1,800円以上の注文で送料無料

御前会議 昭和天皇十五回の聖断 中公新書1008
  • 新品
  • 書籍
  • 新書
  • 1226-26-01

御前会議 昭和天皇十五回の聖断 中公新書1008

大江志乃夫【著】

追加する に追加する

御前会議 昭和天皇十五回の聖断 中公新書1008

684

獲得ポイント6P

在庫なし

発送時期 1~5日以内に発送

商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 中央公論社/
発売年月日 1991/02/25
JAN 9784121010087

御前会議

¥684

商品レビュー

3.7

4件のお客様レビュー

レビューを投稿

2025/08/21

天皇の戦争責任を追及する前提で書かれているので多少バイアスがある。御前会議が大本営の歴史とリンクしていることが理解できるのはいいのだが、15回が時系列に論じていない点が少々わかりにくい。

Posted by ブクログ

2024/11/02

 著者によれば『日本の参謀本部』の続編という位置付け。陸軍予科士官学校から航空士官学校に進学、在学中に日本敗戦を迎えたという経歴からもうかがえるように、(しばしば混乱しがちになる)軍組織の制度的な検討を軸とする重厚な議論となっている。本書でも、日清・日露戦争と日中戦争・アジア太平...

 著者によれば『日本の参謀本部』の続編という位置付け。陸軍予科士官学校から航空士官学校に進学、在学中に日本敗戦を迎えたという経歴からもうかがえるように、(しばしば混乱しがちになる)軍組織の制度的な検討を軸とする重厚な議論となっている。本書でも、日清・日露戦争と日中戦争・アジア太平洋戦争期の大本営の制度上の違いを具体的に指摘、軍命としての大本営を設置することで、政治(内閣)の意志決定が大きく制約されてしまったという事態が追究されている。  その上で、昭和天皇裕仁の政治=軍事指導者としての無責任ぶりを厳しく論じていくくだりは迫力があった。裕仁は『独白録』で、自らを一貫して立憲君主的に振る舞おうとしたと言い、明治天皇を尊敬していると言いながら、日清・日露戦争の前例に学ばず、軍事戦略が政略を引きずるかたちでの大本営設置を容認し、その結果自らが「開戦」「敗戦」を積極的に決断せざるをえない立場に立つことになった。本書の副題は、戦後強調された「聖断」神話がいったい何を見えなくさせているかを改めて突きつめるものとなっている。「あとがき」で1991年12月のオーストラリアでの体験を書き込みながら、「1990年代=ポスト冷戦期」的な戦争認識の展開可能性について言及しているところも重要。

Posted by ブクログ

2021/07/20

結局のところ御前会議の場は何も決断できる場所ではなくて、でも最後は「御聖断」を賜る必要がある、という構造上の矛盾を含んだ場で。でも巷でいわれるように昭和天皇にはもっとできることがあったんじゃないか、戦争継続は意思だったのではないか、とは思わされる。 難しかった。不明なところは読み...

結局のところ御前会議の場は何も決断できる場所ではなくて、でも最後は「御聖断」を賜る必要がある、という構造上の矛盾を含んだ場で。でも巷でいわれるように昭和天皇にはもっとできることがあったんじゃないか、戦争継続は意思だったのではないか、とは思わされる。 難しかった。不明なところは読み飛ばしつつ、読了。いつかもう一回読みたい。

Posted by ブクログ