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光あるうちに 道ありき 第三部 信仰入門 新潮文庫
693円
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 新潮社/新潮社 |
| 発売年月日 | 2002/10/01 |
| JAN | 9784101162058 |
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光あるうちに 道ありき 第三部 信仰入門
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光あるうちに 道ありき 第三部 信仰入門
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商品レビュー
3.9
26件のお客様レビュー
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
三浦綾子の自伝第3部。前2作のような日々のエッセイというよりは、信仰の手引きのようなエッセイ。人間の原罪とは何か、虚無に陥るということ、祈るということ、など章立てで語られている。 人間はどうせ死んでしまうのだから全て無意味、というような虚無に人は陥ってしまうが、どうせ便として排泄されるのだから食べ物を直接トイレに流すのが間違いであるように、食べ物は食べて生きるエネルギーを得て残り滓を排泄するものであって、人生も死ぬ前にいかに人に光をもたらすような生き方ができるかが大事、というのがなるほどなと思った。どんな人間も自分に甘く他人に厳しく、他人がしたことを許すことは難しいし他人の悪口を言ったことのない人間もいない。そんな罪深い人間であることを自覚し、低く低く謙遜する者にこそ、神の偉大さがより分かる。私も人と比べて優越感を持てることを探したりしがちで、そうでないと自分を保てないような弱さを感じるから、そんな謙遜な人間になりたい。重病で点字訳の聖書を舌で読む人の顔が喜びに輝いていたり、苦労して育てた一人息子を殺された母がその犯人の受洗を喜んでいたり、客観的に見れば不幸に思われる境遇の人がそうしたことに幸せを感じる心のあり方って、どうしたらそうなれるんだろうか。
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面白かった 面白かった。著者がクリスチャンであることや、神の存在、神を信じることの素晴らしさ、聖書の奥深さなどが書かれていて、目に見えるものしか信じないのは人間の限界に閉ざされているだけ的なことで、実際には人間がはかりし得ないものが存在している、と。ここはまさにそうだと思う。 こ...
面白かった 面白かった。著者がクリスチャンであることや、神の存在、神を信じることの素晴らしさ、聖書の奥深さなどが書かれていて、目に見えるものしか信じないのは人間の限界に閉ざされているだけ的なことで、実際には人間がはかりし得ないものが存在している、と。ここはまさにそうだと思う。 この本は昭和57年に発刊されており、今でこそ、見えないものの存在を認知しつつある学問が出来つつあるが、この昭和のイケイケな時代において、宗教、キリスト教を広げるのは難しかったんじゃないかな、と思う。 個人的な疑問で、キリスト教とスピリチュアルの棲み分け的な考え方は何だろうな、と思った。
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作品が話題にされたことが繰り返された中で触れた三浦綾子作品が面白かったことから、「同じ作者の別作品」と色々と読み進める中で出くわした作品ということになる。興味深く拝読した一冊である。 「道ありき」という題名を冠した、「自伝」とも言われる作品が3冊在る。既に最初の1冊、次の1冊は読...
作品が話題にされたことが繰り返された中で触れた三浦綾子作品が面白かったことから、「同じ作者の別作品」と色々と読み進める中で出くわした作品ということになる。興味深く拝読した一冊である。 「道ありき」という題名を冠した、「自伝」とも言われる作品が3冊在る。既に最初の1冊、次の1冊は読了し、それを踏まえて本作、3冊目を手にして紐解いたのだ。 「道ありき」という題名の下の、過去の2冊は作者の「自伝」であることは間違いないのだが、もっと純粋に「小説」という気分で愉しく読んだ作品であった。作者の「自伝」ではあるが、寧ろ「発表した小説が好評を博し、小説家として名を成した感の女性が、自身の来し方を振り返りながら綴った」という「物語」というように感じられた。 これに対して、「第三部」と銘打つ本作は、過去の2冊と趣が少し異なると思った。 本書は純然たるエッセイ集である。雰囲気としては講演の内容、または何処かで三浦綾子を囲んで何人かが集まって聴いた話しを文字に起こした内容というように感じられる。「第一部」や「第二部」に在った、物語風に来し方を振り返るということでもなく、「思うところを語る中に、過去に綴って世に送り出した、来し方を振り返る内容が少し入る」というように理解しておくと善いかもしれない。 純然たるエッセイ集というように思いながらも、紡がれる言葉の背後に「第一部」や「第二部」に在った“物語”を意識するという面も大きい。 『氷点』で注目され、数々の作品を送り出し続けたという中で本作が「雑誌連載」ということで登場した。結局、「道ありき」の「第一部」や「第二部」に在った様々な出会いと、その背後に在った思索の経過を、改めて人々に問い掛ける内容を纏めた、雑誌連載エッセイとして整理したというのが本作ということになるのであろう。 本作にも言及が在るのだが、「第一部」の殊に前半部の主要な内容となる、何か「棄てた」かのような人生を、幾つかの出会いで取り戻して行くような感、それも病を得ての生活という中でそうした出会いを経験しているということが、三浦綾子が「伝えたいことを綴る人=作家」になって行った出発点に在るのだと思う。数々の挿話を通じて、様々な角度からそうしたことが語られるというのが本作であるというようにも思う。 本作に触れると、それが何と呼ばれているモノであろうと、個人にとっての“光”というようなモノを見出し、それを追い続けながら色々と思索するというのが大切であるということに思い至る。 最近は、何やら「詰まった…」という様子の人も巷には多いような感である。そいう時代であるからこそ、本書は広く読まれるべき内容を含んでいるのかもしれない。そんなことを想った。
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