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苦海浄土 新装版 わが水俣病 講談社文庫
913円
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 講談社 |
| 発売年月日 | 2004/07/14 |
| JAN | 9784062748155 |
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苦海浄土 新装版
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苦海浄土 新装版
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商品レビュー
4.5
102件のお客様レビュー
「白状すればこの作品は、誰よりも自分自身に語り聞かせる、浄瑠璃のごときもの、である」 この話はまさに「苦界」と「浄土」である。 先に読んだ第三部を前作に比べジャーナリズムに重きを置いたとする感想があったがその意見もよくわかる。泥臭く人間味の強烈な本作と比べれば確かに第三部はドラ...
「白状すればこの作品は、誰よりも自分自身に語り聞かせる、浄瑠璃のごときもの、である」 この話はまさに「苦界」と「浄土」である。 先に読んだ第三部を前作に比べジャーナリズムに重きを置いたとする感想があったがその意見もよくわかる。泥臭く人間味の強烈な本作と比べれば確かに第三部はドライとも言える。 これは正確な聞き書きではなく「あねさん」として当事者と接する内に著者の中にふくらんだものが形になったという本作。このことが「浄瑠璃」との形容に繋がったのだろうか。 この聞き書きでないことを述べた「石牟礼道子の世界」も「水俣病の五十年」も解説もとても読み応えがある。新装版を読んで良かった 補償という責任があるのはわかっているがやはり今チッソで働く従業員がどう捉えているかが気になってしまう。特に転職サイトの口コミに「水俣病補償のことがあるので潰れることはない」と書き込むような人の 水俣病わかめといえど春の味覚。そうおもいわたくしは味噌汁を作る。不思議なことがあらわれる。味噌が 凝固して味噌とじワカメができあがったのだ。口に含むとその味噌がねちゃりと気持わるく歯ぐきにくっついてはなれない。わかめはきしきしとくっつきながら軋み音を立てる。 「銭は一銭もいらん。そのかわり、会社のえらか衆の、上から順々に、水銀母液ば飲んでもらおう。上から順々に、四十二人死んでもらう。奥さんがたにも飲んでもらう。胎児性の生まれるように。そのあと順々に六十九人、水俣病になってもらう。あと百人ぐらい潜在患者になってもらう。それでよか」 白状すればこの作品は、誰よりも自分自身に語り聞かせる、浄瑠璃のごときもの、である 私のたしかめたところでは、石牟礼氏はこの作品を書くために、患者の家にしげしげと通うことなどしていない。これが聞き書だと信じこんでいる人にはおどろくべき知れないが、彼女は一度か二度しかそれぞれの家を訪ねなかったそうである。「そんなに行けるものじゃありません」と彼女はいう。むろん、ノートとかテープコーダーなぞは持って行くわけがない。彼女が患者たちとどのようにして接触して行ったかということは、江津野杢太郎家を訪なうくだりを読んでみるとわかる。彼女は「あねさん」として、彼らと接しているのである。これは何も取材のテクニックの話ではない。存在としての彼女がそういうものであって、そういうふれあいの中で、書くべきものがおのずと彼女の中にふくらんで来たことをいうのである。 一九六二(昭和三十七)年の夏、一人の女の子が静かに息を引きとった。この子が解剖され、"胎盤を通じておこった水保俣"(胎児性水俣病)と診断されたことで、この年の十一月に十六名が同時に胎児性水俣病と認定されたのである。先の言葉どおり、誰かが死亡してやっと認定されたのである
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聞き書かと思う如きの表現。 風、光、揺らぎ、美しき自然・景観、自然の恵みを海の中きら陸の上までを表現し、そこに発現した水俣病、人の生活、水俣市までを侵蝕し、分断していく様を感じ、読む。 自然の恵みを主とした住民は、弱者なのか。 自分の生活、経済発展のためには、このような歪み・...
聞き書かと思う如きの表現。 風、光、揺らぎ、美しき自然・景観、自然の恵みを海の中きら陸の上までを表現し、そこに発現した水俣病、人の生活、水俣市までを侵蝕し、分断していく様を感じ、読む。 自然の恵みを主とした住民は、弱者なのか。 自分の生活、経済発展のためには、このような歪み・痛みは甘受しても仕方ないのか。自分ではない誰かが…。 3.11の原発を思い出す。首都圏のために、首都圏外に原発を作り、電力を送ってもらい、原発被害は使用者ではないということ。 水俣市民のうちの水俣病患者の割合。少ない患者のために、他の水俣市民(チッソ勤め人達)が被る負担は受け入れないという多数決意識。 自分の子供や親、身内であれば多数決ではなく、0か1でしかないだろう。他人事であり、自分の暮らし優先。その暮らしのための犠牲者にもかかわらず。 チッソ、水俣市長には憤り。 別の本で、水俣市の街づくりを読んだ。まだ過去の話にはなっておらず、今も残る分断を融和・融合がテーマだったと思う。 発語できなくなった、水俣病患者は何を感じていたのだろうか。都市に住む住民として、責任を感じる。
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生涯忘れられない一冊。大学院の文学の先生が紹介してくれて、ゼミ生で読んだから余計に忘れられないんだろうと思うけど、それを差し引いてもあらゆる角度から水俣病の側面を切り取っていて。もちろん写真だから伝えられること、写真を見ているからこそ想像を補っているんだってことはわかるけど、小説...
生涯忘れられない一冊。大学院の文学の先生が紹介してくれて、ゼミ生で読んだから余計に忘れられないんだろうと思うけど、それを差し引いてもあらゆる角度から水俣病の側面を切り取っていて。もちろん写真だから伝えられること、写真を見ているからこそ想像を補っているんだってことはわかるけど、小説だからこそ伝わってくるものもある。
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