商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 祥伝社 |
| 発売年月日 | 2008/10/20 |
| JAN | 9784396314682 |
- 書籍
- 文庫
完訳 紫禁城の黄昏(上)
商品が入荷した店舗:店
店頭で購入可能な商品の入荷情報となります
ご来店の際には売り切れの場合もございます
オンラインストア上の価格と店頭価格は異なります
お電話やお問い合わせフォームでの在庫確認、お客様宅への発送やお取り置き・お取り寄せは行っておりません
値下げ前価格について
本価格は現中古販売価格の「値下げ前価格」となります。
直近約1か月間、値下げ前価格での販売実績があるものだけ表示しております。
完訳 紫禁城の黄昏(上)
¥880
在庫なし
商品レビュー
4
5件のお客様レビュー
歴史の転換期における清朝とその周辺の出来事を、第三者の視点から詳細に描いた回想録です。著者は少年皇帝溥儀の帝師として、彼の人柄や当時の政治状況を深く観察し、その様子を生き生きと伝えています。本書の魅力は、全26章を完訳したことで、これまでの翻訳では触れられなかった重要なテーマを扱っている点にあります。特に、清朝の成立や満州問題についての議論は、歴史観を見直すきっかけとなるでしょう。また、ジョンストンが描く清朝末期の政治・社会情勢は、単なる史実に留まらず、王朝の生活や人々の思いをも豊かに表現しています。歴史に対する新たな視点を提供する一冊です。
※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。
溥儀がなぜラストエンペラーと呼ばれるようになったのか、共和制と君主制の選択を巡る当時のシナの有力者たちの争いを通じて、認識することができた。 また、著者であるジョンストンは次のように述べている。すなわち、「もし日本が、1904年から1905年にかけての日露戦争で、ロシア軍と戦い...
溥儀がなぜラストエンペラーと呼ばれるようになったのか、共和制と君主制の選択を巡る当時のシナの有力者たちの争いを通じて、認識することができた。 また、著者であるジョンストンは次のように述べている。すなわち、「もし日本が、1904年から1905年にかけての日露戦争で、ロシア軍と戦い、これを打ち破らなかったならば、遼東半島のみならず、満洲全土も、そしてその名前までも、今日のロシアの一部となっていたことは、まったく疑う余地のない事実である。」 これは、ロシアのDNAともいえる領土膨張欲と、当時のシナが国家統治意思がほとんどなかったことを言い当てている。 日本にとって、満州統治は結局のところ、失敗であり、当時のシナ国民に対して酷いことをしたのは事実であるが、日露戦争の行われた一時点だけを捉えれば、歴史的には今の中国は日本に対して感謝をすべきとさえ思う。なぜなら、日露戦争で日本が負けていれば、今の遼寧省、黒竜江省、吉林省はロシア領土になっていた可能性が濃厚だからである。
Posted by 
古本で購入。 「ラストエンペラー」宣統帝溥儀の帝師となった、スコットランド人レジナルド・ジョンストンによる回想録。 1898年の康有為らによる戊戌の政変から筆を起こし、中国の近代の始まりを第三者の目線から活写している。 本書の価値は、タイトルにもあるとおり「完訳」というところ...
古本で購入。 「ラストエンペラー」宣統帝溥儀の帝師となった、スコットランド人レジナルド・ジョンストンによる回想録。 1898年の康有為らによる戊戌の政変から筆を起こし、中国の近代の始まりを第三者の目線から活写している。 本書の価値は、タイトルにもあるとおり「完訳」というところにある。 なぜ「完訳」がセールスポイントになるかと言えば話は簡単で、これまで最も手に入れやすい翻訳だった岩波文庫版が、全26章中11章を“意図的に”削除しているからである。 清朝とは満州族が建てた王朝であること、シナ(長城以南の黄河・長江流域の地域)を失った清朝が故郷満州へ帰る可能性、それらについて述べる章を岩波書店が削除した理由は、言わずもがなだ。 監修者の渡部昇一はこう言う。 「『紫禁城の黄昏』が、極東軍事裁判に証拠書類として採用されていたら、あのような裁判は成立しなかったであろう。こういうだけで、本書の価値を知るには十分である。もちろん、何が何でも日本を悪者に仕立て上げたかった東京裁判所は、本書を証拠資料として採用せず、却下した」 大著と言えるボリュームだが、戦後日本が抱えた(抱えさせられた)「日本が中国を侵略したことにより傀儡国家たる満州国を建設した」という一種のドグマを覆す本としてオススメ。 中国における近代とは何か、革命とは何か、あるいは「シナ」とは何かを考える上でも、おもしろい本だと思う。 本書を読んで興味深いことのひとつは、やはりジョンストンが帝師として身近に接した溥儀の人となりだろう。 ジョンストンの見た少年皇帝は聡明であり寛大、西洋文化・思想を受け入れる柔軟さを持ちあわせ、国と民のことを何よりも思う、まさに「王者」たるに相応しい立派な君主だ。 ところがその少年皇帝も、いわゆる東京裁判においてはソ連の言いなりとなって、自分は日本の傀儡であったこと、満州問題のすべては日本に責任があったことを証言している。 ソ連の強要に屈し、将来の祖国からの処罰を恐れたとは言え、この断絶は何だろう。父祖の地・満州に帰り、満州国において清朝を再興した後の溥儀に何があったのか気になるところ。
Posted by 
第1級史料と銘打たれているだけあって、清朝末期~満州帝国~中華民国までの流れが客観的に、細かに書かれていた。特別保守的な考えに賛成するわけではないけれど、高校時代から変える必要ないと思ってた歴史観が少し変わったかな?
Posted by 
