出会った一冊。 隣人の騒音問題に悩んでおり、これを書いている現在進行形で小学校低学年の足音や赤子の鳴き声が聞こえてくる(これはしょうがない)22時22分時点 かつての私なら、就寝前なのだから皆静かにすべきなのに。賃貸だから気を使って生活すべきなのにとべき思考に陥っていた。しまいには白黒思考であるため、音に一喜一憂する日々が長らく続いた。 だが、そのような中で本書の86ページに書いてある”誰かに対してこうあるべきだと思っても、その人たちは自分の想い通りの人間には絶対にならないと”と言った言葉が背中を押してくれた。確かに管理会社にも言ったものの、自分が望んでいた水準まで改善はしなかった。だから相手に期待することをやめ、また自分の心がこれ以上窮屈にならないためにも、相手を受容することにした。もちろん、まだ完全には受容できていないので時々、うるせえよ。黙れと声に出しそうになる。 そのような時にはパサーノの言葉である「僕が見ている」を思い出し、自分との約束「相手を許す、そして受容する。」を再確認する。だが、いずれ「相手を許すべきだ。受容すべきだ。」といった思考に転じないように注意が必要だ。 別にこの心がけは相手のためを思ってではない。自分のために実践し、相手を許し始めた。私は因果応報を信じる派なので、自分に跳ね返ってこないように、騒音で怒っている態度を隣人にあからさまに出すことを止めた。それに自分の心もどんどん荒んでいくのも止めたいと思い。そしておそらく、こちらのベランダを汚したり、自身の子供の騒音を気にも留めない親にはきっとこの先何か待っていると思う。(別に不幸を願っているわけではない。) ナティコが経験した世界に触れられて本当に良かった。 また並行して"はじめての森田療法"という本も並行して読んだ。森田先生も、べき思考に囚われ、また解決策を練ろうとすることで、長い期間その問題について考えることになり、本来の自分(あるがまま)を見失っていると述べていた。これは森田療法も仏教の禅の考え方に深く影響されていることから、同じ考え方が見いだせたのだろう。だが、私はそれを知らずに同時並行で読み、これは何かのご縁だな。ありがとうございます。と感謝をしている。

Posted by ブクログ

2026/09/11

僧になった著者の経験を通じて、心を落ち着ける方法を学べる本。参考になることは多いが、著者が仏教を「道具」と呼ぶことには違和感を覚えた。文化が違う西洋人にとって、仏教は格言満載のただの道具箱なのかも知れない。

Posted by ブクログ

2026/09/06

生きていく中でとても大切な気持ちをわかりやすく、押しつけがましくなく、伝えてくれる本。 時々、読み返してみたいと思う。

Posted by ブクログ

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