商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | ダイヤモンド社 |
| 発売年月日 | 2018/08/23 |
| JAN | 9784478069646 |
- 書籍
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年収1億円になる人の習慣
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年収1億円になる人の習慣
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商品レビュー
3.8
96件のお客様レビュー
タイトルに惹かれて購入。 自慢話?が多く内容もかなり薄いと感じた。 もう読み返す事も無いし 誰にもオススメできない。 武勇伝。
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2026.01.10記 『私はこうして年収一億になった』というタイトルの方が内容に適していると思われた。 タイトル通り「どういう習慣を持てば、年収一億円になるのだろうか?」という期待を込めて購入した。 当たり前といえば、当たり前のことではないかと思うが、 「人間は自分が成功した...
2026.01.10記 『私はこうして年収一億になった』というタイトルの方が内容に適していると思われた。 タイトル通り「どういう習慣を持てば、年収一億円になるのだろうか?」という期待を込めて購入した。 当たり前といえば、当たり前のことではないかと思うが、 「人間は自分が成功した道筋を法則として 思いたい」 という性質があるように感じた。 もちろん書いてある内容は素晴らしい。 著者自身が、この通り行ってきたことで、年収一億円になったのだ!ということは特にわかった。 ただ、しかしである。 それが「法則」というほどのものであるか?ということになると、客観的な材料が足らなすぎる。 例えば、このように書いておられるのだから、同じように年収一億円以上のお友達はおられるのではないかと思う。 その方が全て「仕事の始業時間の二時間前には出社する」ということを実行されていることを、例に挙げていただきたかった。 「年収一億円になる人の習慣」という以上は、そういうケーススタディが十人以上は欲しいと感じてしまう。 「演繹法」にするにしては、その法則から導き出される結論が弱いし、 「帰納法」として結論を出すにしては、あまりに事例が足りないということだ。 たとえば、同じ考え方で、 『一億円で売れる絵を描く人の習慣』 というタイトルの本があったとしよう。 美術大学に行く令和の学生がそれを購入した。 しかし、内容をよく読むと「私の絵が一億円で売れるようになった。私はこのようなことをしてきた。」という、昭和の時代にこのようにして苦労して絵を学んできた。 ということが、書かれていたような姿に似ている。 あくまでもその学生は、自分の書いてある絵が、高く売れるようになるために、今からできる習慣を学んでみたいと思って購入したわけである。 ゴッホのように耳を切れば、絵が高く売れるわけではないし、生涯独身で過ごせば、絵が高く売れるわけでもない。 もちろん、そのタイトルがゴッホの生涯であれば、誰も文句は言わない。 『120億円で絵が売れるようになる男の習慣』とあれば、やはりそれは何だか違う気がしてしまう。 このような考えと同じで、書籍の中に時々、登場するのは、社長とご本人である。 ご本人と社長だけで法則化するのは、極めて早計ではないのかなぁ~という感じがしてしまう。 もしかすると、ご本人は自叙伝的に書くつもりであったのに、出版社が売りたくて、このようなタイトルにされたのかもしれない。 この方が売れると思って、そういうタイトルにしたのであれば、まんまと私も引っかかったわけである。(笑) それゆえに、本当にそれが必要な習慣なのか? 著者のその限られた業種の、その時代において必要なものだったのではないか? 更には、著者自身がこのように行うことで成功してきたという自叙伝ではないか? このように感じてしまうところが、多々あったわけである。 私は「習慣」という言葉を「一定の法則」と考えた。 曲解しているのかもしれないが、タイトル通りに考えるとそういうことになる。 個人的には、せっかくの成功の実感をされている方なのだから、本当のその習慣を、演繹法または、帰納法かによって、明らかにしてほしかった。
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YouTubeではとても刺さる内容なのに、文章になると一気に陳腐に感じられてしまう。 おそらくゴーストライターのクセなのかもしれないが、「(笑)」の多用は控えてほしい。 読者としては笑いを“強要”されているようで不快に感じることがある。 本来、読者の喜怒哀楽を揺さぶるのは、文章...
YouTubeではとても刺さる内容なのに、文章になると一気に陳腐に感じられてしまう。 おそらくゴーストライターのクセなのかもしれないが、「(笑)」の多用は控えてほしい。 読者としては笑いを“強要”されているようで不快に感じることがある。 本来、読者の喜怒哀楽を揺さぶるのは、文章そのものの内容や表現で行ってほしい。 YouTubeでは話すのが非常に上手なのに、文字化された途端に魅力が薄れてしまっているのが残念だ。
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