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それでもやっぱり日本人になりたい
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 五月書房/ |
| 発売年月日 | 1999/05/28 |
| JAN | 9784772702980 |
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それでもやっぱり日本人になりたい
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かつてグロータースの『誤訳』を読み、なにごとにも厳しいオランダ人宣教師&学者というイメージをもっていた。しかしまるで違った。柔軟で人間味にあふれ、そしてベルギー人だった。 W.A. グロータース(1911-99)。言語学者で、カトリックの司祭。1939年から中国語を学び、中国で布...
かつてグロータースの『誤訳』を読み、なにごとにも厳しいオランダ人宣教師&学者というイメージをもっていた。しかしまるで違った。柔軟で人間味にあふれ、そしてベルギー人だった。 W.A. グロータース(1911-99)。言語学者で、カトリックの司祭。1939年から中国語を学び、中国で布教。しかし、戦争のため、収容所の生活を余儀なくされ、その後は軟禁生活。戦後、北京輔仁大学教授になったが、ベルギーに一時帰国している間に、中華人民共和国が成立し、再入国は叶わなかった。しかたなく日本へ。日本語を学び始めたのはなんと39歳になってから! 読みどころは中国時代。赴任地は大同、移動はラバかロバかウマ。彼の持ちラバの習性がおもしろい。佳境は、北京での軟禁下、あのテイヤール・ド・シャルダンとの出合い。学問と信仰をめぐって、彼を師と仰ぐことになる。 後半は日本。サイクリストのエピソードが印象的。夏休みには、友人とあるいは単身で、日本全国津々浦々を、77歳まで走り回った(火野正平か!)。それと、カトリックの司祭なので生涯独身だったが、女性が嫌いなわけじゃなかった。教えに行っていた女子大では、ミニスカートの学生を見て喜んでるし、旅先の写真では肩組んじゃって写ってたりする(またしても火野正平!)。 本書は1999年5月の出版。その3カ月後に88歳で亡くなった。墓は府中のカトリック墓地にある。
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グロータースさんと言っても一般の人はほとんど知らないかもしれないが、日本における方言地理学の父とも言える人である。グロータースさんは日本を愛し、日本人になりたいとさえ言った。それほど日本を心から愛した人である。ドナルド・キーンさんもそうだったが、日本を愛してくれる人たちは外国人に...
グロータースさんと言っても一般の人はほとんど知らないかもしれないが、日本における方言地理学の父とも言える人である。グロータースさんは日本を愛し、日本人になりたいとさえ言った。それほど日本を心から愛した人である。ドナルド・キーンさんもそうだったが、日本を愛してくれる人たちは外国人にもたくさんいるのだ。グロータースさんはカトリックの神父として(したがって生涯独身)日本で布教活動をしながら言語学者として大きな功績を立てた。グロータースさんはベルギーのオラン語地区で生まれる。本来アフリカ布教を願っていたが肋膜炎を患ったことで中国へ布教先が代わり、のち中国が共産化し再入国できなくなった結果、漢字を使う日本へ来ることになったというわけである。そして、そのまま半生を日本で過ごした。不思議と言えば不思議な縁である。その最初の布教先は豊岡、ぼくは一度しか行ったことがないが、ここは親戚がいるから名前を聞いただけで懐かしくなる町だ。グロータースさんはその後東京へ赴任先が代わり、国語研究所にいた柴田武さんと知り合うことで、20年にもわたって言語調査とかかわりを持つことになった。本書はグロータースさんの生涯のラフなスケッチとともに、日本人に対する暖かいまなざし、神とのかかわりを描いたものである。本書を読んでいるとグロータースさんの暖かさとともにおちゃめな性格が伝わってくる。
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