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脳はなぜ「心」を作ったのか 「私」の謎を解く受動意識仮説 ちくま文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 筑摩書房 |
| 発売年月日 | 2010/11/10 |
| JAN | 9784480427762 |
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脳はなぜ「心」を作ったのか
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商品レビュー
3.8
53件のお客様レビュー
意識の本質に迫る本書は、私たちが普段感じている「私」の錯覚を解き明かします。受動意識仮説に基づき、意識は行動の決定者ではなく、無意識の中で多数決を行う小人たちの観察者に過ぎないという新たな視点を提示しています。この考え方は、これまでの信念を覆すものでありながら、読者は自然と受け入れることができると感じるようです。特に、心や意識の構造について深く考えさせられる内容であり、仏教的な視点を持つ日本人にとっては理解しやすいとされています。複雑なテーマながらも、満足感を得られる読後感があり、再読や他の関連書籍への興味をかき立てる一冊です。
※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
夏期学習期間中に、じつに20年ぶりの再読を果たした。 14歳の時に書店でタイトルを目にして「知りたかったことだ!」と迷わず手に取り、そしてこの本で夏休みの読書感想文まで書き上げた。 大人になって読んでみて、それでも分かったような分からなかったような曖昧な気持ちだ。この曖昧だと思う気持ちさえ、私の中にいるこびとたちが、無数の要素のなかから次々差し出してくるものを受動的に受け取っているだけのもので、決して〈私〉というクオリアから生まれ出たものではない。(という認識で合ってる?) 当時の読書感想文を読み返してみたら、難しい単語を自分なりに噛み砕いた表現にしたり、引用したところから頑張って自分ごととして捉えようと試みたり、まるごと書き換えた第二稿があったり、ずいぶん苦戦したんだなという痕跡が垣間見られて微笑ましかった。 結論に至るところでは、心の地動説に気づいたかのような文章があって手前味噌ながら感動した。 〈それ故に永遠でいられるのだと思う。「自分は自分である」と感じているのは、何も私だけではないのだ。世界中にいる大勢の人の中にも主体である自己意識は存在しているのである。そんな自己意識を集合体として見たとき、それは永遠といえるのではないだろうか。〉 これってコペルニクス的転回だと思った。心への興味は今も変わっていないし、たぶん今際の際までずっと考え続けてるんだと思う。
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第5章の補遺は現代のAI時代の先鞭になっているのかも。心の見方を天動説と地動説になぞらえているところが興味深い。心が主体ではない。心が行動を決めているのではなく,行動を心がつじつまあわせで意味づけている。脳内の各モジュールで行われたことを何となくの枠組みで意味づける。意識化できな...
第5章の補遺は現代のAI時代の先鞭になっているのかも。心の見方を天動説と地動説になぞらえているところが興味深い。心が主体ではない。心が行動を決めているのではなく,行動を心がつじつまあわせで意味づけている。脳内の各モジュールで行われたことを何となくの枠組みで意味づける。意識化できないことも自動的に脳は処理をする。私という意識がなくても動くが,私という意識があった方が生きる上では便利なんだろう。自律的に動く物体には意思を読み取る。生きるとは意図的に行為すること?私が消滅している行動に注目すると面白そう。
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脳が心をつくったという比喩は、これで正しいかどうか。心は心臓付近に存在するのか、かたちがあるのか、と言えば脳内の認識、伝達系統に心が存在していると考えられ、人間の感情、情緒を感知し、考える源泉となる。 鈴木大拙は『私は私にあらず、ゆえに私なり』と言った。 李登輝総統は「わた...
脳が心をつくったという比喩は、これで正しいかどうか。心は心臓付近に存在するのか、かたちがあるのか、と言えば脳内の認識、伝達系統に心が存在していると考えられ、人間の感情、情緒を感知し、考える源泉となる。 鈴木大拙は『私は私にあらず、ゆえに私なり』と言った。 李登輝総統は「わたしはわたしでない私だ」という箴言を遺したが、これは無私の精神を象徴したもので、キリスト教の使命感に通じる人生訓であるが、本書の脳と心との議論とはほとんど関係がない。 議論はロボットが意識を持つというのが前野氏の持論で、愛玩ロボットにしても怒り、悲しみ、笑いをきめる働きがあるという。 「コンピュータが『記憶』を得意とするのは明らかだし、最近のロボットは運動や行動を『学習』することができる。そんなわけで、今のコンピュータやロボットは、『知』『情』『意』『記憶と学習』の四つを少なくとも少しはできる。これに対し、今のコンピュータがまったく持っていないのは、心の五つの要素のうち、最後に挙げた『意識』だ」(22p) ちょっとアニメの見過ぎなのか。ドラえもん、鉄腕アトム、DRスランプのアラレちゃんは、まったく人間と同じ意識を持ち喜怒哀楽を理解し、言動をおこなうが、ロボットが、人間と同じになって共存する世界がくると著者は幻想的な未来像を提示する。 しかし彼は続ける。 「人間と同じくらい高度な『知恵意』を発揮するロボットのニューラルネットワークを綿密に作り込んでいこうとすると、凄まじく時間がかかりそうだ。凄い数のたこ足配線はあまりにも入り組んでいるから、ものすごく天才的なエンジニアが出てこないと、複雑なロボットの心を作り込むのは難しいかもしれない」 ト慎重に伏線も用意している。 ネットフリックスの新作『創造者』は、2154年科学技術の発展により人間まで始末するよう設計された人工知能AIとの戦いを描いている。 アラジンの不思議なランプは所有者が悪魔になっても、所有者の命令をきく。したがって、 「心を持ったロボットが出現し、高度化することの問題点としては、古来SFで取り上げられ続けてきたように、人を脅かし支配するロボットへの恐怖が挙げられる。しかし、ロボットは、設計者が定義した範囲内で心の機能を発揮するだけだ。だから、たとえば抑圧された結果犯罪に到るような心理発展のアルゴリズムをロボットの心に埋め込まなければ、そのような犯罪心理は発生しない(中略)。心を持ったロボットの危険性には十分注意をはらう必要があるだろう。核拡散やクローンの抑止と同様、創造と倫理の関係や法秩序整備についての議論が必要となる」 AI規制を声高に唱えるノーベル化学賞のジェフリー・ヒントン博士(AIの父といわれ、トロント大学名誉教授)と同じような結論を出している。 心を持ったロボットは作れると断言するのが本書の特色であり、そうなると人間とは何かという哲学議論になる。 (C)有限会社・宮崎正弘事務所 2026
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