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化物園 中公文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 中央公論新社 |
| 発売年月日 | 2025/05/22 |
| JAN | 9784122076549 |
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化物園
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商品レビュー
4.1
18件のお客様レビュー
【2026年85冊目】 モノノケ退治に巻き込まれた空き巣の女の運命は――「猫どろぼう猫」、ニートの男が旅に出ると――「窮鼠の旅」、恨みはずっと消えることがないようで――「十字路の蛇」、DV男から逃げ出し、全てを手に入れたはずが――「風のない夕暮れ、狐たちと」、心に残虐が住む男――...
【2026年85冊目】 モノノケ退治に巻き込まれた空き巣の女の運命は――「猫どろぼう猫」、ニートの男が旅に出ると――「窮鼠の旅」、恨みはずっと消えることがないようで――「十字路の蛇」、DV男から逃げ出し、全てを手に入れたはずが――「風のない夕暮れ、狐たちと」、心に残虐が住む男――「胡乱の山犬」、言葉のわからない男は祀られて――「日陰の鳥」、音楽と術理が渦巻く箱庭で暮らす子どもたち――「音楽の子どもたち」、少し不思議な7つのお話。 「身の毛もよだつ、究極のホラー」と謳ってありましたが、安心してください、全然怖くありません。こちらもホラー小説というよりもファンタジー小説に寄っているかと思います。恒川光太郎さんの筆力の高さで、どのお話も不思議な世界に誘われる心地がしました。 人知を超えた存在と、人の禍々しさみたいなものが上手く混ざり合っているような感じです。とはいえ、身の毛はよだたないので、やっぱりホラーではないのかな。化物園というタイトルに惹かれ、異形の存在を想像していましたが、人間もまた化物だよなと思ったりしました。 「猫どろぼう猫」、「十字路の蛇」、「胡乱の山犬」、「音楽の子どもたち」が好きでした。
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ケシヨウと呼ばれる、遥か昔から地球にいる怪異とも妖とも宇宙人ともつかない存在と、人間との関わりを描いた短編連作。 ケシヨウは周囲から悪意あるものとして恐れられているが、どの作品でも結局、人間の中に潜む化物の方がはるかに恐ろしいということが浮かび上がってくる。時代は違えど、人間こそが本当の「化物」の心を持っている——というテーマが静かに、しかし強く胸に残る。 どれも読みやすく、情景が目に浮かぶような美しい表現が素晴らしい。 短編ながら余韻が深く、恒川さんらしい儚さと鋭さが詰まった一冊だった。 本当に大好きな作家さん!
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2026.5.23読了。 古今東西の「バケモノ」に纏わる7つの短編集。 このバケモノは物語の中で同一個体の時もあれば同族の場合もあり、姿を現す時もあれば物語の底辺に不穏に漂い影を落とす時もある。 短編集ではあるけれど所々に共通する地名や呼び名があり、長い時を通した連作である。 また、最初の『猫どろぼう猫』に登場する老人がケシヨウと呼ばれるバケモノについて「最初にケシヨウが確認された文献は、薩摩藩の琉球見聞録だ。首里近くでよく出没したらしい。(割愛)寛永の頃に書かれた風土誌に登場する。これには甲州のケシビ峠に出現した化け物の話が記されている。(割愛)一九七〇年代までは狐谷周辺に棲んでいたらしい。」と語っているが、首里近くに出没していたのは『日陰の鳥』に出てくるダヴォンと呼ばれたバケモノで、ケシビ峠に出現していたバケモノの詳細は『胡乱の山犬』で描かれ、狐谷に棲んでいたバケモノについては『風のない夕暮れ、狐たちと』に結びつく。 ただ、ケシビ峠のバケモノは山に入った人が帰って来ないことからバケモノに喰われたとされる噂であり実体はない。 心に残虐を飼う男の妄言からバケモノの名が「消し」火峠の「妖」すなわち「ケシヨウ」と付けられたことが判明するのみである。 また、狐谷に居たのは亡者で人を喰うようなバケモノは話題にすら出てこない。 それなのに主人公の罪悪感や絶望感、後悔が薄らと背後に迫り、じっとケシヨウがこちらを見ているような気になる。 短編は最初の『猫どろぼう猫』の現代から『日陰の鳥』の過去へとケシヨウを追いながら進んで(過去へ戻って?)いき、時にはケシヨウそのものが、時には人の心の暗闇が、バケモノとして登場する。 最初の三篇は分かり易く王道のホラーで、ケシヨウは猫の姿を借りて出現するが三篇目の『十字路の蛇』辺りからケシヨウよりも人の方が妖のように描かれ始める。 蛇の執拗な執着、山犬の異常な残虐性、狐谷の後悔と諦念に滲む全てを投げ出しそうな仄暗い危うさ。『日陰の鳥』ではバケモノと呼ばれる存在は確かに描かれているのに人の愚かさと哀しさの方が際立っている。 読み進めるうちに単純なホラーから徐々に人の裡にある複雑な悲哀へとグラデーションがかかっていく。 最後の『音楽の子供たち』だけが異質で、そこにはケシヨウとは同族だが同一ではないバケモノが存在し、ケシヨウとは違った性質と存在が在ることを教えている。ホラーというよりファンタジーに近い。 連作短編集として優れた構成であり、SFホラー、心理ホラー、不思議な話など味付けの違う料理を堪能するフルコースのような満足感があった。 動物を集めて展示する動物園になぞらえて、本書は様々なバケモノを取り揃えた正に化物園であった。
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