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気流の鳴る音 交響するコミューン ちくま学芸文庫
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気流の鳴る音 交響するコミューン ちくま学芸文庫

真木悠介(著者)

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気流の鳴る音 交響するコミューン ちくま学芸文庫

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 筑摩書房
発売年月日 2003/03/10
JAN 9784480087492

気流の鳴る音

¥1,056

商品レビュー

4.3

34件のお客様レビュー

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みんなの感想まとめ
  • 人間の欲求探求
  • 近代と土着の対立
  • 科学と非合理の共存
  • 根と翼のバランス
  • 超自然的要素の旅
  • 思索を促す読書
  • 自分自身の物語発見
  • 高揚感をもたらす一冊
  • 大切な人に勧めたい
  • 心に響く深いテーマ

人間の根源的な欲求を探求し、近代と土着的な生活の対立を描く本書は、読者に深い思索を促します。恐怖や老いといったテーマに対峙しながら、科学的な視点で非合理的なものをも受け入れる姿勢が印象的です。特に、根を持つことと翼を持つことのバランスを探る旅が、読者に共感を呼び起こし、自分自身の生活の物語を見つめ直すきっかけを与えます。超自然的な要素を取り入れつつも、近代の枠組みに縛られない自由な視点が魅力で、読了後には高揚感が残ります。大切な人に勧めたくなるような、心に響く一冊です。

※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。

2026/09/22

現代社会において”心ある道”を進むことの苦悩を感じながら、いつかそんな風に生きるための練習をするために、人生でこれは何度も読み返すべき作品だと思う 根と翼についてもう少し考えたい あとドンファンの本も読みたい

Posted by ブクログ

2026/05/04

真木悠介(本名見田宗介)が1977年『展望』に発表したいくつかの論文をまとめたものだ。彼は時間論、自我論、関係論などを主題にした比較社会学者で、東大教授時代のゼミ出身者には大澤真幸、宮台真司、小熊英二らがいる。 「私がこれから数年の間やりたいと思っていことは、 <コミューン論を...

真木悠介(本名見田宗介)が1977年『展望』に発表したいくつかの論文をまとめたものだ。彼は時間論、自我論、関係論などを主題にした比較社会学者で、東大教授時代のゼミ出身者には大澤真幸、宮台真司、小熊英二らがいる。 「私がこれから数年の間やりたいと思っていことは、 <コミューン論を問題意識とし、文化人類学・民俗学を素材とする、比較社会学>である。私は人間の生き方を発掘したい。とりわけその生き方を充たしている感覚を発掘してみたい。・・・コミューン論は、人間と人間との関係のあり方を問うばかりでなく、自然論、宇宙論、存在論をその中に包括しなければならない。」と始まる。 カエルやネコやミミズやミツバチが、温度や湿度や気圧や地熱、あるいはそれ以外の要素のきわめて微小な変化に対して、人間を超えた敏感さや「知恵」をもっていることがありうる。 『創世記』バベルの塔の伝説で、人間は文明に驕り天までとどく塔をたてて大いに名をあげ大地の仲間から抜きんでてひとり高くあらんとした。塔は文明の高さの象徴で、代償は原初的、普遍的な交信能力の喪失であった。人間は次第に「言語」によってしかものを感覚しなくなり、したがって異なった民族相互の交信が不能になるばかりでなくそれぞれの民族の内部でも、言語という媒介された方法によってしか共同性を存立させえなくなっている。 梢や風、カラスや草花、ネコや魚、ウズラや灌木、 これらのことばが言語でないことは当然である。 しかしわれわれの耳は言語へと疎外されているから、すべての<ことば>を言語として聞く。そして言語化しえないことばはきこえない。というふうに感受性と交信能力を自己限定する。 インディオの<トナール>と<ナワール>の概念について、彼らはそれを動物または精霊の表象へ具象化するとイメージする。 トナールは社会的人間、人間における間主体的(言語的・社会的)な「世界」の存立の機制そのもの。 「太初に言語ありき」(ヨハネの福音書)、われわれの生きる「世界」は「言葉」によってはじめて構造化された「世界」として存立する。 人間が自己の<トナール>とのかかわりにおいて、そこに向かって自己疎外してゆく。 <トナール>はやりかたが周到で嫉妬深い、重要な部面だからしまいに変質し守護者から看守になってしまう。本来心が広い守護者でなければならないのにわれわれの中で狭量で専制的な看守になってしまう。 人間は生まれた時からしばらくは完全に<ナワール>なのだが、自分が機能するためにはその補完物<トナール>が必要だと感じる。それが発達しわれわれにとって重要なものになり<ナワール>を圧倒してしまう。<ナワール>とはこの<トナール>という島をとり囲む大海であり、他者や自然や宇宙と直接通底し「まじり合う」われわれ自身の本源性である。 近代文明があらゆる種類の本源的共同体とその自然との関係を風化し解体し地表をおおいつくすように、 <トナール>もまたその機能性によってわれわれの内なる<ナワール>を侵略し、抑圧し、包摂してゆく。 言葉による内的な世界分割が完了してしまった時代をわれわれは通常生きる。そしてこの広大な、かつ抑圧された<第三世界>の解放と、それに向かって<トナール>そのものを根底から再編成してゆく課題が、われわれ自身の自己解放と、存在の充実性の獲得の軸としてたちあらわれる。 ・・・・。 1970年代、世界はベトナム戦争などイデオロギー対立の激動期にあった。この作品は見田宗介がメキシコ留学をへて社会学者として思考を重ね集大成したもので、その内容は50年後の今でもまったく色褪せない。そういう考えもあったと簡単に割り切ることのできない、長い時間軸で人類の存在を掘り下げた論考であり彼の覚悟が込められている。 現在ウクライナやイラン戦争で激動する世界情勢下、起こっていることの本質と先行きについて沈黙する学術・言論界を見るにつけ、価値ある切実な考察であったといえる。

Posted by ブクログ

2026/02/05

近代以降のこれからの人間社会のあり方を模索した本。 大枠は前近代と近代、前言語と言語、原宗教と宗教の対比。 近代に凝り固まった私たちにとって、アメリカ原住民の思想は禅問答の実践のようだ。 所有を乗り越える、マルクスの思想の再評価も試みている。 新しい精神を実際にどう実現するか、制...

近代以降のこれからの人間社会のあり方を模索した本。 大枠は前近代と近代、前言語と言語、原宗教と宗教の対比。 近代に凝り固まった私たちにとって、アメリカ原住民の思想は禅問答の実践のようだ。 所有を乗り越える、マルクスの思想の再評価も試みている。 新しい精神を実際にどう実現するか、制度の問題としては全く論じられていない。 「後から生まれてくる人は、それだけ要求されるところも多いのだから、またしても迷ったり、探したりすべきではない。老人の忠告を役立てて、まっしぐらによい道を進んでいくべきだ。いつかは目標に通じる歩みを一歩一歩と運んでいくのでは足りない。その一歩一歩が目標なのだし、一歩そのものが価値あるものでなければならないよ」(『ゲーテとの対話・上』五九頁)にも通じる主張。本書はより神秘性が高いが。 <メモ> ・山岸会では一体性、紫陽花邑では多様性は面白い問題意識(P23) ・音のないオーケストラの指揮者は滑稽に見える。(P77)→信仰などの習俗を理解するには、その「音」をどう伝えるかが肝心では?

Posted by ブクログ

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