商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 河出書房新社 |
| 発売年月日 | 2021/11/05 |
| JAN | 9784309467436 |
- 書籍
- 文庫
テヘランでロリータを読む
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テヘランでロリータを読む
¥1,672
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商品レビュー
4.6
18件のお客様レビュー
この本をイスラム教国、マレーシアで読み切ったことを誇りに思う。 奢りではない。 数年前に買って何回か日本で読んでるがその都度途中でやめてる本である。それを、イスラム教が身近になった今ようやく読み切ることができて単純に自分を褒めてあげたい。ただそれだけの話である。貧弱で陳腐なメンタ...
この本をイスラム教国、マレーシアで読み切ったことを誇りに思う。 奢りではない。 数年前に買って何回か日本で読んでるがその都度途中でやめてる本である。それを、イスラム教が身近になった今ようやく読み切ることができて単純に自分を褒めてあげたい。ただそれだけの話である。貧弱で陳腐なメンタルの持ち主なのである私は。 話をこの本の感想に移そう。 表現の自由がマジで規制されてるイラン。 女子の教育の推進をかかげるも、スカーフの着用を強制させたり、西洋文学に染まってると頽廃的だと取り上げられたりもうなんだかよくわからない国だった。 彼女たちと筆者の過ごした日々を遠くから眺めてる感じだった。 特にギャッツビーの模擬裁判(本を裁判にかける)では、表現の自由が奪われることで他者を想像する力までも奪われてしまうことがよくわかった。 私たちは小説を楽しんでいる。それは登場人物に感情移入して、身を重ねてみたり、憧れてみたり、何かしら私たちに感情の体験をもたらしてくれるものである。ただ、それは私たちに想像する、想像できる自由があるからできるのであることを痛感した。 これはフェミとかの本じゃないと思う。 裁判でこの本を真っ向からイスラムの精神()に則って批判してる男性、この人も被害者だと思った。それも、真綿で首を締めるように、自分では奪われてることに気づいてないからタチが悪い。 さて、平成のイラン革命は昔だが、またイランは同じような渦中にいると考えてる。あくまで想像だが。心が痛む。特に、このマレーシアではムスリム女性は各々好きなヒジャブをつけ、いや、下手したらつけてない。だからこそ、なぜ、と思ってしまう。
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簡単に言葉が出ない。 旅のお伴に選んだ本。ふとした時間に少しずつ読む。空港のロビーで、機内で、ホテルで。 本を開けば、女性が刻一刻と支配されていくイラン・テヘラン。法律が、女性の権利が男性の半分に制定される。簡単に処刑される。 大学で教鞭をとる著者が扱う英文学を通じてぶつか...
簡単に言葉が出ない。 旅のお伴に選んだ本。ふとした時間に少しずつ読む。空港のロビーで、機内で、ホテルで。 本を開けば、女性が刻一刻と支配されていくイラン・テヘラン。法律が、女性の権利が男性の半分に制定される。簡単に処刑される。 大学で教鞭をとる著者が扱う英文学を通じてぶつかり合う学生の価値観、その学生らひとりひとりを取り巻く状況、家族、政治。決して踏み込めない刑務所や家庭で受けただろう扱い。著者の譲れない一線さえも奪われていく。 ロリータ、グレート・ギャッツビー、、世界中で読まれている名著と折り重なって綴られる回顧録。世界中で読まれるとはどういうことか。重たい石とかすかな希望。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
ずっと気になっていた「テヘランでロリータを読む」も、読了。結構な分量があることに加え、内容が内容なので、少し読んでは止めて、少し読んでは…を繰り返しながらじゃないと読めなかったなあ。 1995年からの数年間の間に行われた読書会の話を中心に、著者が大学の教鞭を取っていた時代など前後の時代を振り返る回想記の体。ロリータも、女性弾圧が激化するテヘランで読めば、また違った顔を呈するということに、この作品の力を再確認しながら、また、文学を読むということがどういうことなのか、ということを絶えず考えさせてくれる一冊だった。 『ロリータ』の物語の悲惨な真実は、いやらしい中年男による十二歳の少女の陵辱にあるのではなく、ある個人の人生を他者が収奪したことにある。ハンバートに巻き込まれなかったら、ロリータがどうなっていたか、それはわからない。しかし完成した作品は希望に満ち、しかも実に美しい。美のみならず人生を、平凡な日常生活を擁護し、ヤーシー同様ロリータが奪われた、ごくふつうの喜びのすべてを擁護している(p.59) 読者は直接にではなくハンバートを通して、彼女自身の過去ではなく語り手/性的虐待者の過去あるいは想像上の過去を通して、ロリータを知る。…ハンバートによるロリータの「唯我化」、すなわち他者を事故の意識の産物としか見ない態度である(p.65) …つまり彼女は二重の被害者なのだ。人生を奪われただけでなく、自分の人生について語る権利をも奪われている。(p.73)
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