- 中古
- 書籍
- 新書
- 1226-30-02
フッサール・セレクション 平凡社ライブラリー659
定価 ¥1,540
1,430円 定価より110円(7%)おトク
獲得ポイント13P
在庫なし
発送時期 1~5日以内に発送
商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 平凡社 |
| 発売年月日 | 2009/01/09 |
| JAN | 9784582766592 |
- 書籍
- 新書
フッサール・セレクション
商品が入荷した店舗:0店
店頭で購入可能な商品の入荷情報となります
ご来店の際には売り切れの場合もございます
オンラインストア上の価格と店頭価格は異なります
お電話やお問い合わせフォームでの在庫確認、お客様宅への発送やお取り置き・お取り寄せは行っておりません
値下げ前価格について
本価格は現中古販売価格の「値下げ前価格」となります。
直近約1か月間、値下げ前価格での販売実績があるものだけ表示しております。
フッサール・セレクション
¥1,430
在庫なし
商品レビュー
4
4件のお客様レビュー
本書は、フッサールの著作全体から、編者がテーマに沿って選んだ文章を配列し、コンパクトな形でその全体像を提示しようとする一冊である。フッサールの初期の著作(『論研』『理念』『イデーン』など)は難解であるのに対し、後期のもの(『ブリタニカ草稿』『省察』『危機』など)は読みやすい。訳文...
本書は、フッサールの著作全体から、編者がテーマに沿って選んだ文章を配列し、コンパクトな形でその全体像を提示しようとする一冊である。フッサールの初期の著作(『論研』『理念』『イデーン』など)は難解であるのに対し、後期のもの(『ブリタニカ草稿』『省察』『危機』など)は読みやすい。訳文は日本語の文章として自然であり、難解な箇所はそもそもの内容自体に起因するものと思われる。なお、原著の発行は1976年であり、それ以降の研究が反映されていない可能性があるが、それが本書の価値に影響するかどうか、私には判断できない。 私が理解したかぎりでは、フッサール現象学の終生不変のテーマは「客観がいかにして主観において構成されるか」ということである。示されているのは、現象学のまさしく理念であり、具体的な内容の記述はほとんど見られないように思う。映画でいえば予告編だけ見せられた気分である。これは本書の編集方針に由来するものではなく、フッサールの書き遺した文章自体がそのようなものなのだろう。 哲学史的な意義から考えると、ピュシスやイデアの探求から始まった思索が、デカルトやカントにおいて主観性へと帰還した、その流れをさらに徹底させるのがフッサール現象学だと思われる。デカルトにおいては神が、カントにおいては物自体が、デウス・エクス・マキナとして登場し、その理論を根底から支える。その理論的不徹底に対して、フッサールは『超越論的主観性』の他には何も頼ろうとしない。それは独我論の極致であるようにも思われる。 そうであるからこそ、終盤に置かれている『他我と相互主観性』の章、すなわち『他者』をどう扱うかについての記述は、『超越論的主観性』を根源とするフッサール現象学から逸脱しているようにも感じられる。多数の『超越論的主観性』が存在するかのように読めるからだ。あくまで独我論的な『経験』に定位した『主観性』から出発する以上、『他者』を論じるには相当の論理的困難が伴うのは避けられない。ここにきて、『超越論的主観性』の根源性が揺らいでいるのだろうか。 『他者』=『他の自我』は、『新しい無限の領域、すなわちすべての他者と私自身を含む客観的自然と客観的世界一般の構成を可能にする』ものであり、この『世界』は『私の個人的世界とは異なる相互主観的な世界』だと表現される。つまり『私の現存在』と『あらゆる他我の現存在』は『対等に客観化される』ということである。そして『本質学としての現象学の領域は個人的精神から普遍的精神の全領域へと直ちに拡がってゆく』とされる。そのような考え方は、フッサール現象学の原則に対する一種の反駁ではないかとさえ理解できる。私の疑問への回答となる可能性を秘めた文章が、本書の最終盤に登場する。 『われわれが超越論的相互主観性と呼ぶモナド共同体は、言うまでもなく、省察する自我としての私の内部でのみ、すなわち純粋に私の志向性の諸源泉からのみ、私に対して構成されているのであるが、しかしまたこのモナド共同体は、他の自我という様態で構成されるさまざまなモナドの中で、それぞれ異なる主観的な現出様式を介して構成されるものでもある。しかしその場合にもこのモナド共同体は常に同じ共同体として、しかも必然的に同じ客観的世界を保有する共同体として構成されているのである。』 この引用文中の『が、しかしまた』が解決の鍵あるいは飛躍の瞬間と思われるが、依然として私の疑問は解消されない。
Posted by 
フッサールが哲学をどのように考え、実践しようとしたのか、そして現象学へと至ったのかが見えてくる。フッサールの考えを如実に表した、わかりやすいものを選択したとはいっても難しい。直感的とは言い難いものの見方、思考方法、そして、それらを厳密に定義しようとする試みは一読しただけで理解で...
フッサールが哲学をどのように考え、実践しようとしたのか、そして現象学へと至ったのかが見えてくる。フッサールの考えを如実に表した、わかりやすいものを選択したとはいっても難しい。直感的とは言い難いものの見方、思考方法、そして、それらを厳密に定義しようとする試みは一読しただけで理解できるようなものではない。なによりフッサール自身が試行錯誤を繰り返していることからも現象学、あるいは厳密学としての哲学の難しさが伺える。
Posted by 
『論理学研究』や『イデーン』、『危機』などから現象学の内実をよく表現している文章を撰びそれをテーマ別に分類・構成してある。現象学の基本的な概念、方法論、目的、そして現象学的分析の具体的内容を手早く知りたい人にとってはこうした本を読むのが手っ取り早い。現象学についてさほど前提知識を...
『論理学研究』や『イデーン』、『危機』などから現象学の内実をよく表現している文章を撰びそれをテーマ別に分類・構成してある。現象学の基本的な概念、方法論、目的、そして現象学的分析の具体的内容を手早く知りたい人にとってはこうした本を読むのが手っ取り早い。現象学についてさほど前提知識を有していなくても理解できるが、各テキストの成立の順番と、フッサールの思考は時期が下るにつれて性格が変わっていくということを頭に入れていると、同じテーマを扱うパートでもフッサールの思考の微妙な変化が読み取れる。
Posted by 
