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ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読む ちくま学芸文庫
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ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読む ちくま学芸文庫

野矢茂樹【著】

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ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読む ちくま学芸文庫

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 筑摩書房/筑摩書房
発売年月日 2006/04/10
JAN 9784480089816

ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読む

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商品レビュー

4.3

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2025/12/19

ある記載された「事実」が真である、とは何を意味するのか。 それについて考えよう。まず、ここに「現実」がある。また、ここに、「記載された事実」がある。 (「記載された命題」は「現実」の中に物質的実体としてあるのだが、それは今深く考えなくて良い。色即是空のひとつの解釈である。) あ...

ある記載された「事実」が真である、とは何を意味するのか。 それについて考えよう。まず、ここに「現実」がある。また、ここに、「記載された事実」がある。 (「記載された命題」は「現実」の中に物質的実体としてあるのだが、それは今深く考えなくて良い。色即是空のひとつの解釈である。) あるひとつの「記載された事実」はその言語によって想定可能であるような起こり得るすべての事態の集合の、あるひとつの部分集合と関連付けられる。 「現実」をチェックして、それが「記載された事実」と関連付けられる事態の集合に含まれているのであれば、「記載された事実」は「真」であるのである。 例を考えよう。 A. 「甲は乙に名誉毀損を行った。」 B. 「甲は2025年12月15日、お寺の掲示板に『乙は◯月◯日、〈生臭坊主め〉などと甲に向かって言い向け、正法を誹謗した仏敵である。討つべし。』と記載された書面一枚を掲示し、近所の12月22日に撤去した。」 C.「乙は◯月◯日、〈生臭坊主め〉などと甲に向かって言い向けた。」 D. 「甲は、殺し、盗み、噓をつき、詐欺をはたらき、騙し、役に立たない学習をし、他人の妻と交わることを実際に繰り返し行っている生臭坊主である。」 上の4つはいずれも「記載された事実」である。日本語によって想定され得る事態であることは実際に記載されていることから明らかである。 しかし、A.~D.と関連づけられる事態の集合はそれぞれ異なる。順に[A]、[B]、[C]、[D]とする。また、「現実」をチェックして、引数である集合が含まれるかどうかを判定する関数をf(x)とする。 その場合に、事実A.が真であるとは何を意味するのか。 それをチェックするためには、B, C, Dが真であるかどうかをチェックしなければならない。 if f([B]) AND f([]) ・・・(関数の構成は読者への課題とする) then f([A]) = TRUE である。 このようにして、「記載された事実」が真であるかどうかをチェックするのである。 ちなみに、「物体の運動はニュートンの運動方程式に従う」(Neq)も「記載された事実」である。Neqの十分条件(もしくは「系、コロラリー」)であるような「記載された事実」を用いて、物体の運動を予測することは広く行われており、このような「記載された事実」が偽となることは誰も予想しない。こうした「記載された事実」はwell-known factなどと呼ばれる。  *本書には概ねこのようなことが書かれている。例は異なる。 【余談】 それでは、仏典(たとえば、スッタニパータ)に記載された命令(それが真となるような「現実」をあなた自身が行動することで実現すべき「記載された事実」)は、どう考えればよいのだろうか。 スッタニパータ「犀の角」の章には相互に矛盾する次のような命令が記載されている。 「37 友人や仲間を思いやったりすると、心が絆され、自分の目的を失う。親しみというものにはそのような危険が伴うのを見て、犀の一角のようにただ独りで歩め。」 「45 熱心で、心が堅固で、あらゆる危険に打ち勝とうとする友人を得たならば、心弾ませ、意識の覚めた状態を保ちながら、彼とともに歩め」 (今枝 由郎. スッタニパータ~ブッダの言葉~ (光文社古典新訳文庫) Kindle Edition.) これはブッダが助言として与えた言葉を書き留めたものであることを思い起こせば、より一般的な命令である「記載された事実」の十分条件(系・コロラリー)と理解することが可能と納得できるだろう。

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2025/03/16

哲学とは、どのような姿勢、手順で行い、何を目指すのか? それらを論理哲学論考を読むという行為を通じて教えてくれるのが本書。というのが私の印象。 正直、理解できたとは思わないが、何がわからなくて、何をしようとしているかだけは掴めた気がする。 この本を読んで、哲学書にまた挑戦して...

哲学とは、どのような姿勢、手順で行い、何を目指すのか? それらを論理哲学論考を読むという行為を通じて教えてくれるのが本書。というのが私の印象。 正直、理解できたとは思わないが、何がわからなくて、何をしようとしているかだけは掴めた気がする。 この本を読んで、哲学書にまた挑戦してみよう、哲学に挑戦しようとは思った。 日常とは異質の論理や哲学という世界に入ってしまうのが哲学のとっつきにくさだと感じていたが、ウィトゲンシュタインは日常用語の当たり前や曖昧さを明確にしようとする姿勢と手順に共感できた。 野矢茂樹さんは自分の哲学や主観も入っているところが逆にわかりやすいし、熱を感じるところだと思った。 読むのは大変だった。その分、読書とは冊数ではなく、読む時間であり、一人で考える時間をどれだけ取ったかが重要であり、良い本の定義だと再認識した。

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2024/11/02

「ホーキング、宇宙を語る」からここへ。理論物理学もそうだが、何が公理、アプリオリなことなのか考えさせられる。理解は斑だが刺激となる文がたくさん。趣味の読書で初めてメモ取りながら本読んだ。「論考」はとても読めないので著者の分かりやすい意志のこもった解説助かる。

Posted by ブクログ