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中世シチリア王国 講談社現代新書
924円
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 講談社/ |
| 発売年月日 | 1999/09/20 |
| JAN | 9784061494701 |
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中世シチリア王国
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中世シチリア王国
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商品レビュー
3.7
15件のお客様レビュー
タイトル通り、ノルマン人が支配者であった頃の中世シチリア王国を取り扱う。 あまり日本では大きく扱われることがないが、ヨーロッパ、ビザンツ、イスラムの3つの文化・人が混淆し共存した稀有な時代を扱っている時点で、痒いところに手が届く一冊……。 と期待したが、読むと何とも痒いところに手...
タイトル通り、ノルマン人が支配者であった頃の中世シチリア王国を取り扱う。 あまり日本では大きく扱われることがないが、ヨーロッパ、ビザンツ、イスラムの3つの文化・人が混淆し共存した稀有な時代を扱っている時点で、痒いところに手が届く一冊……。 と期待したが、読むと何とも痒いところに手が届かない。 1章をプロローグとし、2〜6章が中世シチリア王国の歴史、7〜8章が都市経済文化などを扱う。 筋立てはすっきりしていて、全体を見通すには本書は悪くはないと思う。 ただ、とにかく具体的な記述が乏しく、「何でそんなに上手くいったのか?」というのが見えず、とかく読んでいてイメージが湧きづらい。 例えば、戦闘に関する叙述を一つ例に挙げると 「こうして、グイスカルドゥスは、生涯最大の危機に直面することになる。しかし、彼は首尾よくこの征討軍を破り、1080年までにすべての反乱を鎮圧することができた」。 戦力差も分からないので危機の具合も分からなければ、どんな戦闘が行われたかもわからない。 その後も、シチリア王国の2代目以降の王政期にも何度か国内反乱の事実が記載されるが、この頃官僚制が整備されて王自身はあまり政治に関わっていないという。にもかかわらず、反乱が広がると王がようやく前線に出向き、また一行で「鎮圧した」とのみ記載される。どうにも淡々とした描写で、王国やその周辺の政治バランスや軍組織の状態も分からなければ王個人の性格や評価も見えてこない。 他に、政治体制について論じたところを挙げると、この王国の特徴は、王を支える「王国最高顧問団」と呼ばれる重臣たちを筆頭とした寡頭体制の下、優れた官僚組織が行政を行なっていたものと記載がある。しかし、この最高顧問団については、何故か「誰が務めたのか」という点には紙幅を割くのだが、具体的な働きぶりについてはやはりあまり記述がない。更にその下層の行政組織は、当時のヨーロッパの中では最も高度化された組織であったという評のみ紹介されるが、具体的にどういう組織体制でどう機能していたかは今ひとつ深く語られない。137ページに図表にて初めて記されるが、何か書いてあるようで大した情報もない。ある組織の業務内容は一言「行政上のすべてのこと」と記されるのみである。これでは、ふーん、としか思わない。 そして、この具体性の不足が極まるのは、この時代を研究する意義を下記のように述べる箇所である。 「三つの文化的要素が一つの王国内に併存している状況は、それぞれの文化的要素を同じ文脈の中で比較することを可能にさせる。それによって、歴史家たちが作り上げてきたラテン・カトリック世界、ギリシャ・東方正教世界、アラブ・イスラム世界のイメージを比較・相対化し、再検討する道が開かれることになる。王国研究は、このように、単なるヨーロッパの歴史を超えてより広い歴史研究上の意味を持っているのである」 なるほど、意義深い。 だが、「それぞれの文化的要素を同じ文脈の中で比較する」例の一つも挙げてはくれない。やはり具体例がなく、素人にはシチリア王国の歴史から照射できる新たな三つの文化の比較論は例えばどういうものか、イメージできないまま本書は終わる。 中世シチリア王国の歴史を論じている、日本語で読める一般向け書物という時点で有り難いことこの上ないし、発見もたくさんあったのだが、それぞれの章でもう一歩ずつ深く踏み込んだ記述があれば、ぐっとこの時代の歴史のイメージも湧くし、研究の意義や方向性も感じられたのだろうになあと、惜しい気持ちのほうが強く残る。 なお、本書は人名表記は頑なにラテン語表記にこだわっているので、そこは少し分かりづらいかも。(例えば、ロベール・ギスカールは、ロベルトゥス・グイスカルドゥスだし、ルッジェーロはロゲリウスである)
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pp.146-7 ロゲリウス二世二使えた地理学書イドリーシーは、『世界各対を深く知ることを望む者の慰みの書』の中でこの町(パレルモ)を次のように描写している。数ある町の中で、パレルモは最も大きく最も美しい町であり、滞在としてもすばらしい町であった。この町には、尽きることのない栄光...
pp.146-7 ロゲリウス二世二使えた地理学書イドリーシーは、『世界各対を深く知ることを望む者の慰みの書』の中でこの町(パレルモ)を次のように描写している。数ある町の中で、パレルモは最も大きく最も美しい町であり、滞在としてもすばらしい町であった。この町には、尽きることのない栄光が存在し、有り余る優雅さがあった。そして、歴代の王が住まう町であった。この町は会がいい沿いにあり、その西側には高くて大きな山がある。海寄りには、日当たりのよい居住区がある。この町は美しい建物で満ちあふれ、旅人達は、これらの建物や洗練された工芸品の評判にひかれて、町を歩き出すのだった。 pp.168-172 (「十二世紀ルネサンス」とは)千九百二十七年にチャールズ・ハスキンズという中世史家が『十二世紀ルネサンス』という書物を著して以後、多くの人々の間で知られるようになった言葉である。この書物は、十二世紀の西ヨーロッパがそれまで考えられていたような「暗黒時代」ではなく、ルネサンスと同じように文化活動が盛んな時代であったことを明らかにし、西欧中世に対する人々の見方を大きく転換させた。 …… ところで、このハスキンズの十二世紀ルネサンス論において重要な位置を占めるのは、スペインとシチリア、北イタリアにおける翻訳活動である。 …… このような視点から、シチリア王国は西欧が東方文化を受け入れる場所とみなされてきた。そして、王国における翻訳活動や王国を訪れた西欧の知識人たちがとりわけ注目を浴びてきた。 …… シチリア王国が西欧の東方文化を受け入れる場所であったことに間違いはない。……シチリア王国がヨーロッパに対して果たした役割は、いくら強調しても強調しすぎることはないであろう。 …… しかし、私たちは、そのようなヨーロッパにとっての意味だけにこだわる必要もない。時間枠と空間枠を少し広げてみれば、この現象が複数の文化圏の間で生じる文化移転の一部であることが用意に理解されるはずである。 …… さらに広く時間枠と空間枠を広げてみるならば、この王国は、人類の経験としての文化交流と異文化接触に関して、豊富な実例を提供している。異文化接触や交流が恒常化しつつある現代世界にあってみれば、シチリア王国で生じた現象は、私たち自身の世界を理解するための重要な示唆を与えてくれるはずである。
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塩野七生さんの「フェルディナンド2世」を読んでから中世シチリア史に興味がありますが、こちらは彼の前の時代について、さらっと書いてあり,楽しめました。関連本読みたいです。
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