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人類学者が教える性の授業 ハヤカワ新書053
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 早川書房 |
| 発売年月日 | 2025/12/16 |
| JAN | 9784153400535 |

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人類学者が教える性の授業
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商品レビュー
4
3件のお客様レビュー
時代や文化・風習、または個人によって性の捉え方が変わる。 逆に言えば性の向き合い方にこれが唯一正しいというものはないとも言える。 面白かったです。
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正直いうと邪な気持ちで読み始めたが、様々な人種の人たちが織りなす文化の奥行きをしっかりと感じさせる良書。相対的なものの見方からさらに進んだ異文化の捉え方を教えてくれる。
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同じ著者の「入門講義アニミズム」を読んで、プナンのことをもう少し詳しく知りたいと思った。それで「ありごめ」を先に購入して読んでいたのだが、本書が届いて序章を読むとあまりの衝撃的事実に出くわし、こちらを一気に先に読んでしまった。その事実とは、高地ニューギニアのサンビア社会の話である...
同じ著者の「入門講義アニミズム」を読んで、プナンのことをもう少し詳しく知りたいと思った。それで「ありごめ」を先に購入して読んでいたのだが、本書が届いて序章を読むとあまりの衝撃的事実に出くわし、こちらを一気に先に読んでしまった。その事実とは、高地ニューギニアのサンビア社会の話である。その地では、少年は通過儀礼として、年長の男性にフェラチオを施すことで精液を体内に注ぎ込まれる。精液が男性性の源と考えられている。それで、少年期にはホモセクシュアルとして過ごす。最初は精液を注ぎ込まれる方、後には精液を注ぎ込む方として。結婚してまもない期間はバイセクシュアル、父となったあとはヘテロセクシュアルと、一生のなかでさまざまなセクシュアリティを生きることになる。衝撃的な習慣である。こんな話が序章で取り上げられ、それがまた詳しくは後の章でと言われたら、続きを読まないわけにはいかない。こんな行為はいまの日本社会で考えれば犯罪となるのだろう。しかしまあ、時代が変われば、稚児愛などという言葉もあったわけで、いまでも聖職者と言われる人々のそういった行為はときどき聞かれるから、あり得るわけか。などと思いながら読み進める。長谷川眞理子先生の本が紹介されている。ずいぶん古い本だが、授業のネタとして大変お世話になった。クジャクの目玉模様などについての解釈には間違いがあったようだが。山極寿一先生と杉山幸丸先生の本は読んでなかったのだろうか。内容的にはほとんど読んだ気になっている。ハヌマンラングールは新たにリーダー格になったオスがそれまでにできていた子どもを殺す。そのことでメスが発情し、交尾が可能となり、自分の子孫を残すこともできる。ハーレム型ではオスは競争に勝つため体格が大きくなり、睾丸は小さくなる。乱交型では精子間競争が起こるため、大量の精子が必要となり、睾丸も大きくなる。子殺しを回避するためにボノボは乱交型となり、ヒトは核家族・一夫一婦制をとることとなった。そしてどちらも睾丸は小さくなった。「癒しとイヤラシ」興味深い。「結婚と死をめぐる女の民族誌」こちらもおもしろそう。村田沙耶香が「変半身」で祭りの中のセックスを描いていたが、これは実際あり得る話なのだなと本書を読んで感じる。この儀礼的なセックスは皆の見ている前でというわけではないのだろうか。それにしても、この人たちに嫉妬という感情はないのだろうか。自分の夫が寡婦に要請されれば出て行ってセックスをするというのに。そういうものとして受け入れるのか。先の小説の中では誰かがおもしろそうだからと勝手に祭りをそういうふうに変更したと明かされるが、ここに登場する習慣や儀礼なども、いつかの時点で誰かが始めたことだろう。そのときどういう思いだったのか、それを想像するのもまたおもしろい。さて、プナンが再び登場する。ここに出てくるのが「ウトゥン・ニィー(ペニス・ピン)」それはいったいどういうものか。うまくイメージできなくて調べてみたら奥野先生の論文が出てきて、その中に1枚だけ写真があった。痛そう。というか、女性はこれでどう満足するのだろうか。とか考えながら続きを読むと本書にもイラストがあった。痛いのは間違いなさそうだ。それでも、そんなものを取りつける。何かその痛さを越えるものがあるのだな。女性器切除、こちらも痛々しい。麻酔もせず、しっかり消毒もせず。いや麻酔をすれば良いというものでもない。何が人々をそうさせているのか。読み進めるとどうやら女性たちは主体的にセックスを行なっているらしい。何らかのメリットがなければこんなことは続かないだろう。それを傍で見ているものが批判しても変わらないのかもしれない。価値普遍主義と文化相対主義、一筋縄では行かない。それでも、文化・社会は変化していく。何が良いかは分からないが、住みよい社会になっていくことが望まれる。ここに登場する多自然主義、アニミズムともつながる考え方なのだろうか。その言葉自体は登場しなかったが。ところで、フーコーについての記述があったが、セックスに関するこのような研究をするというのは、やはり何らかその研究者自身のなかに問題意識があるからなのだろうなあ。こういった本を読むという行為もまた同じなのかもしれない。自分の中にあるもの、それもまた考えてみたい。ブッシュマンの四角関係、誘惑のシナリオ、ちょっと興味あるなあ。
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