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「私」の存在の比類なさ
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「私」の存在の比類なさ

永井均(著者)

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「私」の存在の比類なさ

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 勁草書房
発売年月日 1998/02/25
JAN 9784326153312

「私」の存在の比類なさ

¥2,750

商品レビュー

4

3件のお客様レビュー

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2014/10/20

2回目です。 (2014年10月20日) 2回目、読み終えました。 (2015年02月11日)

Posted by ブクログ

2010/07/20

文庫化されたということで記念(?)に。読みたい。 割と昔の本だったのね・・思考の最新を追えていないな、ちょっと反省。

Posted by ブクログ

1998/02/01

<私>に関する想像は、現実世界においてそれがもつあらゆる性質を超越しうる。だから、今たまたま永井均である<私>が、他の人物であることさえも想像可能なのである。じっさい、<私>は永井均以外の誰であることも可能だった。つまり、<私>が永井均であることは偶然的なことなのである。それゆえ...

<私>に関する想像は、現実世界においてそれがもつあらゆる性質を超越しうる。だから、今たまたま永井均である<私>が、他の人物であることさえも想像可能なのである。じっさい、<私>は永井均以外の誰であることも可能だった。つまり、<私>が永井均であることは偶然的なことなのである。それゆえ、偶然性に二つの水準を区分することが必要になる。ある特定の人物に関する偶然性とある特定の人物であることの偶然性である。(p.34) ウィトゲンシュタインは、次のように書いている。 世界霊魂がただひとつ現実に存在する。これを私はとりわけ私の魂と称する。そして、私が他人の魂と称するものも、もっぱらこの世界霊魂として把握するのである。(p.48) 今の場合、驚きはこの私の存在というあまりに自明であるため通常は驚かれるどころか問題にされることさえない事実にある。その驚きは、過去・現在・未来の無数の人間のうち、この人間が、そしてこの人間だけが、私であり、他はそうではない、という事実の持つ<偶然性>と、それら無数の人間のどれも私ではない(私は存在しない)こともできたはずなのに、実際にはそうなっていない、という事実の持つ<奇跡性>という、二つの驚きに分解することができる。(p.74) 世界がこのように存在すること、たとえば永井均と名づけられたその人間が存在し、いま信州大学の「教官」であること、は奇跡である。これをスピノザ的奇跡と呼ぼう。だが、その永井均が<私>であること、それは世界がこのように存在することには還元できない別の奇跡である。なぜなら、永井均が現状とまったく同様な仕方で存在していながら、それが<私>ではないということは<可能>だからである。これを、デカルト的奇跡と呼ぼう。すると、現にあるこの世界は、二種の奇跡が折り重なってできた複合態として捉えられることになる。(p.79)

Posted by ブクログ