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この一冊で「哲学」がわかる! プラトン、カント、ヘーゲルから現代哲学まで
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 三笠書房/ |
| 発売年月日 | 2004/03/01 |
| JAN | 9784837920755 |
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この一冊で「哲学」がわかる!
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この一冊で「哲学」がわかる!
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商品レビュー
4
3件のお客様レビュー
普通,このような本では,内容が浅すぎて本質に辿り着かないか,狭すぎて分野を網羅できないものだが,内容も量も深く多く丁度良い。また,肝心の説明文章だが,普通,このような本では,難しすぎるか,或いは小学生に語りかけるぐらい簡単過ぎて間抜けな文章になりがちだが,丁寧に丁寧に難しい用語,...
普通,このような本では,内容が浅すぎて本質に辿り着かないか,狭すぎて分野を網羅できないものだが,内容も量も深く多く丁度良い。また,肝心の説明文章だが,普通,このような本では,難しすぎるか,或いは小学生に語りかけるぐらい簡単過ぎて間抜けな文章になりがちだが,丁寧に丁寧に難しい用語,システムを説明しつつ,ジリジリと哲学の本質に迫って行き,扱う内容が難しく複雑になってゆく。各哲学者の思考経路のみならず,生き様をもまとめており,まさしく力強きガイドブックである。評価を4としているが,5としたいところである。また読み返したい!
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分かりやすい哲学史です。 カント持ち上げすぎ そしてニーチェをこきおろしすぎ …なるほど、キリスト教の人だったのね。
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信念は個人的な信仰のようなものであるのに対して、哲学は経験を土台にしているが論理的に矛盾しないものとなっている。 哲学的思考は、自動車の構造を知るようなもので、故障が発生したときにある程度役に立つ。根本から考えた場合と見えている部分についてしか考えてない場合との差が出てくる。つ...
信念は個人的な信仰のようなものであるのに対して、哲学は経験を土台にしているが論理的に矛盾しないものとなっている。 哲学的思考は、自動車の構造を知るようなもので、故障が発生したときにある程度役に立つ。根本から考えた場合と見えている部分についてしか考えてない場合との差が出てくる。つまり、一度は根本から考えておかないと何か問題が持ち上がった場合、いつもその場だけの応急対応しかできない。 冷徹な人間が冷徹であるのは想像力がないからだ。想像力を養うために読書しましょう。 神々は互いにいさかいを起こしたり、傲慢や欲望や越権によりそれ相応の復讐や罰を受けている。とすれば、神々を支配し縛るような原理が背後にあるはずである。 「我思う、ゆえに我あり」これは、論理的に飛躍があり、「私は考える。だから”考え”が存在する」というのが自然な発想。 スピノザ:身体と精神はバラバラでありながら、同時に並行しているという考えを「心身並行説」 「自由の人」の条件 ?受動感情から脱して理性によって自分を支配すること。 ?神の様々な様態であるあらゆることを認識することにより、そこに神を認識すること。 ?すべてのことの本質を神の永遠なる本性の中に直観できるようになる。 こうして神の完全に近づいていく喜びこそ、神に対する知的愛である。 カント:経験をそぎ落としたあとでも共有されているものこそ普遍的なもの。 自由とは、自然の因果を超越した世界で意志決定して行動すること。自然の因果律の例:空腹だから食べる、死にたいから死ぬ、頭にきたから喧嘩する 道徳律:理性が決めた「すべし」という定言命法。 実践理性に従った行動は、因果と自然を超越しており、意志と一致する。 ヘーゲル:弁証法「矛盾するものも上の段階にいくと否定されるものではなくなる」 「意識が変われば、対象も変わる」知のレベルによって世界のあり方が変わってくる。 「友は友を呼ぶ」という諺も、同レベルの人間が同じような世界を見ているから話が合うということに由来する。 例:現在において富んだ者が多くあり、その一方で難民が増えていますが、この矛盾がいつかは統合される事態が来る。しかし、その中にも矛盾する要素が現れ、また別の形で解消、統合されていく。 ヘーゲルの哲学によると、人間は個人として独立して存在するのではなく、常に国家という全体の部分という存在であり、国家に依存する非自立的なものであり、人間の価値についてもいつも国家との関係においてのみ測られる。 キルケゴール:人間が歩む「三つの実存段階」 ?<美的実存の段階>行動や選択の理由が美や快楽になっているという段階。 ?<倫理的実存の段階>人間性の精神性に目覚め、倫理的に生きようとする段階。 例:高い人格を持った人物に近づこうとする段階で、これが極まると自分の無力さに突き当たる。 ?<宗教的実存の段階>重なる絶望の果てに、自己を神にあずける段階。 理性を超えた不条理な信仰。 ヤスパース:人間が本来の自己自身に立ち戻ることを助成する 世界という全体を理解できないのは、人間はいつも全体という鍋の中にいるから。 世界が認識不可能だとわかった以上、世界を鳥瞰できないとわかった以上、人間はどう生きるべきなのか。必要なのは、すべてを包括できるような新しい合理的客観性を持った方法を探すことではなく、自分の可能性に向けて人間らしく生きることである。 ハイデガー: 人間は関わることによって「存在」の意味を開示させていく。 例:ゴムの木は植えられいるだけでは単なる事物存在にすぎない。ゴムの木から樹液を採取して加工することによって道具存在としての意味を与える。 死は人生を「限定された」時間にする。つまり、価値のある一瞬の連続に変貌させるのだ。 サルトル: 人間は本質に先立つ実存である。よって人間の本質とは何か聞かれても答えることはできない。 人間は「何かから自由になる」のではなく、もともと自由であること以外の存在を選べない。 絶えず実存であり続ける人間は、絶えず行動の選択を強いられている存在であり、状況の中で何らかの行動をするようにと拘束されている存在が人間なのである。
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