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西田幾多郎 「絶対無」とは何か シリーズ・哲学のエッセンス
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 日本放送出版協会/日本放送出版協会 |
| 発売年月日 | 2006/11/29 |
| JAN | 9784140093368 |
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西田幾多郎 「絶対無」とは何か
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西田幾多郎 「絶対無」とは何か
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商品レビュー
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3件のお客様レビュー
〈わたし〉の起源と有無をめぐって。主語ではなく述語としての〈わたし〉。哲学書らしい哲学書だ。西田は紛れもなく哲学者だった。 本文に時折出てくる注がなにより興味深かった。 ・p24。哲学の難解な表現の多くは、通常の言語では表現できないほど自明なことを表現している。 ・p69。哲...
〈わたし〉の起源と有無をめぐって。主語ではなく述語としての〈わたし〉。哲学書らしい哲学書だ。西田は紛れもなく哲学者だった。 本文に時折出てくる注がなにより興味深かった。 ・p24。哲学の難解な表現の多くは、通常の言語では表現できないほど自明なことを表現している。 ・p69。哲学は科学と違って非民主的な営みで、凡人は天才の並外れた技芸の前にただひれ伏すしかない。ここで、天才とは普通の人が即座にわかってしまうことがなぜかどうしても分からず、しかも信じがたいほど諦めが悪く、執拗にその理路を問い続ける化け物のこと。 ・p83。私は主体ではなく場所であり、しかも絶対無の場所である。
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とにかく言っていることに根拠がない。言葉遊びにしか思えない。そうした解釈があり得るのはわかるし、著者の中でそれが整合しているのもわかる。しかしそれがわたしたちにとってどういう意味があるのか全然わからない。自己満足なのか? カントだってヘーゲルだってフッサールだってベルクソンだって...
とにかく言っていることに根拠がない。言葉遊びにしか思えない。そうした解釈があり得るのはわかるし、著者の中でそれが整合しているのもわかる。しかしそれがわたしたちにとってどういう意味があるのか全然わからない。自己満足なのか? カントだってヘーゲルだってフッサールだってベルクソンだって、ソクラテスだってプラトンだってアリストテレスだって、自己満足のために哲学はしていない。これは何なのだ?
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西田幾多郎を読んだことがないので、入門書として優れているのかどうかは判断できない。しかし、著者自身がこの本は西田思想の紹介書ではなく西田の思想に沿って自身が思索した結果だと言い切っているので、入門書としての価値云々は問題にならないのだろう。 本書の大半は、西洋思想との対比で西...
西田幾多郎を読んだことがないので、入門書として優れているのかどうかは判断できない。しかし、著者自身がこの本は西田思想の紹介書ではなく西田の思想に沿って自身が思索した結果だと言い切っているので、入門書としての価値云々は問題にならないのだろう。 本書の大半は、西洋思想との対比で西田をどのように位置づけられるかを論じている。デカルトの二義性を出発点に、あり得たもう一つの方向として西田があるという結論は、非常に整理されているが、あまりにきれいに収まりすぎている感もある。しかし、自身でも西田を読んでみたいという気持ちになったという点では、よい入門書なのであろうと思う。
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