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日本思想史新論 プラグマティズムからナショナリズムへ ちくま新書
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 筑摩書房 |
| 発売年月日 | 2012/02/08 |
| JAN | 9784480066541 |
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日本思想史新論
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日本思想史新論
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水戸学の尊王攘夷論を悪役とする開国を良しとするストーリーを破壊する企て。 ***** このように見ると,討幕そして維新とは,鎖国から開国への変化ではなく,避戦から攘夷への転回であったことが分かる。そもそも,鎖国から開国への転換を行ったのは幕府である。そして,討幕・維新の担い...
水戸学の尊王攘夷論を悪役とする開国を良しとするストーリーを破壊する企て。 ***** このように見ると,討幕そして維新とは,鎖国から開国への変化ではなく,避戦から攘夷への転回であったことが分かる。そもそも,鎖国から開国への転換を行ったのは幕府である。そして,討幕・維新の担い手となった人々が打倒しようとした幕府の政策とは,鎖国ではなく避戦であった。明治維新が目指したのは開国というよりは,むしろ攘夷であったのである。 以上のような井野邊=三谷の研究に依拠するならば,戦後日本を支配してきた開国物語の一角が,早くも崩れ落ちることになるだろう。なぜなら,徳川幕府の基本政策が「避戦・開国」で,明治維新が「攘夷・開国」の具現化であるならば,敗戦後の日本が進んだ方向は,徳川幕府の「避戦・開国」に近いものであろうからだ。言うまでもなく,戦後日本の外交方針は,日本国憲法に象徴されるように,避戦であって攘夷ではない。しかも,戦後日本は,徳川幕府と同様に,その避戦政策の現状維持に固執し,日本国憲法についても改正しないままである。要するに,幕末・維新期の「第一の開国」は,その精神において,敗戦後の「第二の開国」とはまったく反対のものなのである。 さて,攘夷論が「鎖国・攘夷」から「開国・攘夷」へと転回し,そして明治維新が「開国・攘夷」を目指した政治運動であるならば,攘夷論は,もはや「閉じた社会」に典型的な排外思想や狂信的な国粋主義として打ち棄てることはできなくなるであろう。それどころか,攘夷こそが,幕末・維新期の精神の中核にあったのである。我々が幕末・維新期の開国の歴史から学ばなければならない時代に生きているのだというのなら,なおさら,攘夷論から目をそむけてはならないはずである。(pp.32-33) さらに正志斎は,「其の変に通じて,民をして倦まざらしむ。要は機会に投ずるにあるのみ」[新論上ー五三]と臨機応変の必要を説いている。実際,正志斎自身が,『新論』の執筆後,急展開する情勢の変化に合わせて,自らの政治的態度や政策論を柔軟に変更している。特に,ペリー来航後には,『時務策』を著して開国を容認し,積極的な開国によって富国強兵を図り,国家の独立を守るべしという攘夷・開国論に転じている。正志斎は,非現実的な鎖国を頑迷に唱え続けた守旧派ではなかったのだ。(p.39) このように『新論』を繙いてみると,現代日本人にはほとんど期待できないと言いたくなるような,卓越した戦略眼,高度な国際感覚,そして知的な論争術が現れてくるのである。鎖国下の徳川日本が丸山[眞男]の言うような「閉じた社会」であったのならば,このような世界に開かれた実践的知性がどうして可能になったと言うのだろうか。正志斎の水戸学は,どのようにして形成されたのであろうか。(pp.42-43)
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TPP亡国論で一気に有名となった中野さんの日本思想史研究。これまでナショナリズム・国粋主義として注目度が下がっていた伊藤仁斎・荻生徂徠・会沢正志・福沢諭吉を読み直す。その革新はこれらの思想家の思想はたしかに皇統の存続による国民統合を意識していたが、行き過ぎたナショナリズムの危険性...
TPP亡国論で一気に有名となった中野さんの日本思想史研究。これまでナショナリズム・国粋主義として注目度が下がっていた伊藤仁斎・荻生徂徠・会沢正志・福沢諭吉を読み直す。その革新はこれらの思想家の思想はたしかに皇統の存続による国民統合を意識していたが、行き過ぎたナショナリズムの危険性も十分認識しており、巨大な理論に依拠するのではなく、状況に応じて適切な対応をきめるプラグマティズムが共通項であるというもの。
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朱子学と古学を合理論と経験論へと類比した上で、後者をプラグマティズムとして解釈し、「健全な」近代ナショナリズムへと発展していったと論じている。その結論として、福沢諭吉は尊皇攘夷論者であるとしているのは通説を覆す論考ではあるが、尊皇攘夷の定義次第ではそう解釈できないと言えなくもない...
朱子学と古学を合理論と経験論へと類比した上で、後者をプラグマティズムとして解釈し、「健全な」近代ナショナリズムへと発展していったと論じている。その結論として、福沢諭吉は尊皇攘夷論者であるとしているのは通説を覆す論考ではあるが、尊皇攘夷の定義次第ではそう解釈できないと言えなくもない(一般的にはかなり無理があると思うが・・・)。 著者は思想史の専門家ではないし、全体的には著者の保守思想に合致するように牽強付会の説をなしていると言えなくもないが、読み物としては面白い。
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