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母は娘の人生を支配する なぜ「母殺し」は難しいのか NHKブックス1111
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 日本放送出版協会 |
| 発売年月日 | 2008/05/29 |
| JAN | 9784140911112 |
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母は娘の人生を支配する
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母は娘の人生を支配する
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商品レビュー
3.8
33件のお客様レビュー
精神科医が書いているので、投影とか転移とか、妄想分裂ポジションとかたくさん出てくる。説明自体はわかりやすい。 母娘問題の根深さはまさに恐怖だ。この問題の構造を理解した上で、子育てするのとしないのでは、母娘にとって全然違う未来になりそう。母娘問題、避けては通れないにしても、自分自...
精神科医が書いているので、投影とか転移とか、妄想分裂ポジションとかたくさん出てくる。説明自体はわかりやすい。 母娘問題の根深さはまさに恐怖だ。この問題の構造を理解した上で、子育てするのとしないのでは、母娘にとって全然違う未来になりそう。母娘問題、避けては通れないにしても、自分自身を戒めながらも、自分を責めすぎずに子育てできたらなと思う。 マゾスティックコントロールについての概念が面白かった。 鶴女房の姿は、日本人が理想とする「お袋」の原型。献身的に我々を支えてくれる母親への「申し訳なさ」ゆえに、母親からの呪縛から逃れられないという概念。母娘関係の特異性を浮き彫にするうえでは、有用と考えられている。 マゾスティックコントロールに反応するためには、相手の努力を理解し「申し訳ない」と感じるだけの鋭さが必要。 息子たらはこうした感性に乏しい。母親の献身に甘え、依存しつつも、それをあたかも空気のように当然のもととみなして、さほど「申し訳ない」とは感じない、この「鈍感さ」のかなりの部分は、女が男に奉仕するのが当然とみなすような社会文化的な背景にもよる。 「父親殺し」によって結束を深めた男たちの背後には、永遠に殺しあうことなく、関係を深めあう女たちの共同体がある。 →これが「母親殺し」を不可能にしいるのではないか。 この不可能性は、男たちの共同体による抑圧によるところが大きいのかもしれない。 母娘関係においては、奉仕と支配、感謝と怨念とを曖昧化する作用がしばしば働きやすい。 「支配の意図がない支配」を本当に支配と呼びうるのか?という問題につながりやすい。 母親の過剰な責任感の話も参考になった。 子どもに対する過剰な責任感は、あきらか母親をとりまく政治的な状況からもたらされている。 妊娠中、子育て中に経験を重ねながら、多くの母親は「自分が全くの無力だと感じているのに、それでも子どもに対して全能のようにコントロールできると捉えている」という矛盾の中で宙吊りになっている。どんなにそれが不合理であると頭では理解していたとしても、自分が常に子どもをコントロールしているという考えにいつの間にかひきずられてしまっている。 決して忘れられるべきではないことは、私たち自身がこうした母親にちの過剰な責任感を煽ってきてしまったたという事実。 ひきこもりの臨床現場は、責任感や罪悪感の強すぎるの母親と、ひたすら逃げ腰の父親とう組あわせが圧倒的。 子どもから暴力そふるわれても、母親はひたすら庇い続け、抱え続ける。ここには明らかに子どもの人格に対する責任感とコントロール幻想が潜んでいる。 「発達障害」という診断がつくことによって、多くの母親が免責され、解放されるという事実があるを忘れてはならない。
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『妖琦庵夜話 魔女の鳥籠』にて参考文献に挙げられていた本。父母、息子娘の関係の中でなぜ母娘関係のみが特殊なのかを実際の事件、漫画、小説などを紐解きながら考察している。 引用されていたよしながふみ氏と三浦しをん氏の対談が印象に残った。 「男の人の抑圧ポイントは「一人前になって女の...
『妖琦庵夜話 魔女の鳥籠』にて参考文献に挙げられていた本。父母、息子娘の関係の中でなぜ母娘関係のみが特殊なのかを実際の事件、漫画、小説などを紐解きながら考察している。 引用されていたよしながふみ氏と三浦しをん氏の対談が印象に残った。 「男の人の抑圧ポイントは「一人前になって女の人を養って家族を養っていけるちゃんとした立派な人になりなさい」という1つのみ。だから男の人たちってみんなで固まって共闘できるんです。男は一つになれるんだけど、女の人が一つになれないっていうのは、一人ひとりがつらい部分っていうのがバラバラで違うんでお互い共感できないところがあると思います。生物学的な差では絶対にない。これは差別されてる側はみな一緒ですよね。アメリカにおいて、全部合わせれば白人より多いはずのマイノリティが文化が違うから一緒になれないのと同じです。」
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母親は役割に過剰に同化することによって、娘は役割用に担い切れないことによって母娘関係が問題化することが多い。 だとすれば、母親変化を、痛みは自律執行すれば良い。ある関係において、問題が生じた場合、やるべきことはつまるところ「対話」と「距離の調整」に尽きる。 子どもを持ってみるま...
母親は役割に過剰に同化することによって、娘は役割用に担い切れないことによって母娘関係が問題化することが多い。 だとすれば、母親変化を、痛みは自律執行すれば良い。ある関係において、問題が生じた場合、やるべきことはつまるところ「対話」と「距離の調整」に尽きる。 子どもを持ってみるまで、我が子が自分の中にどんなことを引き起こすのか知ることはできない。 母親が感じる痛みや悲しみの大半は自分の子どもをコントロールするべきだという信念から生まれる。 ほとんど全ての娘はある時点で母親に対して失望を感じる。それは子育てにつきものの、不可能で消耗させられる期待に応えられる人など誰もいないから。 母親が娘に与えられる1つの素晴らしい贈り物は、出来る限り自分自身の人生を生きることです。それは同様に、息子や自分自身に対する贈り物でもあるのです。 母が仕方なく私を育てたように、私も仕方なく母の世話をするのだろうか。「しかたなく」の連鎖が困難な関係を成立させている。それに対する抵抗力は男性より女性の方が弱い。
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