1,800円以上の注文で送料無料
隠された顔 絵巻のなかの尊きものたちの描き方
  • 新品
  • 書籍
  • 書籍
  • 1219-06-10

隠された顔 絵巻のなかの尊きものたちの描き方

山本陽子(著者)

追加する に追加する

隠された顔 絵巻のなかの尊きものたちの描き方

2,640

獲得ポイント24P

在庫あり

発送時期 1~5日以内に発送

商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 教育評論社
発売年月日 2024/09/02
JAN 9784866241050

隠された顔

¥2,640

商品レビュー

4

2件のお客様レビュー

レビューを投稿

2025/05/05

十二世紀から十五世紀の物語絵巻や縁起絵巻を「顔を隠して描く」方法の推移という観点から読み解いた本。 図版もたくさんあり、確認しながら論を読み進めることができる。 たしかに、百人一首の絵柄でも、御簾や几帳に隠されて描かれる人物がいる。 平安時代の高貴な人物はよほどの場合でないと顔...

十二世紀から十五世紀の物語絵巻や縁起絵巻を「顔を隠して描く」方法の推移という観点から読み解いた本。 図版もたくさんあり、確認しながら論を読み進めることができる。 たしかに、百人一首の絵柄でも、御簾や几帳に隠されて描かれる人物がいる。 平安時代の高貴な人物はよほどの場合でないと顔が見られないということは、そういう絵柄からもなんとなく伝わってきたことではあった。 本書では、もう少し詳しくその描き方の事情が説明される。 男性貴人の場合 天皇…顔は描かれない 貴族…引目鉤鼻(様式化・没個性化された貴人の顔) 庶民…写実的に描く 女性の場合 最上級の美女…顔を描かない 美女…引目鉤鼻 醜女…写実的に描く つまり、「引目鉤鼻」は、貴人の顔の記号的表現。 一般的な貴族を抽象化して描く場合引目鉤鼻になるが、究極の存在である天皇や絶世の美女は、抽象化の極致として描かないという方法を取るようになった、と筆者はみている。 引目鉤鼻で描かれる背景に、筆者は貴族社会の同調圧力があると指摘する。 「貴族はみだりに感情をさらけださない」ことと並び、個性的な風貌をさらけ出すと嘲笑の対象になるのではないかという恐れがあったのでは、ということだ。 こうした空気が「肖像忌避」の習慣を生んだのだとか。 こうした風潮を破ったのが後白河上皇だという。 さもありなん、という気がする。 そして、上皇から「似絵」の上手としてご指名を受けたのが藤原隆信という貴族。 この人のことを私は全く知らなかったが、なんと定家の異父兄(隆信母が俊成と再婚したことでそうなった―ということは血のつながりはない?)で、本職の絵師ではないとか。 そして、あまりの似顔絵上手ぶりに、子孫まで似絵を描くことになったというというのもすごい話だ。 「引目鉤鼻」とは違う絵画のことは知らなかったので、とても面白く感じた。 天皇の姿をさりげなく隠して描くテクニックとしては… ・御簾を通して描く(透影) ・雲や霞をかけて描く ・植物の陰になるように描く ・後ろ姿で描く 平安時代に成立したこのような描き方を、中世の絵師たちも王朝文化を受け継ぐものとプライドをもって引き継いだのでは、とのことだった。 専門家ならではなのは、「例外」にもきちんと目を向けていることではないかと思う。 まず、僧侶の場合は、皇族出身であっても、顔を描くことはできる。 また、天皇もさらに上位の存在(例えばその親、あるいは神仏)とともに描かれる場合は、下位の存在として顔が描かれることがある、というのだ。 神仏についても、春日権現験記絵巻や北野天神縁起絵巻などでは、祀られる前なら顔が描かれるとも。 ほ~、尊さとか上下関係は変化もするし、相対的に扱われる傾向があるんだ、と思った。 日本語の古語だと、敬語は絶対敬語的なありかたを原則とするものの、実際の用法は二重尊敬をそこまで高貴な相手でなくても使ってしまう相対性があるけれど、何かそういう機微と重なるのかな?と思ったりした。

Posted by ブクログ

2024/11/29

平安から鎌倉時代の絵巻物において高貴な人々の顔は、本人に似せることなく同じような記号的表現にとどまっているか、あるいは顔自体が隠されたり後ろを向いていたりと描かれない。その実例を様々挙げ、なにがどのように描かれなかったかを紹介する本。昔は高貴な人々の顔が隠す対象だったのに対し、現...

平安から鎌倉時代の絵巻物において高貴な人々の顔は、本人に似せることなく同じような記号的表現にとどまっているか、あるいは顔自体が隠されたり後ろを向いていたりと描かれない。その実例を様々挙げ、なにがどのように描かれなかったかを紹介する本。昔は高貴な人々の顔が隠す対象だったのに対し、現在は公人でなく私人のプライバシーの方がその対象であるのだが、その隠し方には通じるものがあるという視点がおもしろかった。「畏れ多い」という今となっては時代劇くらいでしか聞かなくなった言葉を思い出す。

Posted by ブクログ