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僕らは戦争を知らない ハンディ版 世界中の不条理をなくすためにキミができること 新時代の教養
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | Gakken |
| 発売年月日 | 2025/07/10 |
| JAN | 9784052061400 |
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僕らは戦争を知らない ハンディ版
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僕らは戦争を知らない ハンディ版
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商品レビュー
4.3
8件のお客様レビュー
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
戦争の解説など、丁寧でよかったのに、ウクライナカフェをやる、というくだりを読んだときに、すごくがっかりした。学生らしい初々しい感じがあるけど、理解を深めるのに、転校してきたばかりの言葉も不自由な子がメインのカフェをやる必要、本当にあるんだろうか? 飲食業の大変さを知る者として、この展開が一人の生徒の意見を優先したものという形に読めてしまうことに、すさまじい違和感しかない。ウクライナカフェをやるとして、その食事などはどう準備するのだろう? ウクライナ料理のレシピなどはこの女の子に聞くのだろうか? そうすると一人の生徒に一クラスの連帯という(しかもこの子は言語が不自由なのだ)凄まじい責任を押し付けてしまうことになるだろう。 この登場人物たちは、まだ生身の人間ではないから傷つかないと思うけど、多分現実の世界にはもっと深刻なトラウマを抱えた子もいるはずで、そういう彼らにとっては、カフェの出し物なんかが救いになるわけないだろう、と私なんかは思ってしまう。 まあ架空の話だから良いとして、これを読んだ学生がどう思うかということは考えた方が良い。私はこの本を反面教師に読んだ。やるとしても多文化共生イベントとか、そういう形にできなかったのだろうかと思えてしまう。 とまあ私自身は、結末に納得できなかったが、学生が考える材料としては良いと思う。移民の人数や地域差によっては、カフェとしてやる意味もあるのかもしれない。ただ、その場合でもウクライナだけに偏らないことも必要になる、ということは生徒間で考える必要も出てくるだろう。私が先生なら、学生のアイデアとしては100点をつけ難い案であることは書いておいても良いと思う(まあ、だがそもそも正解はあるのか、となると、難しいが……)。
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啓光図書室の貸出状況が確認できます 図書館OPACへ⇒https://opac.lib.setsunan.ac.jp/iwjs0021op2/BB50407802 他校地の本の取り寄せも可能です
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2026.2.9市立図書館 もとは学校図書館向けで2024年1月に発刊され、反響が大きかったため、2025年3月時点での世界情勢を盛り込んだ増補加筆したこのハンディ版が終戦80年の夏にでたとのこと。 第1章 なぜ戦争は起こるの? 〜ロシアとウクライナを例に考える〜 第2章 戦争...
2026.2.9市立図書館 もとは学校図書館向けで2024年1月に発刊され、反響が大きかったため、2025年3月時点での世界情勢を盛り込んだ増補加筆したこのハンディ版が終戦80年の夏にでたとのこと。 第1章 なぜ戦争は起こるの? 〜ロシアとウクライナを例に考える〜 第2章 戦争は遠い国の話じゃない 第3章 争いのない世界のために 第4章 今日も戦争は続くけれど 各章の冒頭には導入部としてとある中学生がウクライナからの転校生に出会って考えたり行動したりするという展開のマンガがあり、そのあと一問一答形式で基本的な知識が解説されている。本文は総ルビなので小学校高学年から読める。 ロシアとウクライナの話と、日本のかつての戦争の経緯と戦後の歩み、世界の平和のための活動の実態などがわかりやすくまとまっていて、巻末には広島の被爆体験者の女性とウクライナからの避難民の少年のインタビューやおすすめの本のリストも載っている。 最終的には世界で起きることに関心を持って知ることからなんらかの行動につながっていくということで、情報集めの方法指南などもていねい。 いまの世界情勢を見ていると、戦争ってひとたび始まってしまうと、なかなか決着がつかなくて互いに疲弊していくばかりなのだな、と改めて実感する。不条理な戦争にならないための、平和を守る不断の努力というのは防衛力や外交といった直接的なものだけではなく、格差や差別がない社会の実現だということは大人もあらためて考えたほうがいいと思った。 「一億総中流」のような空気では戦争は遠い気がするが、その日暮らしで未来への展望や希望が持てない、失うものがない状態の人が増えれば積極的に望みはしなくても戦争に舵を切っていくのを止める力もないし止めようとも思わないのだろうから、個人個人がたがいを尊重しあってそこそこしあわせに生きられる社会をつくることこそ、たしかにいちばんの平和活動になるのかもしれない。
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