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ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | KADOKAWA |
| 発売年月日 | 2022/11/02 |
| JAN | 9784044007157 |
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ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた
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商品レビュー
3.9
80件のお客様レビュー
理想論に走りがちなマルキシストが、資本主義からこぼれ落ちた人々の生活の現場へ 誰しも当事者性を持つから他人事ではない では医者は?当事者性とは遠いが、分からないことに留まるネガティブケイパビリティを持つことかも
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
学者である著者が、経験したことのない体験を素人ながら挑戦していく短編集、といった感じ。 テレワークのデメリットには納得。東京オリンピックの陰の被害者の話は衝撃だったが、あっさり終わってしまったので可哀想になったが、著者も私も一傍観者であり同罪では、でも何ができるのだ、と後味が悪い。 住民による太陽光発電の計画は、懸念が残った。パネルは特殊で簡単に廃棄できないと聞いたことがある。私の住む田舎町でも、耕作放棄地がどんどん太陽光になっている。二酸化炭素は出ないけど、どうなんだろう。 ジビエの現場、いのちに触れるということ。食事の都度に思い出したい。 途上国支援と称した企業の利益のための環境破壊。こういうやり方が蔓延る世の中で、未来は果たして明るいのか。風力発電、原子力発電、そんなにどんどん作らないといけないのか。 これから大人になる子どもたちに、申し訳ない。世の中は安心できないし、利益ばかり考える人間で溢れていて、環境破壊は進み、いずれ外に出られない日が来るかもしれない。出生率の低さは、今後の世の中への憂いも影響しているのでは。 知ることから、そしてその先、何ができるだろう。
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【感想】 社会問題を考える際に、このようなエッセイはすごく読みやすくてありがたい。 それに、論文だとなるべく筆者の意図や思いを排除しているので、当事者性も薄く感じるから、筆者が実際に体験して感じたというのは、共感する生き物である人間にとって重要だと思う。 斎藤先生は、マルクス主...
【感想】 社会問題を考える際に、このようなエッセイはすごく読みやすくてありがたい。 それに、論文だとなるべく筆者の意図や思いを排除しているので、当事者性も薄く感じるから、筆者が実際に体験して感じたというのは、共感する生き物である人間にとって重要だと思う。 斎藤先生は、マルクス主義を広めているイメージが強かったけど、こんな風に大小様々な社会問題に対してご自身が体験して身をもって感じたことを書かれているのは面白かった。 自分が実体験として体験しても、周辺知識がないと、言語化出来なかったかもしれないものを、体験してその上で描いているが良かった。 富の一極集中そのものに怒って、人権を主張していきたいね。 -------------------- 【メモ】 自著「未来への大分岐』(集英社新書)で2018年に対談した哲学者マイケル・ハートだった。彼は資本主義に抗する労働者たちの力を「アントレプレナ ーシップ(企業家精神)」と銘打ったのだ。 スペインのバルセロナでは、協同組合を基盤とした市民参加型の運動が、政治をも動かし、「ミュニシパリズム(地域自治主義)」と呼ばれる新しい革新自治体を生むまでになっている。 市民エネルギー生駒 →市民主導で環境モデル都市に制定された事例。自分たちで出資して太陽光パネルを設置した 反論しようと身構えているこちらも拍子抜けしてしまう。何を言っても、どこかの国の国会答弁で見たような「お答えできません」を繰り返されると、「対話が大事」という民主主義のきれい事など通用しない現実を突きつけられる。 ことになってしまうのか。 1995年の阪神淡路大震災の後、精神科医としてPTSDの問題に従事し、若くして亡くなった安克量は、みずからの震災経験を記した「心の傷を癒すということ」(作品社)のなかでこう問うている。「日本の社会は、人間の「力強さ」や「傷つかない心」を当然のこととしてきた。」「今後、日本の社会は、この人間の傷つきやすさをどう受け入れていくのだろうか。傷ついた人が心を癒すことのできる社会を選ぶのか、それとも傷ついた人を切り捨てていくきびしい社会を選ぶのか?」まさに当時は、バブル崩壊後の日本が、震災をきっかけに経済成長一辺倒だった社会から、それで傷ついた人々のケアを重視する社会に舵を切れるかどうかの、分岐点だったといえる。 変わるのが辛い?最初はそうかもしれない。不安もあるはずだ。私だって、例えば、フェミニズムの問題で自らの男性性を批判されれば、凹むし、胸が締めつけられるような感じがしてちょっと憂鬱な気持ちになる。でも、最初から完璧な人間などいないのだから間違うのは仕方がない。大切なのは誤りを認め、学ぶことだ。それを避けて、同質的な正しさの世界に閉じこもれば、内向きになり、排他的になる。その方がもっとダメだ。
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