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見知らぬ場所 新潮クレスト・ブックス
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 新潮社 |
| 発売年月日 | 2008/08/30 |
| JAN | 9784105900687 |
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見知らぬ場所
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商品レビュー
4.6
50件のお客様レビュー
数年に一度出会うかどうかの名著。 切なさに心揺さぶられる。 短編一つ一つのクオリティもさることながら、やはり二部「ヘーマとカウシク」がこの本のクライマックスだろう。 カウシクとその母親との関係性を描いた”Year’s end”が好きで3回くらい読んだ。 忘れたいのに、思い出すと...
数年に一度出会うかどうかの名著。 切なさに心揺さぶられる。 短編一つ一つのクオリティもさることながら、やはり二部「ヘーマとカウシク」がこの本のクライマックスだろう。 カウシクとその母親との関係性を描いた”Year’s end”が好きで3回くらい読んだ。 忘れたいのに、思い出すと苦しいのに、やっぱり大切な母親との思い出。クリスマスシーズンのアメリカ郊外というアットホームなシチュエーションの中で、仲間のようにも、はたまた母との思い出を侵食する闖入者の手先のようにも感じる姉妹との関係。 母親がモダンな美人だったという設定も素晴らしい。バスルームでシガレットを吸ってる時に、ヘーマが出くわした時の描写は、カウシクの母親の魅力をよく描いていた。 そして最後の”Going ashore”。 戦場カメラマンという、現実と未来を生業にするカウシクの精神はずっと過去に向いたままだ。何も新しいものを築こうとせず、ただ失われたものの幻影を嘆いている。 一方ヘーマは、古代ローマ研究という「過去」を仕事としているが、精神的には未来志向である。ナヴィーンと見合い結婚をしようとしているというのが、まさに未来を見据えての判断である。 その2人がローマで出会う。交わるが、混ざり合わない関係性。 カウシクの言葉に対してヘーマが言った「もう遅いわ」は、2人の関係を構築するのが遅かったと言っているようだが、その実、もう関係のない2人には戻れないという意味の「もう遅いわ」でもあったと思う。 カウシクの最後のフレーズ「ヘンリクのように海岸へ辿り着きたいと思った。」は、カウシクが初めて、自分の居場所を持ちたいと感じたことを表しているのだろう。 “Going ashore”のashore(陸地)とは、落ち着ける場所、錨を下ろす場所を意味していると思う。 今までどこにも所属せず、漂うように生きてきたカウシクが、初めてヘーマとなら錨を下ろしたいと思ったのだ。しかしずっと不器用に生きてきたカウシクには、その伝え方が下手すぎた。 タイミングが、かけ違えたボタンのようにちくはぐなままだった。 「臆病なんだな」って、伝え方下手すぎやろ!10代か! 核心は文字にせず、周りを丁寧に埋めて要所にキーワードを仕込むことで、登場人物の心の動きを読者に伝えている。 読了後の余韻が深すぎて、読後数日間は、自分に起こったことのように切なくて苦しかった。 この本の素晴らしさは、私程度の語彙力ではとても表しきれない。
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「停電の夜に」の短編集を読んで、一気にファンになった私は、今回の短編集も迷うところなく、購入した。 だけど、なぜかあまり読み進めることができず、飛び飛びに第一部を読み終えてしばらく放置。 なぜか気分が乗らなかった。 そして、梅雨も間近な昨夜。雨の音が聞こえる部屋でなんとなく手持...
「停電の夜に」の短編集を読んで、一気にファンになった私は、今回の短編集も迷うところなく、購入した。 だけど、なぜかあまり読み進めることができず、飛び飛びに第一部を読み終えてしばらく放置。 なぜか気分が乗らなかった。 そして、梅雨も間近な昨夜。雨の音が聞こえる部屋でなんとなく手持無沙汰。 これは。ジュンパ・ラヒリを読むのに最適なのでは…と思い立ち、手に取った。 そこからは一気に。 第二部は三つの短編からなる連作、「ヘーマとカウシク」 子どもの頃の記憶から現在までがそれぞれの視点から見事に描き出されている。 訳者が決めた語り口だろうが、静かな手紙風、語りかけのような文章(とくに「一生に一度」)は 良かった。 いつ二人の視点(物語)が合わさるのだろう、と気になってあっという間に読んでしまった。 再会はドラマか映画でしかないと思うようなものだが、人生で大切な人とはこんな偶然が 訪れて欲しいと密かに思ったりする。ラストは思いのほか切ないが、やはりこういう最後しかなかっただろうとも、思う。 いつものようにストーリーは奇抜なものでは決してないが、静かに心に余韻を残す物語は健在だ。 第一部の短編は、集中出来ないまま数年前に読み終えたままなので、また読み直して感想を 追記したい。
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一番好きな作家が、エリザベス・ストラウトになりそうなので、いや、私の不動の一番はラヒリのはず。 確認ということもあって、再読。 久しぶりにに読むラヒリの読みやすさに驚く。翻訳のおかげだけではないだろう。独りよがりとならない書きようは、ネイティブの言語では無い英語で書いているせい...
一番好きな作家が、エリザベス・ストラウトになりそうなので、いや、私の不動の一番はラヒリのはず。 確認ということもあって、再読。 久しぶりにに読むラヒリの読みやすさに驚く。翻訳のおかげだけではないだろう。独りよがりとならない書きようは、ネイティブの言語では無い英語で書いているせいなのか、ラヒリ独自のものなのか。そんなことを改めて考えたくらい、わかりやすいことに気づいた。 すぐに物語の中に入っていける。これは人気の理由の一つなのかな。 で、再読であるが、10年ぶりに読むと、ほとんど内容を覚えていないのは、なかなかのショックであった笑 ものすごく小さなエピソードだけしっかり覚えていたりするのだが。 ということは、再読もまた楽し、ということかな。 ヘーマとカウシク、この二人の最後は流石に覚えてたけど、また泣けた。 もう名作揃いです。 短編は最後の一行が勝負、だと思う。 日本の作家では伊藤比呂美の「道行きて」のそれぞれの章の最後の一行にいつも打ちのめされた。 エリザベス・ストラウトもまた然り。 そして、やはり、ラヒリ。 短編の品格を決める一行であるし、短編全体の見え方を変える一行でもある。最後に胸がもう一度ドキリとする快感。 ラヒリとストラウト、これにレベッカ・ブラウンを加えて、ゆっくりと味わいなおしたい。 誰が一番でもいいや。幸せなことです。
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