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日本浄土
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 東京書籍 |
| 発売年月日 | 2008/08/05 |
| JAN | 9784487802142 |
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日本浄土
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商品レビュー
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藤原新也氏は、1944年北九州市生まれの作家・写真家・随筆家。東京藝大美術学部油画科に在学中、インドをはじめとするアジア諸国を放浪し、その体験をもとに写真と文章を融合させた作品を発表。1972年の『印度放浪』で注目を集め、以後『逍遙游記』、『全東洋街道』、『メメント・モリ』などの...
藤原新也氏は、1944年北九州市生まれの作家・写真家・随筆家。東京藝大美術学部油画科に在学中、インドをはじめとするアジア諸国を放浪し、その体験をもとに写真と文章を融合させた作品を発表。1972年の『印度放浪』で注目を集め、以後『逍遙游記』、『全東洋街道』、『メメント・モリ』などの旅と死生観をテーマにした作品や、『東京漂流』、『渋谷』などの日本の現代社会に潜む問題を扱った作品で、高い評価を得る。特に『メメント・モリ』では「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」という一文が話題となり、社会に衝撃を与えた。鋭い観察眼と哲学的な視点を持ち、文明批評や人間存在への問いを投げかける作風が特徴で、写真展や対談、講演活動等も行い、多方面で活躍している。 本書は、雑誌「Coyote」の連載「日本浄土」(2007~08年)、及びフリーペーパー「メトロミニッツ」への寄稿(2004~07年)をまとめ、2008年に出版されたもので、日本の各地を巡りながら、何気ない土地の風景や無名の人々との出会いを通して、日本の地方に残る“浄土”を描いたエッセイ集(多数のカラー写真も収録)である。 私は、数多の書き手の中でも、藤原氏は沢木耕太郎氏と並んで好きな書き手で、これまで、上記の代表作のほか、『コスモスの影にはいつも誰かが隠れている』、『たとえ明日世界が滅びようとも』、『日々の一滴』、『祈り』などを読んできたが(最新作『メメント・ヴィータ』はまだ積読状態である)、本書は、たまたま新古書店で見つけて入手した。 エッセイのテーマは、父の経営する旅館で働いていた仲居との思い出(島原半島)、美しい名の土地に住む無名の人々とのやりとり(天草)、生まれ故郷での子供の頃の思い出(門司港)、肺結核で療養していた伯母さんの思い出(山口県柳井)、魅かれた画家・松田正平が住んだ島の風景(瀬戸内海の祝島)、父の思い出(尾道)、心中を図った若い男女への思い(能登半島)、カラーの花を育てる車椅子の少年との思い出(房総)などで、藤原氏自身も書いている通り、「登場する土地は有名な地でも名所旧跡でもない。またことさら声高に述べるような出来事が書かれているわけでもない。」。 しかし一方で、藤原氏は次のように続ける。「この日本においてはその無名の麗しきものやことに出会うことが年々難しくなりつつある。・・・だが歩き続けなければならない。歩くことだけが希望であり抵抗なのだ。・・・ごく普通の風景、そして出来事でありながら、いや、であるからこそ現代においては得がたいという意味において本書を『日本浄土』としたのだ。」 私は、過去十余年に亘り(コロナ禍の時期は除く)、青春18きっぷを使って日本各地をローカル線で一人旅してきた(特別「乗り鉄」というわけではないのだが)し、藤原氏が各編の初出を書いた年齢とほぼ同じ世代になり、藤原氏の思いがよくわかるような気がする。近年は日本でも、伝統文化や古来の風景などが見直されてはいるものの、日常生活レベルの無意識の言動や習慣、価値観などを残していくことは容易ではないだろう。なぜなら、そのためにはまず、そうしたものが「よい」(但し、それは善悪の「よい」ではないので、「心地よい」というのが正確だが)と感じられることが必要だからだ。 いつまでも残ってほしい「日本の浄土」。。。藤原氏だからこそ描き得た世界である。 (2025年10月了)
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引越しをひかえ本を1/3に減らそうと整理するなか,10年近くぶりに手にとって再読. 10年前の当時,藤原新也のエッセイをむさぼり読むとまではいかないまでも,新書を何冊も買って読んでいたことがある.人生のいろんな別れや挫折を経験した,30歳当時. それから10年いろいろあって,...
引越しをひかえ本を1/3に減らそうと整理するなか,10年近くぶりに手にとって再読. 10年前の当時,藤原新也のエッセイをむさぼり読むとまではいかないまでも,新書を何冊も買って読んでいたことがある.人生のいろんな別れや挫折を経験した,30歳当時. それから10年いろいろあって,父親になり,ニッポンの社会という波でそれなりに船を漕ぎ続けてきた上で本書を再読して,あらためて,文字に書き落とせば当たり前の事実に思い当たった. それは,写真も,写真やエッセイに変換される前の,旅先で脳裏に焼き付けられる風景も,それ自体は,明るくもなければ,暗くもなければ,悲しくもなければ,美しくもなければ,醜くもない. エッセイを読んでいい文章だと思うかどうか,写真をみていいと思うかどうか,すべは読者がもつ記憶とその記憶を処理する心というか頭なんだ,ということ. このエッセイは,そんな当たり前をあらためて確認させられるほど,藤原氏の「イメージ」センサーがときに敏感に風景に反応するさまが文字として綴られていて,それが魅力なんだということを思い出させてくれた.
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珍しく、プライベートなことが事細かに書かれている。 自身のファーストキス、破天荒な父親の駆け落ち、親の破産、友人の娘の結婚・・・ 写真は少なめ。 物悲しく、懐かしく、時間がゆっくりうごく世界。 昔見た夢の記憶のような。 東京藝術大学中退。 どんな絵を描いていたのだろう?
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