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ザビエルの見た日本 講談社学術文庫1354
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 講談社 |
| 発売年月日 | 1998/11/10 |
| JAN | 9784061593541 |
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ザビエルの見た日本
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ザビエルの見た日本
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商品レビュー
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日本における西欧文化受容の重要な役割を果たしたフランシスコ・ザビエルの視点を通じて、当時の日本人の姿や信仰心が浮かび上がる一冊です。彼の書簡は、知識を求める日本人や神への興味を示し、布教活動の熱意を伝えています。また、ザビエルが日本に滞在した短い期間にもかかわらず、彼の影響力は歴史的な転換点となっていることが強調されています。対話を通じて日本の仏教僧との対立や共鳴が見られ、信仰心の深さや理性の重要性について考察がなされます。一方で、著者の解説には賛否が分かれ、歴史認識に関する意見も見受けられますが、ザビエルの視点から日本を見つめ直す貴重な機会を提供しています。
※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。
ザビエルの目に映った…
ザビエルの目に映った日本とはどういうものだったのか?講談社学術文庫は興味深い本が多くて面白い
文庫OFF
「ザビエル」自身およびキリスト教に興味のあるひとにはいいのかもしれないが、ザビエルの見た「日本」の方に興味があった私にはつまらなかった。また、著者の日本に対する理解、そして日本語訳の質に、疑問を感じた。 おもしろかったのは、2点。 ザビエルが渡日前にあつめた日本の情報。 ザビエ...
「ザビエル」自身およびキリスト教に興味のあるひとにはいいのかもしれないが、ザビエルの見た「日本」の方に興味があった私にはつまらなかった。また、著者の日本に対する理解、そして日本語訳の質に、疑問を感じた。 おもしろかったのは、2点。 ザビエルが渡日前にあつめた日本の情報。 ザビエルは日本の風俗文化にはまったく興味を示さなかったらしいこと。
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フランシスコ・ザビエルは、457年前の1552年12月3日に日本で46歳で死んだスペインのカトリックの司祭、イエズス会の創設メンバーのひとりの宣教師。 日本にキリスト教を伝えたとか、当時の最先端の西洋文化・文明を伝えたとか、おおむね通常の歴史的評価は好意的というか本質を隠蔽する...
フランシスコ・ザビエルは、457年前の1552年12月3日に日本で46歳で死んだスペインのカトリックの司祭、イエズス会の創設メンバーのひとりの宣教師。 日本にキリスト教を伝えたとか、当時の最先端の西洋文化・文明を伝えたとか、おおむね通常の歴史的評価は好意的というか本質を隠蔽する方向で定着していますが、とんでもない、あの大航海時代、スペインとポルトガルによって企てられた世界征服の野望を持って、日本に侵略するためにやってきた先兵だったにすぎません。 アステカを征服したのがエルナン・コルテスで、インカを侵略したのがフランシスコ・ピサロ、ほら後者は名前も似ているじゃあありませんか。 キリスト教がこんなにも世界中に広まったのも、侵略して植民地化した人びとに強制的に又は良心的に押しつけた結果にすぎませんし、いかにも清らかで崇高な、魂に訴えかけるようにして人をあざむき、アーメンと祈りを捧げたその口と手で、原住民を罵倒し虐殺してきたのが彼らの歴史です。 有名な1969年のパウロ・フレイルの『被抑圧者の教育学』を待つまでもありませんが、宗教としての反省と批判から解放の神学として登場するのが、ようやく20世紀になってから、しかも1930年代だというのは、いくらなんでも悔い改めるのが遅すぎます。 この感想へのコメント 1.ヨナキウサギ (2009/12/04) 全く横暴ですが「原住民を罵倒し虐殺」したということで、現在の中南米の(長崎を中心とした「かくれ」だってそう)彼らを「イエズス会の犠牲者でおつむが足りない先住民の末裔」と斬って捨てることができますか? 各地のカトリックが(マリア信仰が中心であるとはいえ)連綿と続いていることに関してはどう思われますか? 今、仮に悔い改めよと言うなら、対象は宣教師、修道会、といったわかりやすい側に限られないのでは…? 2.薔薇★魑魅魍魎 (2009/12/05) 問題なのは、個別の顔や受容のされ方や変遷ではなくて、歴史認識の正否です。ザビエルも根は善良な良心的な人でした。 特に私たち日本人は、喉元過ぎれば熱さを忘れるでしかも事大主義に陥りがちなので、気をつけなければいけないと思います。 私の身辺には慈悲深い良心的な牧師や信者もおられますし、私自身洗礼の一歩手前までいったほど関心と興味を持っています、現在は宗教心とは違った面でですが。 3.ヨナキウサギ (2009/12/05) ごめんなさい、私には「歴史認識」という言葉の意味がわからなくて、その言葉を遣って考えることができないのです。だからその正否についても云々できません。 コルテス、ピサロとザビエルを同列に論じることはできない、とは思われます。 カトリックに限らず、何であれ受容のされ方や変遷の中にもその「本質」が潜んでいるとしたら、それは何なのだろう…、私の関心はその一点にあります。 4.anokeno (2010/01/09) 読みました。キリスト者ではないのでちょっと引いて読んでました。ところでご挨拶が遅れましたが今年もよろしくお願いします 5.薔薇★魑魅魍魎 (2010/01/11) どうも、こちらこそよろしくお願いします。 この本の傾向のような興味は、ひとえに外国人の目から見た日本ということはりっぱな比較文化論になっていること、そして日本側の歴史的資料の欠如を埋めるものとして価値があると思いますので、暇にまかせてニコライやビゴーやロバートフォーチュンやイザベラバードやシュリーマンやモースなどを読んでいます。探せばまだまだあると思います。
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