- 新品
- 書籍
- 新書
- 1226-30-01
ヘーゲル哲学に学ぶ考え抜く力 光文社新書1176
990円
獲得ポイント9P
在庫なし
発送時期 1~5日以内に発送
商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 光文社 |
| 発売年月日 | 2022/01/19 |
| JAN | 9784334045852 |
- 書籍
- 新書
ヘーゲル哲学に学ぶ考え抜く力
商品が入荷した店舗:店
店頭で購入可能な商品の入荷情報となります
ご来店の際には売り切れの場合もございます
オンラインストア上の価格と店頭価格は異なります
お電話やお問い合わせフォームでの在庫確認、お客様宅への発送やお取り置き・お取り寄せは行っておりません
ヘーゲル哲学に学ぶ考え抜く力
¥990
在庫なし
商品レビュー
3.5
6件のお客様レビュー
「自分の生き方、仕事の仕方を見つめ直してみたいと思っているビジネスパーソン」を対象に書かれたヘーゲル哲学の入門書です。 ヘーゲルといえばドイツ観念論の大成者であり、およそ現代のビジネス・パーソンの興味とはかけ離れた思弁的な議論を展開している哲学者というイメージがありますが、本書...
「自分の生き方、仕事の仕方を見つめ直してみたいと思っているビジネスパーソン」を対象に書かれたヘーゲル哲学の入門書です。 ヘーゲルといえばドイツ観念論の大成者であり、およそ現代のビジネス・パーソンの興味とはかけ離れた思弁的な議論を展開している哲学者というイメージがありますが、本書ではヘーゲル哲学を学ぶことが役立つというメッセージを強く押し出しています。そのさいに著者が注目しているのが、ヘーゲル哲学の「どっちつかず」な性格であり、そのような彼の思想を学ぶことで「結論が出ない苦しみに辛抱強く耐える」能力をはぐくみ、「考え抜く」態度を身につけることができると語られます。 本書で「どっちつかず」と呼ばれているヘーゲル哲学の特徴は、カント哲学との対比を通して、反アプリオリズムというべき立場だということが解説されています。畳の上の水練ではなく、現実との対決を通じて人間の自由についての理解を深めていくという点に、ヘーゲルの思想の本質が示されていると見ることが可能です。本書は、そうしたヘーゲル哲学の本質を、「ビジネス・パーソンに役立つ」という意表を突く観点からとらえなおした入門書ということができるように思います。 一方で、ほんとうに「ビジネス・パーソンに役立つ」かという点では疑問を感じるものの、本書を手にとる読者の多くは、あくまでヘーゲル哲学の入門書を求めているでしょうから、あまり気にする必要はないのかもしれません。
Posted by 
畢竟この本が言いたいことは、物事を結びつける力をつけること、結論が出ない問題をそのまま考え抜くことなんだと思う この本だとヘーゲル哲学をビジネスに繋げて説明してたから、哲学をどのように実世界に繋げればいいかわかった
Posted by 
今、ヘーゲル「精神現象学」にトライ中。もちろん素人がいきなり読むのはムリだと言うことは分かってるつもりで、何冊かの入門書を事前に読んでおいたのだが、半分で敢えなく挫折(それでも数ヶ月かかった)。一年のブランクを経て再度チャレンジ、ようやくラスト近くの「宗教」章まできたが、解説書...
今、ヘーゲル「精神現象学」にトライ中。もちろん素人がいきなり読むのはムリだと言うことは分かってるつもりで、何冊かの入門書を事前に読んでおいたのだが、半分で敢えなく挫折(それでも数ヶ月かかった)。一年のブランクを経て再度チャレンジ、ようやくラスト近くの「宗教」章まできたが、解説書では理解できても原書はナニを言っているのかさっぱり、というところが大半で読むのが苦痛。一旦柔らかめのヘーゲル本で頭をリセットし、自分の現在地を確認すべく本書を購入した次第。 著者は若手のヘーゲル研究者。内容は現代的テーマが多く取り入れられ肩肘張ったところがなく、ビジネスをはじめとする実践の場での活用と、ヘーゲル哲学のザッピングという「二兎」を追う著者の狙いは一応成功していると感じた。 例えば第1章の、生き方の指針を「社会と個人、普遍と個別」のどちらに求めるべきかという問題は、「精神現象学」の「精神」章で何度も立ち現れてくる重要なテーマであり、カントとの対立軸の置き方も明快で非常にわかりやすい。また、弁証法がどっちつかずの「スッキリしない」方法論であることを逆手にとり、常に思考し続けることを要求するものだと論ずる点も、「現象学」で四苦八苦している僕にとって「すぐに分からなくてもいいんだ」と思える点で福音となるものだった。 ただ、違和感を感じる部分もなくはない。例えば第5章「認識」で、確かにヘーゲルはカント的「感性/悟性」の二元論に飽き足らないものを感じており、カントが分裂させた「対象」と「認識」とを再統合する試み(それが「現象学」執筆の一契機となったようだ)を行ったのだろう。そしてそこから「生のデータというものは存在せず、全ての情報は何らかの処理が加わったものだ」と言う警句を導くことも可能なのかもしれない。しかしそうすると、普通はデリダとかドゥルーズとかの「差異」を扱った思想家の方が先に連想されるのではないだろうか。「ほんとにヘーゲルってそんな現代的な視点持ってたの?」と訝しく感じる読者も多いと思う。もちろん、この警句が現代の情報リテラシーをめぐる議論において極めて重要であることは論を俟たないのだが… ともあれ、著者が提示する「どっちつかずで前後撤回を繰り返しながら前に進む」と言うヘーゲル像は、僕の浅薄な「現象学」の読みで得たイメージと間違いなく合致する。もう少し頑張ってヘーゲルを続けてみよう、という気持ちになることができた。
Posted by 
