気流の鳴る音 の商品レビュー
近代以降のこれからの人間社会のあり方を模索した本。 大枠は前近代と近代、前言語と言語、原宗教と宗教の対比。 近代に凝り固まった私たちにとって、アメリカ原住民の思想は禅問答の実践のようだ。 所有を乗り越える、マルクスの思想の再評価も試みている。 新しい精神を実際にどう実現するか、制...
近代以降のこれからの人間社会のあり方を模索した本。 大枠は前近代と近代、前言語と言語、原宗教と宗教の対比。 近代に凝り固まった私たちにとって、アメリカ原住民の思想は禅問答の実践のようだ。 所有を乗り越える、マルクスの思想の再評価も試みている。 新しい精神を実際にどう実現するか、制度の問題としては全く論じられていない。 「後から生まれてくる人は、それだけ要求されるところも多いのだから、またしても迷ったり、探したりすべきではない。老人の忠告を役立てて、まっしぐらによい道を進んでいくべきだ。いつかは目標に通じる歩みを一歩一歩と運んでいくのでは足りない。その一歩一歩が目標なのだし、一歩そのものが価値あるものでなければならないよ」(『ゲーテとの対話・上』五九頁)にも通じる主張。本書はより神秘性が高いが。 <メモ> ・山岸会では一体性、紫陽花邑では多様性は面白い問題意識(P23) ・音のないオーケストラの指揮者は滑稽に見える。(P77)→信仰などの習俗を理解するには、その「音」をどう伝えるかが肝心では?
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生への意志に生きること、不合理に転げ落ちるように生きること、こうしたことのなかにあるのは、感性や欲求からなる主体性であり、そこでは明晰さが要求されないのかもしれない。『チベットのモーツァルト』や『老子』『チベットの僧院生活』を思い出した。
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抽象的で難解な文章だったが、共感できる部分も多くあった。全体像は把握出来たので、2回目は精読としてじっくり時間をかけて理解したい。
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人生のバイブルとなる本。 あまりにも衝撃的であまりにも魅力的な本だが、むしろ全てにおける基本が書かれている本とも言える。 人生はここから始めなければいけない。 これを読まないことには、まだ本当の人生は始まっていないとすら言えるかもしれない。 ここを起点にあらゆる物事を考え、整理し...
人生のバイブルとなる本。 あまりにも衝撃的であまりにも魅力的な本だが、むしろ全てにおける基本が書かれている本とも言える。 人生はここから始めなければいけない。 これを読まないことには、まだ本当の人生は始まっていないとすら言えるかもしれない。 ここを起点にあらゆる物事を考え、整理し、理解することで、自分の人生を組み立てていく必要がある。
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1979年12月発行。 真木悠介は、社会学者見田宗介の、もうひとつの筆名。 学生時代から何度も読んだ。 真木悠介が、言葉の魔術を遺憾なく発揮した、80年代若者のバイブルと言える。 社会学が青年の悩み自体を真正面から取り扱いうることを知って、誰もが感動した。 カルロス•カスタ...
1979年12月発行。 真木悠介は、社会学者見田宗介の、もうひとつの筆名。 学生時代から何度も読んだ。 真木悠介が、言葉の魔術を遺憾なく発揮した、80年代若者のバイブルと言える。 社会学が青年の悩み自体を真正面から取り扱いうることを知って、誰もが感動した。 カルロス•カスタネダの迫ったアメリカインディアンの知を頼りに、現代の知のあり方を大きく転換してみせる衝撃的な書。 「人間の解放とは何か」を、北米ポピインディアンの思想を準拠として、近代西洋的なしがらみを取っ払って、読者の心を揺さぶる。
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最初は、インディオは何を言ってるのかなと思うが、読んでいくと分かってくるのが面白い。 異なる世界に片足を踏み入れる感じ、理性の蓋を半開きにする感じが、スポーツに似ていると思った。
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バイブル。大事な人には、これを読んでほしいと渡し続けるだろうし、わたしはこの本と生きていきたい!ずっと出会いたかった、ずっと待ってた、とふしぎなことを思ってしまったくらい。
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今年亡くなられた見田宗介さんの名著。大学時代に出会い、人生の節目節目で何度か読んできた座右の書で、読むたびに新しい発見がある。 常に自分のものの見方が狭い枠組みに囚われているかもしれないことを思い、そこから外に出ようとする営みをやめないこと(「翼」)。言葉にできない、より大いなるものに感覚を開き、そこに根ざすこと(「根」)。そういう姿勢を持ち続け、「心ある道」を歩いていきたいと自分も思う。
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真木祐介のペンネームで書かれている、見田宗介氏の著書。 1977年に発行された。 自分は1975年生まれなので、ほぼ同い年くらいの本だ。 ドン・ファンやドン・ヘナロという名のインディオの生活から、現代社会を生きる知恵を探る試み。ドン・ファンはカスタネダというアメリカ人にインディ...
真木祐介のペンネームで書かれている、見田宗介氏の著書。 1977年に発行された。 自分は1975年生まれなので、ほぼ同い年くらいの本だ。 ドン・ファンやドン・ヘナロという名のインディオの生活から、現代社会を生きる知恵を探る試み。ドン・ファンはカスタネダというアメリカ人にインディオの知恵を授けていく。そのカスタネダの書いた本を通して、著者はエッセンスを抽出していく。その結晶が本書。読後、著者の素晴らしい知性に圧倒された。ドン・ファンの教えは決して易しい内容ではないが、それを非常にわかりやすく概念化していく。著者の世代の知識人(エリート)の知性の高さには本当に驚かされる。 元々この本は、ジャーナリストである神保哲生さんと社会学者の宮台真司さんがやってる「マル激・トーク・オン・デマンド」にて、見田宗介氏の追悼番組で知った。宮台さんは見田宗介氏の弟子にあたるらしく、現在宮台さんが発する言葉の節々に、この本の影響が垣間見える。 自分は普段から宮台さんの発言に触れているので、この本の内容はスッと腹落ちした。それは、マル激を20年近く見続けているからだろう。いきなりこの本を読んだら、結構難しい内容だったと思う。 とりあえず読み終えたが、それほど長い本ではないので、また何回か読み返すと思う。都度、内容を頭に入れて身体で実践できるところまで内在化しないと、すぐに忘れてしまう。「今を生きる」ことや「生きている奇跡」を味わう、という感覚は、日々の忙しさに振り回されていると忘れてしまうので。 これを機に、見田宗介(真木祐介)氏の別の本も色々と読んでみようと思う。
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比較社会学の本とのことだが、私としてはあまり内容が入ってこなかった。 事前にこの本の元となったこの本にも出てくる人類学者カルロス・カスタネダのドン・ファンシリーズ?というものを読んだ方が方が良いらしい。 読んでいて気になった部分は以下の二カ所で "「その男は自分の...
比較社会学の本とのことだが、私としてはあまり内容が入ってこなかった。 事前にこの本の元となったこの本にも出てくる人類学者カルロス・カスタネダのドン・ファンシリーズ?というものを読んだ方が方が良いらしい。 読んでいて気になった部分は以下の二カ所で "「その男は自分の一生で見ることもなく、ただ年をとってきただけだ。」ドン・ファンはいう。「今彼はこれまでにもまして自分を憐れんでおるだろう。彼は勝利にひきつづく敗北ばかりをみてきたから、四十年をむだにしたと感じてをるんだ。勝利することも敗北することも同じだってことが彼にはけっしてわかるまいよ。」「おまえの友人にとっては努力が敗北に終わったからそれには価値がないのだろう。わしにとっては勝利もないし敗北もない、空虚さもない。すべてのものがあふれんばかりに充実しておる。」 " "「おまえは人を好いたり人に好かれたりすることに気をつかいすぎるぞ。知者は好きになる。それだけだ」 " このドン・ファンの考え方が、現代の過度な競争社会と、SNSなどITが発達したことによって他人からの(への)評価が過度に気になってしまう我々への強烈な反論になっているように思う。
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