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急に具合が悪くなる
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 晶文社 |
| 発売年月日 | 2019/09/25 |
| JAN | 9784794971562 |
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急に具合が悪くなる
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商品レビュー
4.4
143件のお客様レビュー
今年の読書でもしかしたらナンバーワンの作品かもしれない。あと半年あるから明確なことは言えないけれど。映画も見たいし、もう一回読みたい作品。人生の偶然、必然性など頭の隅に思いながら生きている人生なので、どストレートに響いた本。広くさまざまな人に読んでほしい。
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映画を観る前に、と思って読んだが、とんでもない熱量の本でした。最初は1速。ゆっくりとしたペースで、他者のエピソードも交えながら始まった偶然性を巡る対話は、書簡を往復するごとに加速し続け、最終盤ではさながらラップバトルのように、互いに自らを差し出し合って言葉という言葉を乱打する。 ...
映画を観る前に、と思って読んだが、とんでもない熱量の本でした。最初は1速。ゆっくりとしたペースで、他者のエピソードも交えながら始まった偶然性を巡る対話は、書簡を往復するごとに加速し続け、最終盤ではさながらラップバトルのように、互いに自らを差し出し合って言葉という言葉を乱打する。 哲学と文化人類学、偶然と必然、ラインと連結器。議論が抽象的な概念の間を高速で移動しているかと思ったら、次のページでは具体的な病状にグッと着地して、の繰り返し。読み終わった後、しばらく動けなくなりました。泣くかと思ったら泣かなかったし。2人の生き様をライブで追体験するような、不思議な読書体験でした。
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来週の映画公開に向けて、おそらく5度目?の再読 言葉ひとつひとつに血と汗と涙と体重を感じて、どんどんソリッドになっていくやり取りに目を見開く 10便「ほんとうに、急に具合が悪くなる」以降の張りつめた緊張感、大切なものが目の前で結実しながら同時に手からこぼれ落ちていく混乱と奇跡にど...
来週の映画公開に向けて、おそらく5度目?の再読 言葉ひとつひとつに血と汗と涙と体重を感じて、どんどんソリッドになっていくやり取りに目を見開く 10便「ほんとうに、急に具合が悪くなる」以降の張りつめた緊張感、大切なものが目の前で結実しながら同時に手からこぼれ落ちていく混乱と奇跡にどうしても泣いてしまう 特に印象に残る箇所を引用するのは文脈から言葉を切り取ることで根の張った植物が花束に変わってしまいそうで躊躇するけど、出会い直しのきっかけを蒔くため残しておく たったの9ヶ月で魂を分け合う、そんな運命的な「偶然」に立ち会う その時間を目で追いながら追体験する 過ごした時間やその重みは負えなくても、その言葉 書簡を最初に開いて目で追っていく時間はきっとわたしのそれと変わらないはずだから 10便までの書簡を読み、終わりにを読み、付記を読み、はじめにへ帰り、また涙する p.10 ところが、この原稿を書いている最中に「ほんとうに急に具合が悪くなる」ことが起こってしまった。そこからこの書簡は色合いを変えていきます。 いつからこんなふうに「ほんとうに具合が悪くなって」、磯野さんが私との「出会いと別れの急降下」を味わいながら、書簡を紡ぐことになってしまったのか。いつからこんなふうになるように導かれていたのか。それは単なる個然の集積なのか必然なのか。そのことも含め、この書簡のテーマです。 つねに不確定に時間が流れているなかで、誰かと出会ってしまうことの意味、そのおそろしさ、もちろん、そこから逃げることも出来る。なぜ、逃げないのか、そのなかで何を得てしまうのか、私と野さんは、折り合わされた細い糸をたぐるようにその出逢いの編へとゆっくりと(ときに急ぎ足で)降りながら考えました。 最後に皆さんに見える風景が、その先の始まりに充ちた世界の広がりになっていることを祈っています。 p.188 関係性を作り上げるとは、握手をして立ち止まることでも、受け止めることでもなく、運動の中でラインを描き続けながら、共に世界を通り抜け、その動きの中で、互いにとって心地よい言葉や身振りを見つけ出し、それを踏み跡として、次の一歩を踏み出してゆく。そういう知覚の伴った運動なのではないでしょうか。 p.211 なぜ私の人生に、出会いのわくわくと喪失の恐怖が急降下しながら同時にやってくるんですか? p.230 九鬼は『個然性の問題」の結論で、偶然を生きるとは「出会う」ことであり、その出会いは、「到るところに間主体性を開示することによって根源的社会性を構成する」と語っています。 この「出会い」とは、いったい何なのでしょう。何と出会うのでしょう。当たり前ですが、出会うためには、私とあなたという異なる二人がいなければなりません。でも、そこで出会う私もあなたも、この偶然の出会いによって変わってしまった二人のはずです。いま説明したように、偶然を引き受けるときに私たちは自分という存在を発見するのだから。そこで自分が産まれてくるのだから。だとすると、私は、出会った他者を通じて、自己を生み出すのです。自分というと、出来上がった存在を思い浮かべますが、そうやって、選びとり、見出される、産まれてくる自分は一人で可能になったものじゃない。出会う自己と他者は、完成した自分をもっていない。 p.231 でも、この反転を起こしたのは、磯野さんがこの出会いを引き受けて「共に踏み跡を刻んで生きることを覚悟する勇気」を発揮してくれたからです。同時に、私が自分を手放さずに、出会ってくれたあなたに向き合おうとしたからです。そこで私たちは、おそらく互いに出会うと同時に自分に出会い直した。磯野さんが「そもそもこういう関係性を結ぶ場所が私の中にあることを最近まで知らなかった」というように、私は、死に接して業深く言葉を求める自分を知らなかったように。 p.235 それはなんて素敵なことなのでしょう。運命を生きるとは、こんな世界へとダイブすることであり、そのとき私たちはこの世界がさまざまな個然という出会いから、自分を見出し、新しい「始まり」が生まれてくることを知ることができます。 なんて世界は素晴らしいのだろうと、私はその「始まり」を前にして愛おしさを感じます。偶然と運命を通じて、他者と生きる始まりに充ちた世界を愛する。これが、いま私がたどりついた結論です。
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