- 新品
- 書籍
- 文庫
- 1224-36-02
エクソフォニー 母語の外へ出る旅 岩波現代文庫 文芸211
1,166円
獲得ポイント10P
在庫なし
発送時期 1~5日以内に発送
商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 岩波書店 |
| 発売年月日 | 2012/10/18 |
| JAN | 9784006022112 |
- 書籍
- 文庫
エクソフォニー
商品が入荷した店舗:店
店頭で購入可能な商品の入荷情報となります
ご来店の際には売り切れの場合もございます
オンラインストア上の価格と店頭価格は異なります
お電話やお問い合わせフォームでの在庫確認、お客様宅への発送やお取り置き・お取り寄せは行っておりません
値下げ前価格について
本価格は現中古販売価格の「値下げ前価格」となります。
直近約1か月間、値下げ前価格での販売実績があるものだけ表示しております。
エクソフォニー
¥1,166
在庫なし
商品レビュー
4.4
37件のお客様レビュー
異なる言語や文化を通じて自己を見つめ直すことがテーマとなっている本書は、母語の外に出ることで得られる自由な発想や新たな視点を魅力的に描いています。特に、言語の多様性や文化の交差点に立つ韓国や日本の言語観察は、興味深い考察を提供しています。著者は、バイリンガルの現実や言語の衝突を楽しむ姿勢を示し、言葉が持つ詩的な力に触れています。読者は、自らの多言語性を肯定し、境界を越えるのではなく、境界の住人としての自分を再発見する楽しさを味わえるでしょう。多様な文化を背負った言語の重要性を再認識させる一冊です。
※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
外国語をやっている人間は読んでおくべき本、というような紹介をどこかでされていて、それならばと手に取った本。 作者はドイツ語で(日本語でも)小説やエッセイを書いている多和田葉子さんで、タイトルのエクソフォニーとは母語の外に出た一般的状態、というものらしい。日本語とドイツ語、時には他の言語話者の話を聞きながら、間を行ったりきたりする中で、見えてくる感受性や、言葉と文化にまつわる様々な気づきについて書いたエッセイ。 第一言語は考えずとも自然に話したり書いたりできる自在さがある一方、生まれてからずっと吸収してきたその土地や文化の暗さや重さもまた心にのしかかって口がうまく動かないことがある。高校生の頃、拙い英語でカナダ人の先生と自分のアイデンティティについて話したときの開放感が私のエクソフォニーな原体験で、そこからの英語との付き合いは今も続いている。女性として日本語を話す時、家父長制の強い家庭で育った習い性で、婉曲な表現をしたり、ものの言い方の強弱を微細にコントロールしてしまう。その点でも、つまりながら話すとしても英語の方が気楽だと感じることが往々にしてある。そんな感覚が本書の中でも表現されていた。以下抜粋。 p193 外国語を学ぶということは、新しい自分を作ること、未知の自分を発見することでもある。わたしたちは日本語を通して世の中の仕組みを学び、人との付き合い方を学び、大人になってきたわけだから、こういうことは考えてはいけないとか口にしてはいけないというタブーが頭の中に日本語と一緒にプログラミングされている。つまり、日本語でものを書いている限り、タブーに触れないようにする機能が自動的に働いてしまう。それが他の言語を使っていると、タブー排斥機能が働かなくなって、普段は考えてもみなかったはずのことを大胆に表現してしまったり、忘れていた幼年時代の記憶が急に蘇ってきてりもする。 このような作用があるのだから、AIでなんでも通訳、翻訳できるから外国語を学ぶ必要はない、なんていうのはあまりに勿体無い話だなと思う。 他にも中国から入ってきた美、という言葉と枕草子にあらわれる「心ときめきするもの」「あてなるもの」「めでたきもの」「うつくしきもの」「心にくきもの」などの知的、感覚的繊細さとの対比の話など、面白い話がたくさん入っていた。 特にp50の 頭の中にある二つの言語が邪魔しあって、何もしないでいると、日本語が歪み、ドイツ語がほつれてくる危機感を絶えず感じながら生きている。放っておくとわたしの日本語は平均的な日本人の日本語以下、そして私のドイツ語は平均的なドイツ人のドイツ語以下ということになってしまう。その代わり、毎日両方の言語を意識的かつ情熱的に耕していると、相互刺激のおかげで、どちらの言語も単言語時代とは比較にならない精密さと表現力を獲得していくことがわかった。 というところは、体感としてその通りと感じるとともに、毎日「意識的かつ情熱的に耕し」続けなければ、と少し襟を正す気持ちになった。
Posted by 
タイトルの「エクソフォニー(Exophony)」とは、「母語の外に出ること」を意味する言葉 母語の中だけで生きていると、自分や社会を固定観念で見てしまいがちだ。でも、外国語の世界に飛び込むことで、今までとは違う思考回路が働き、自由な発想を手に入れることができる。 特に面白かったの...
タイトルの「エクソフォニー(Exophony)」とは、「母語の外に出ること」を意味する言葉 母語の中だけで生きていると、自分や社会を固定観念で見てしまいがちだ。でも、外国語の世界に飛び込むことで、今までとは違う思考回路が働き、自由な発想を手に入れることができる。 特に面白かったのは「北京」と「ソウル」 * 「恋愛」が「色事」より高級に見えたのは、現代人が近松の描いた人間たちより高級だからではなく、西洋からの輸入品だからありがたがったのだろう。(多和田) * 中国と言う文化的巨人と日本と言う侵略国家の間に挟まれて、韓国は徹底的に自分の言語の純粋性を求めるようになったのではないか、という印象を受けた。(多和田) 多和田さんは、自分から他国の言葉の海に飛び込んで、母語を見つめ直し、かつその土地に同化しているから、独特の言語感覚をお持ちなのだろう。 外来語のカタカナ言葉が多い日本語がつまらないという外国人学生。テレビを「電視机」と表す中国語に比べ、tele(遠距離)vision(幻)とは無関係の場所で切って「テレビ」と言ってしまう日本人。嘆きたくなるけど、そこも日本人のよさかな。同化、デフォルメ、遊びの天才と思うことにしよう。 目的意識をもって「エクソフォニー」しよう!
Posted by 
話す、書く、聞くに限らず全ての「ことば」についてもう一度意識的にさせてくれるエッセイ。多和田さんの小説のほうを先に読んでいたが、これ程までに言葉についての深い洞察や鋭い感覚を持っていたのかと驚きながら読んだ。付箋だらけになった。
Posted by 
