商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 東洋館出版社 |
| 発売年月日 | 2024/11/29 |
| JAN | 9784491056241 |
- 書籍
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世界は私たちのために作られていない
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世界は私たちのために作られていない
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商品レビュー
3.6
23件のお客様レビュー
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
みい山がTwitterで炎上してて、この本が一部話題に上がっていたので読んでみた。 ハイパーレクシア(過読症)という、年齢に不相応なほど早い時期から、文字や数字を独学でスラスラ読めるようになる強いこだわりや突出した特性というものがあることを知った。 人よりも優れた面がある一方で、発達障害に区分されるのはなんだかなあと思った。 ASDがもし定型発達の人より多くこの世界にいたら、定型発達の人が発達障害に区分されるのかな?と思った。映画『ダウンサイド・アップ』を思い出した。 ASD者の平均余命は、定型発達者の平均余命よりもずっと短いという統計がよく使われる。どの統計に注目するかにもよるが、ASD者の平均余命は36歳あたりか、少し長くて54歳のいずれかである。どちらの数字も、事故から併存疾患と呼べるものによる死亡まで、多くの変数を考慮に入れている。もちろんこれは、あなたの知り合いのASD者が50代半ばまでに必ず死ぬことを意味するものではない。むしろ、ASD者が本来の寿命よりもずっと若くして亡くなっているという響鐘であって、この警鐘に耳を傾け、対応する必要があるということだ。 ASD者の寿命を縮めうる要因は少なくない。その多くは本書の別のところで取り上げているが、おそらく最も深刻な(そして最も予防可能な)要因は、自殺であろう。 すでに述べたように、ASD者が自殺によって死亡する確率は、一般人口の3倍である。ASD者の60%以上が、一度は真剣に自殺を考えたことがあるという研究結果もある。 ↑びっくりした。 かつて新品のゲームに、ゲームを始めるのに必要な情報がすべて載っている分厚い説明書がついていた時代があった。私はゲームのスイッチを入れる前にその説明書を熟読し、何をすべきかを正確に把握していた。私からすると、ASDでない人たちは、生まれた瞬間に「人付き合い」というゲームのルールやガイド、ヒントやコツがぎっしり詰まった便利な説明書みたいなものを自動的に与えられているように見える。一方で、私たちASD者は何も与えられず、一切の援助もなしに「ルール」の全貌を把握するように放置される。「人生」の完全な体験から締め出されたような感覚をほんのり味わい続けながら。 確かにASD者はよく、非ASD者が無意識のうちに習得しているであろう人付き合いのルールブックに触れることなく育ったように感じると口にする。そしてそれは、私が定期的に必要に迫られて持ち出す比喩である。定型発達の同世代の人たちを見ていると、私たちASD者がマニュアルにしがみついて必死に守ろうとしているルールをすべて自然に、自動的に身につけていることに気づく。 ↑わかる
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ASDの人たちの解説書のような一冊。すごいわかりやすく書いてあって勉強になる。 全員が生きやすい世界になったらいいね。
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本題がこの本のすべてだと思う。 世界はASDの人々にとって、本当に生きづらいのだ、ということが良くわかった。 そして、そのように生まれついてしまったから、どうしようもない、仕方ない、と思うのではなく、社会が変わるべきだと、正々堂々と主張している。 ただ、多様性を認めるということ...
本題がこの本のすべてだと思う。 世界はASDの人々にとって、本当に生きづらいのだ、ということが良くわかった。 そして、そのように生まれついてしまったから、どうしようもない、仕方ない、と思うのではなく、社会が変わるべきだと、正々堂々と主張している。 ただ、多様性を認めるということは、本当に難しいと思う。 例えてみれば、暑がりの人、寒がりの人がいる中で、どうしたって、じゃあ中間の温度にしましょうとなる。そうすると、暑がりの人は、僕はこの温度じゃ生活出来ない、とごねる。 そのごねかたと同じものを、この本の著書(ASD者)から感じてしまう。 ASD者は感覚過敏だから、ASD者じゃない人が我慢する方がより簡単だろう、というわけだ。 理屈は分かるけど、ASD者といっても様々だから、あの人、そんなに辛そうじゃないのに、何故こちらばかりが我慢しなくちゃならないの?とか、思ってしまいそう。 つまりは、障害を持って生まれたら、不幸でなくちゃいけない、とみんなどこかで、思っている、不幸な人だから優しくできる。 ASD者も、社会から疎外感を感じずに、生きることが出来るのが理想だが、やはり、私自身は、仲良くなって常に気を遣いたい、とは思えない。 ただ、愛する人がASD者だったら、相手を理解し、寄り添えるよう努力するだろう。それは、自分にとって相手が必要な存在だからだ。 ASD者の特性を理解することは大事だが、寄り添うかどうか、は、人として魅力があるかどうか、かもしれない。
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