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もりのなか 世界傑作絵本シリーズ
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 福音館書店 |
| 発売年月日 | 1982/08/01 |
| JAN | 9784834000160 |
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もりのなか
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商品レビュー
4
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※このレビューにはネタバレを含みます
「ちゃんと かみを とかしたら、ぼくも ついていって いいかい?」 男の子が森の中を動物たちと散歩する絵本です。モノクロの絵が印象的で幻想的な絵本です。 ぼくは、紙の帽子をかぶり、新しいラッパを持って、森へ散歩にでかけました。 「どこへ行くんだい?」 ラッパを聞いて、昼寝から目を覚ましたライオンがききました。 「ちゃんと髪を梳かしたら、僕もついて行っていいかい?」 ライオンは髪を梳かすと、ぼくの散歩に付いて来ました。それから、ゾウやクマやたくさんの動物たちと出会い、みんなぼくの散歩に付いて来ました。賑やかなな散歩の後、ピクニックをして、ハンカチ落としやロンドン橋おちたをやりました。ぼくが鬼になって隠れん坊をすると、動物は一匹もいなくなっていました。ぼくを探しにきたお父さんに動物たちのことを話すと、お父さんは「きっと、また今度まで待っててくれるよ」と言いました。ぼくは、お父さんの肩車に乗って帰りました。 「さようならぁ。みんな まっててね。また こんど、さんぽに きたとき、さがすからね!」 夢と現実の狭間を絵本にしたような不思議なお話でした。動物たちにそれぞれ個性があって面白かったです。うさぎが何か他の動物たちと違う雰囲気があって、何かあるのかなと思ったけど、べつだん何もありませんでした。内気で怖がりだけど、ぼくにだけ懐いていたのかな。『また もりへ』という続編があるそうです。ぼくはまたみんなに会えたのか気になりました。
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ラストページで動物たちが居なくなってしまった寂しさ! つまり読者も動物たちと一緒に遊んでいたのであり、その過程には実感が伴っている。 うさぎの存在に救われている。 行列の賑やかさに貢献しておらず、ただ同行してかくれんぼも皆と同じ遊び方をしないのに、読者はうさぎにいて欲しいし、...
ラストページで動物たちが居なくなってしまった寂しさ! つまり読者も動物たちと一緒に遊んでいたのであり、その過程には実感が伴っている。 うさぎの存在に救われている。 行列の賑やかさに貢献しておらず、ただ同行してかくれんぼも皆と同じ遊び方をしないのに、読者はうさぎにいて欲しいし、うさぎがいるから嬉しい。 とにかく、そこに居ること自体にうさぎの価値がある。許す許さないの話ではない。これは包摂とアンチ能力主義の物語。
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本書については、約三年前に一度ブクログに投稿していたのだが、あまりにも感じた印象が現時点のものと異なっていたことと、続編と思われる『また もりへ』を読む前に再読したかったこともあって、以前のものは削除して、新たに登録いたしました。 私が図書館から借りたのは「2009年4月2...
本書については、約三年前に一度ブクログに投稿していたのだが、あまりにも感じた印象が現時点のものと異なっていたことと、続編と思われる『また もりへ』を読む前に再読したかったこともあって、以前のものは削除して、新たに登録いたしました。 私が図書館から借りたのは「2009年4月25日 第117刷」と、アメリカの絵本作家「マリー・ホール・エッツ」の絵本といえば本書を思い浮かべる人も多いくらい、長い間読まれている古典的名作であり、日本版は1963年発行、原書は1944年作ではあるものの、内容は子どもにとって全く古びていないと感じさせる魅力を、「こんな風に遊べたらいいなぁ」といった憧れとして絵本で見せてくれることによって、さながら読んでいる自分も一緒に楽しく遊んでいるような気持ちにさせてくれる、これが何よりも魅力的なんだろうと思う。 エッツの版画のようなモノクロの絵には、まるで夢の世界にいるかのような幻想的な雰囲気があることから、そこで何が起こっても自然と受け入れられそうなフィクション感がありながらも、そこに現れる動物たちの臨場感のある細かい動きが加わることで、奇妙な現実味も合わさってと、お話の内容はとてもシンプルなのに、そこから得られる情報量は思いの外に多いことを実感することによって見えてくるのは、読み手に対するエッツのエンタテインメント性である。 森へ散歩に出かける「ぼく」が嬉しい気持ちであることは、『あたらしい らっぱを もって』という文章からも感じ取れるように、子どもにとって新しいものは、すぐに試したくてたまらない、そんな自然な衝動で吹き始めたのかもしれないラッパの音が、ここでは森の中で昼寝をしていたライオンの目を覚まさせてしまい、そこで怒られるのかと思いきや、そうはならないどころか、寧ろ「ちゃんと かみを とかしたら、ぼくも ついていって いいかい?」と、散歩に同行する為に身だしなみを良くすることが前提と思っていることには、彼らが子どもにとっての遊びに、どれだけの価値を見出しているのかを表しているようで清々しく感じられたことに加え、エッツの描くライオンの表情に見られる人懐こさが、また魅力的に映ることにも好感を持ち、その、まるで人間がするような行動を動物にさせることによって感じられる親しみやすさは、夢のような世界観に於いて確かな安心感を与えてくれる。 そうした雰囲気は次に出会う、嬉しそうに二本脚で立って川で水浴びをしている、二匹の象の子どもの描写からも感じられて、この後もタオルで耳を拭いたり、セーターを着て靴を履いたりと、象というよりは大きな人間の子どものようだけれど、でも象なんだという、これが子どもには嬉しいのではないかと私は思い、そうした喜びは出会いを重ねるにつれて次第と長くなっていく、「ぼく」と動物たちで構成された夢のパレードを見ることで更に増していき、読み手の気持ちも最高潮に達しながら、お話はただのパレードだけでは終わらず、その後も夢のような憧れの出来事は続いていく。 ただ、これだけを見ると「ぼく」の散歩は、動物たちの善意だけで成り立っているように感じられるかもしれないが、年取った灰色のこうのとりや、うさぎに対する「ぼく」の接し方を見て、お互いにその存在を認め合いながら一緒に遊んでいることを実感させられたことによって、全ての生き物たちが手を取り合って理想的な世界を作るのはお互いの心がけ次第なんだということを教えられながら、いつかは終わってしまう夢の散歩の予感めいた展開に次第と寂しさが増していく、そんな哀愁漂う状況下で「ぼく」にかけられた言葉には、子どもの夢を壊さない優しさで満たされていて、爽やかな余韻を残してくれた。
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