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源氏物語(下) 池澤夏樹=個人編集 日本文学全集06
3,850円
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 河出書房新社 |
| 発売年月日 | 2020/02/26 |
| JAN | 9784309728766 |
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源氏物語(下)
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源氏物語(下)
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商品レビュー
3.7
18件のお客様レビュー
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※このレビューにはネタバレを含みます
源氏物語の最終巻、えっ、ここで終わり?というような感じで終わってしまった。浮舟はここからどうするのだろう…ともやもやが薄くたなびいていくような読後感。 夕霧にもさんざんイライラさせられたが、同じように堅物を気取る薫は輪をかけて気持ち悪くて本当に嫌になった。嫌がる女に恩着せがましくまとわりついて言い寄り続け、結局自分の計らいが原因で死なせてしまった上にいつまでもうじうじうじうじ未練がましい。自分で親友との仲を取り持った既婚の妹さんにまで言い寄り、別の妹さんにも面影を勝手に重ねて通うくせに世間体を気にして京に連れてくることもしてあげず田舎に放置。で、死んじゃったらまたうじうじうじうじ…宇治にかけてるのか?と思うような具合である。 浮気者で軽薄な匂宮(こいつも女に厭味ったらしくて嫌なところがある)の方がよほどましだ。プライドが高くてつれない大君も、男たちに流され通しで勝手に思い詰めていく浮舟もあんまり好きじゃない。 横恋慕の応酬、すれ違いの連続というストーリー運びも好きになれず、読んでいてひたすらイライラしていた。光君のチート無双の上巻の方が素直に楽しめたと思う。とにかく読み切った、という達成感はあるが、風流を解さない私にはちょっと難しい物語だったかもしれない。
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あっけない終わりだなと感じます。 はっきり言って尻切れトンボというか…。 本当に紫式部がこれで終わりにするつもりだったのかな?と個人的には疑問に思わずにはいられませんでした。 この後、匂宮も噂を聞いて…となり、浮舟が『竹取物語』のかぐや姫のように誰の手も届かない遠くへ行くエピソードがあったりして、などと妄想を膨らませます。 どちらにせよ、私たちが見られる源氏物語はここまでで、当時の女性が生きづらい世の中であったことがよくわかりました。 1000年前の話ですが現代の女性にもあてはまるところがあるなと思います。 ひとりの男から愛されたいのにほかの女がいたり、浮気されること、たとえ愛されてもほかの女がいればひどい嫉妬にあうこと、結婚しないと周りにとやかく言われること。 子は鎹と言いながら親という強力な後ろ盾がなければ幼少期を安心して過ごせないし、お金がなかったり・親がいなくて不自由な暮らしをすることになり、周りからひどい噂をされる。 1000年後の令和でも『源氏物語』に出てくる女性たちと似た苦しみは尽きないので、小説界隈に「溺愛系」という1ジャンルができ、人気があるのも納得です。 同時に古典としての『源氏物語』が読まれなくなるのは識字率や読解力の低下、忙しい現代人が多くて長編作品が読まれないだけでなく、1000年前の女性も苦労が絶えなかった・1000年前と人の心はさして変わっていないという事実に絶望し、「夢を見られない」という仕方のない理由が原因かなと思いました。
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角田光代訳『源氏物語』を読み終わりました。下巻は、光源氏の息子として育てられながらも、女三おんなさんの宮みやと柏木かしわぎの子でもある、薫かおる。今上きんじょう帝と明石あかしの中宮ちゅうぐうの子である、匂宮におうみや。このふたりを軸として進んでいきます。全体を通して不器用な登場人...
角田光代訳『源氏物語』を読み終わりました。下巻は、光源氏の息子として育てられながらも、女三おんなさんの宮みやと柏木かしわぎの子でもある、薫かおる。今上きんじょう帝と明石あかしの中宮ちゅうぐうの子である、匂宮におうみや。このふたりを軸として進んでいきます。全体を通して不器用な登場人物が多く、上巻、中巻に比べると「心の通じなさ」「ちぐはぐな感情」「愚かさ」という面が強調されているように思いました。同時に、薫と匂宮ふたりの力関係が対等であるが故に生まれるドラマは、前巻までにはない展開を生み出しており、その”上手くいかない部分”にこそ下巻の面白さや独自性はあったように思います。 薫が想いを寄せた大君おおいぎみは、彼のアプローチの仕方が変(というか下手くそ)なため、気を病んでばかりだし、中なかの君きみと想いを遂げられた匂宮は、釣った魚に餌はやらないとばかりにすぐ他の女性に目移りしてしまうし。主役として添えられているふたりは容姿端麗で生まれも役職も立派な割に、どうにもこうにも"下手くそ"な点が多く、「なんじゃこいつら」と思う場面が多くありました。 おそらくそれは、光源氏という存在が読者の中にいるというのもあって、どうしても彼と比べずにはいられない、というのもあるでしょう。下巻の中心となる「宇治十帖」を読んでいると、「光君ならもっと上手いことやっただろうなー」なんて思うことがよくあり、あんなにすちゃらかでダメな部分もあった男なのに、それがどうにも懐かしく思えてしまうのでした。 最後に登場する姫君、浮舟うきふねは、薫に「人形ひとがた」と呼ばれ、流されるように薫と匂宮のあいだをゆらゆらたゆたう存在です。そのため、これまで登場してきた姫君に比べ、確固たる個性というものが希薄であり、その分負わされる苦悩も非常に大きいものでした。そんな彼女を物語の最後に置いたのは何故なのか。浮舟は、最後に言い寄ってくる男たちすべてと縁を切り、ひとりで生きていくことを選択します。物語の幕切れは唐突で、まだ続きがあってもおかしくないような、浮舟や薫があの後どういった選択をして生きるのか考えずにはいられない、そんな終わり方をします。山崎ナオコーラ『ミライの源氏物語』では、浮舟と桐壺を同じ「受け身のヒロイン」として見ることで、最後に浮舟が「拒絶」をすることに意味があると書かれていた。角田光代のあとがきには、男に頼らず生きていく個、自分自身を手に入れた女性である浮舟は、これまで登場した女性たちのひとつの到達点かもしれない、と書かれている。作者である紫式部はどんなことを考えてこの帖をラストに持ってきたのだろう。上記した捉え方はとても正しいように感じるけれど、それはいまの時代の文学観、倫理観に合わせて考えたものであって、必ずしも正解とは限らない。いま私がぼんやりと思うのは、過去の、光君がまだいた頃の帖をまた読みたいなということで、あの光輝いていた時代の物語をもう一度味わいたいなということだ。各帖に登場するそれぞれの登場人物に再会することで、今度は親しみを覚えながらまた新たな魅力を見つけられそうな気がする。『源氏物語』が長く愛される要因のひとつは、きっとそういうところにあるんじゃないだろうか。 『源氏物語』の作品の魅力を一言で言い表すのは難しい。感動的な物語、というよりも、人間の業を見つめた部分のあるお話で、かと言って、むやみやたらに小難しいわけでもない。そもそも帖によって大きく色合いが変わるし、時代も主人公も、登場人物の心も移り変わっていくことから、一概に「ここがすばらしい」ということを説明するのは難しく、読む人によってどこに面白さを見出すかは変わるだろう。それはつまり、物語の豊かさ、文学の懐の深さ、人の心の複雑さが凝縮されていることも意味していて、変わりゆくものと変わらないものの、美しさを、そして儚さを知った気がします。 角田光代さんの訳文は平易で読みやすく、現代の小説と同じ「軽さ」がありながらも、作品の本質的な良さは失われていません。はじめて手に取った『源氏物語』が角田光代さんの訳でよかったなあと思います。 ここまで読んでいただきありがとうございました。『源氏物語』を愛読する方にとっては見当はずれな感想や、読みの浅さを感じる部分もあったかとは思いますが、そんな拙い感想をあたたかく迎え入れてくれたおかげで最後まで感想を書くことができました。 いずれ他の訳文も読んでみたいなーとは思いますが、いまは1000年間愛読される本の読者の一員になれた喜びにひたりたいと思います。
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