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日本人はなぜ無宗教なのか ちくま新書
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 筑摩書房/筑摩書房 |
| 発売年月日 | 1996/10/19 |
| JAN | 9784480056856 |
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日本人はなぜ無宗教なのか
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日本人はなぜ無宗教なのか
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商品レビュー
3.9
55件のお客様レビュー
日本人は無宗教だと言われている。実際には葬式等で神社仏閣等でお世話になるので薄らと神様とか仏様という形の本著でいう日本ならではの宗教には皆入っていることだろう。それらも自然宗教(土地や祖霊、家の神々などを自然に敬う等)の一部なのであろう。同時に日本人は創唱宗教(キリスト教や仏教、...
日本人は無宗教だと言われている。実際には葬式等で神社仏閣等でお世話になるので薄らと神様とか仏様という形の本著でいう日本ならではの宗教には皆入っていることだろう。それらも自然宗教(土地や祖霊、家の神々などを自然に敬う等)の一部なのであろう。同時に日本人は創唱宗教(キリスト教や仏教、イスラム教などの教祖や教義に基づく)には関心が無いだけであり、創唱宗教側から見たときに日本人は無宗宗教と見られるのであろう。 さて、私たちは日本人として生まれた時に土地や家など既に自然宗教の中に生きている。創唱宗教へ親が何かに熱心に信仰しているものもあるだろう。それらは構わない。それらは親の信仰であり子に強制されるのは信仰では無い。子の判断で分別がわかった段階でそれを信仰するかを決めることが望ましいだろう。宗教を脅しや恐怖に縛るだけの信仰とはそれは逆にその信仰をする何かへ失礼だと思うのだ。 日本人はアニミズム(自然信仰)として、ゲーム、推しやアニメ、アイドル、インフルエンサーなどに課金をする。これもコンテンツの宗教だろう。解釈を如何様にも広げ柔軟に捉えれば目の前に信仰する何かがいるのだ。それは飽きられ消えることもあるだろう。それは宗教でも同様であり、廃業して解散していく宗教は多い。 宗教は気温や気候、場所によっても性質を大きく変える。日本は四季があり多様な文化が日本という海洋国家として機能しているからこそ、自然宗教が出来上がったのだ。 今ある何かを不必要に強いられて信仰することはない。それは信仰ではなく虐待に入る。本当の信仰というのは引き寄せられるように自分の中から生まれるものなのだ。宗教という言葉に縛られることなく、日常という今を生き感謝出来ることが出来たとすればそれもまた立派なあなただけの宗教となり得るだろう。
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久しぶりにちゃんと読み切れなくて、ぱら読みしながら読破。 宗教を「創唱宗教」と「自然宗教」に分類するというのは納得感があったし、なるほどと思わされたけど、その後はひたすら歴史と事実の羅列で歴史の教科書を読んでいる気分で面白みはなかったかもしれない。 ノットフォーミーだったのかなあ。 知識がほしい人にはいいのかも。
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日本人が「無宗教」を標榜するのは、「創唱宗教」に対して無関心なだけで、「自然宗教」は信奉していることが多い。そして、日本人が「創唱宗教」に関心を持たないのは、現実主義的な儒教の普及と、葬式仏教による死後への安心感によって生まれた日常主義(あるいは「浮き世」の観念)が、日常と緊張関...
日本人が「無宗教」を標榜するのは、「創唱宗教」に対して無関心なだけで、「自然宗教」は信奉していることが多い。そして、日本人が「創唱宗教」に関心を持たないのは、現実主義的な儒教の普及と、葬式仏教による死後への安心感によって生まれた日常主義(あるいは「浮き世」の観念)が、日常と緊張関係を持つ創唱仏教と相容れなかったためである。 丸山の「日本の思想」と同じくらい勉強になる本だった。下手な歴史書よりも、こういう平凡な人々の歴史が知れる本が好きだ。 それにしても、人の宗教観なんてものは、明治のゴタゴタのような、権力者が作った構造のもとで、いとも簡単に変わってしまうのだと思うと恐ろしい。
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