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フッサール・セレクション 平凡社ライブラリー659
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フッサール・セレクション 平凡社ライブラリー659

エトムント・フッサール(著者), 立松弘孝(編者)

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フッサール・セレクション 平凡社ライブラリー659

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 平凡社
発売年月日 2009/01/09
JAN 9784582766592

フッサール・セレクション

¥1,540

商品レビュー

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2024/07/27

フッサールの著作全体から、編者がテーマに沿って選んだ文章を配列し、全体像を分かりやすく提示しようとした一冊である。フッサールの初期の著作(『論研』『理念』『イデーン』等)は難解であるのに対し、後期のもの(『ブリタニカ草稿』『省察』『危機』等)は読みやすい印象であった。訳文は日本語...

フッサールの著作全体から、編者がテーマに沿って選んだ文章を配列し、全体像を分かりやすく提示しようとした一冊である。フッサールの初期の著作(『論研』『理念』『イデーン』等)は難解であるのに対し、後期のもの(『ブリタニカ草稿』『省察』『危機』等)は読みやすい印象であった。訳文は日本語の文章として自然であり、それでも難解な箇所は内容自体に起因するものだろう。なお、元の本の発行は1976年であり、それ以降の研究が反映されていないだろうことが、本書の価値に影響するかどうか、私には判断できない。 私が理解したかぎりでは、フッサール現象学の終生不変のテーマは「主観と客観がどう接続されているか、どう一致が保証されるのか」ということである。 示されているのは、現象学のまさしく理念であり、具体的な内容の記述はほとんど見られなかったように思う。映画でいえば予告編だけ見せられた気分である。これは本書の編集方針に由来するものではなく、フッサールの書き遺した文章自体がそのようなものなのだろう。 私の読んだかぎりでは、ピュシスやイデアの探求から始まった思索の、デカルトやカントにおける主観性への帰還を、さらに徹底させるのがフッサール現象学だと思われた。デカルトにおいては神が、カントにおいては物自体が、デウス・エクス・マキナとして登場し、その理論を保証してくれた。その理論的不徹底に対して、フッサールは『超越論的主観性』の他には何も頼ろうとしないからだ。それは独我論の極致であるように思う。 そうであるからこそ、終盤に置かれている『他我と相互主観性』の章、すなわち『他者』をどう扱うかについての記述は、『超越論的主観性』を根源的とするフッサール現象学から逸脱しているように感じた。多数の『超越論的主観性』が存在するかのように読めるからだ。ここにきて、『超越論的主観性』の根源性が揺らいでいるように感じた。フッサール現象学があくまで独我論的な『経験』に定位した『主観性』から出発する以上、『他者』を論じることには相当の論理的困難が伴うことになるわけである。 『他者』=『他の自我』は、『新しい無限の領域、すなわちすべての他者と私自身を含む客観的自然と客観的世界一般の構成を可能にする』ものであり、この『世界』は『私の個人的世界とは異なる相互主観的な世界』だと表現される。つまり『私の現存在』と『あらゆる他我の現存在』は『対等に客観化される』ということだ。そして『本質学としての現象学の領域は個人的精神から普遍的精神の全領域へと直ちに拡がってゆく』とされる。これはフッサール現象学の原則に対する一種の反駁ではないかとさえ思った。私の疑問への回答だろう文章が、本書のラストに置かれていた。 『われわれが超越論的相互主観性と呼ぶモナド共同体は、言うまでもなく、省察する自我としての私の内部でのみ、すなわち純粋に私の志向性の諸源泉からのみ、私に対して構成されているのであるが、しかしまたこのモナド共同体は、他の自我という様態で構成されるさまざまなモナドの中で、それぞれ異なる主観的な現出様式を介して構成されるものでもある。しかしその場合にもこのモナド共同体は常に同じ共同体として、しかも必然的に同じ客観的世界を保有する共同体として構成されているのである。』 この引用文中の『が、しかしまた』が解決の鍵あるいは飛躍の瞬間と思われるが、依然として私の疑問は解消されなかった。

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2016/10/30

 フッサールが哲学をどのように考え、実践しようとしたのか、そして現象学へと至ったのかが見えてくる。フッサールの考えを如実に表した、わかりやすいものを選択したとはいっても難しい。直感的とは言い難いものの見方、思考方法、そして、それらを厳密に定義しようとする試みは一読しただけで理解で...

 フッサールが哲学をどのように考え、実践しようとしたのか、そして現象学へと至ったのかが見えてくる。フッサールの考えを如実に表した、わかりやすいものを選択したとはいっても難しい。直感的とは言い難いものの見方、思考方法、そして、それらを厳密に定義しようとする試みは一読しただけで理解できるようなものではない。なによりフッサール自身が試行錯誤を繰り返していることからも現象学、あるいは厳密学としての哲学の難しさが伺える。

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2012/04/26

『論理学研究』や『イデーン』、『危機』などから現象学の内実をよく表現している文章を撰びそれをテーマ別に分類・構成してある。現象学の基本的な概念、方法論、目的、そして現象学的分析の具体的内容を手早く知りたい人にとってはこうした本を読むのが手っ取り早い。現象学についてさほど前提知識を...

『論理学研究』や『イデーン』、『危機』などから現象学の内実をよく表現している文章を撰びそれをテーマ別に分類・構成してある。現象学の基本的な概念、方法論、目的、そして現象学的分析の具体的内容を手早く知りたい人にとってはこうした本を読むのが手っ取り早い。現象学についてさほど前提知識を有していなくても理解できるが、各テキストの成立の順番と、フッサールの思考は時期が下るにつれて性格が変わっていくということを頭に入れていると、同じテーマを扱うパートでもフッサールの思考の微妙な変化が読み取れる。

Posted by ブクログ

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