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そこに工場があるかぎり 集英社文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 集英社 |
| 発売年月日 | 2025/05/20 |
| JAN | 9784087447736 |
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そこに工場があるかぎり
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商品レビュー
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ふと気づくと、金属に穴があきはじめている。そもそもの目的がこれなのだから、驚く必要もないのに、なぜかとても不思議な現象を目にしている気分になる。一点の窪みが少しずつ、慌てず慎重に、奥へ奥へと潜り込んでゆく。電極と金属は一定の距離を保ち、決して触れ合わない。電極の回転も、穴の形成も...
ふと気づくと、金属に穴があきはじめている。そもそもの目的がこれなのだから、驚く必要もないのに、なぜかとても不思議な現象を目にしている気分になる。一点の窪みが少しずつ、慌てず慎重に、奥へ奥へと潜り込んでゆく。電極と金属は一定の距離を保ち、決して触れ合わない。電極の回転も、穴の形成も、想像よりずっとゆっくりしたスピードで行われる。金属はまるでそれが自らの意思であるかのように、穴を受け入れている。この密やかな営みを、火花が祝福している。(第1章 株式会社エストロラボ〈細穴屋〉より) 凡ゆる仕事には、たとえ文化勲章受賞者ではなくとも、匠の技が隠れている。と、私は思う。 例えば、封筒詰めの単純作業であっても、横幅に合わせてセロテープを切るために、カンとしか言いようのない切り方をする達人たちがいる。しかも、多くの作業員はその域に達している。長すぎたら不恰好、短すぎたら用を足さないどころか、失礼に当たる。測ってもないのに常に横幅ぴったりにセロテープを切ることができるのは何故なのか。 芥川賞作家の工場見学記である。 普通の工場作業員の矜持や匠の技を見事に描いてきた作家に、例えば直木賞作家の高村薫がいる。「マークスの山」や「照柿」など、空気を吸うように作業をする傍ら、愚かな罪を犯してしまう男たち描いていた。それら、ノンフィクションのような硬質の文体に対して、小川洋子さんの文体は、幽玄の世界に呼び込むような軟質の文章だ。たとえノンフィクション作品になっても、彼女の文章は小説なのである。 「細穴の奥は深い」 女性のみの工場。細穴を作ることのみに特化した工場。 「お菓子と秘密。その魅惑的な世界」 洋子さんが子供の頃魅惑された岡山駅前のお菓子工場は「梶谷のシガーフライ」工場かなと思ってかなり調べたが、どうも違うようだ。何のお菓子作っていたんだろ。洋子さんが見学したのは神戸のグリコ。「グリコのおまけ」ではないらしい。正式な呼び名は「グリコのおもちゃ」。 ‥‥私は「おまけ」と聞く度に、幼少時自宅の建て前で、まき残った「グリコのおまけ」を全部開いて、生涯一度のみ、母から涙ながらに叱られたことを思い出す。 「丘の上でボートを作る」 今は縄文時代丸木舟のようにくり抜くんじゃなくて、スポーツ工学を駆使して手作りされているらしい。琵琶湖近くにあるけど、完成品は琵琶湖に浮かべない。 「手の体温を伝える」 洋子さんと同じで、町で見かける度に幸せになれる「車輪付きの大きな箱」。1、2歳の子どもたちが数人乗せられて、みんなお揃いの帽子を被って、思い思いの表情で運ばれてゆく箱。あれは向島の五十畑工業が発明したらしい。〈サンポカー〉というらしい。 「瞬間の想像力」 山口硝子製作所。5000年前、アラビアの商人が焚き火をしている時、積み荷のソーダをかまどに使ったところ、溶けて砂が混じり、ガラスらしいものが出来た。それ以降、人類はガラス容器を作ってきた。そして此処では複雑極まる理化学用のガラス器具を作ってきた。 「身を削り奉仕する」 北星鉛筆株式会社。洋子さんには今でもペンだこならぬ鉛筆タコがあるらしい。現代の我々に、それを持っている人は少なくなっているだろう。PCタコ指先にタコがある人っているのだろうか?鉛筆の芯の黒鉛に鉛は入っていない。炭素の塊である。鉛色なので、そう名づけられたらしい。書き味と強度には油が必要で、これが手が汚れる原因。木も一回茹でて中の細胞を壊して削り易くさせている。精度は伝統工芸レベル。外国鉛筆が粗製なのは、日本の下町工場のレベルが違うかららしい。 2016年の取材開始から21年に単行本、25年に文庫本になるまで9年の月日が経っている。10年そこらでは色褪せない世界が、そこにあった。
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小川洋子のこのシリーズは肩の力が抜けていて、ほどほど学べて、ほどほど好奇心が満たされ、そして何故だかノスタルジックな気分になる。 もしかしたら工場なんて、人間を機械の一部として組み込み、飽くなき生産性の追求に骨身を削るような世界かも知れない。でも、そんな無機質な日常に「手の温も...
小川洋子のこのシリーズは肩の力が抜けていて、ほどほど学べて、ほどほど好奇心が満たされ、そして何故だかノスタルジックな気分になる。 もしかしたら工場なんて、人間を機械の一部として組み込み、飽くなき生産性の追求に骨身を削るような世界かも知れない。でも、そんな無機質な日常に「手の温もり」とか「職人の技」といった“人間性“を見い出すところに本書の温かみがある。 取材先は、金属加工、お菓子、ボート、乳母車、ガラス加工、鉛筆。派手さはなくても、地道にものづくりに取り組み、人間にとって変わらず必要なものを作り続けている工場ばかりと著者はいう。経済の原則を考えれば、工場が存続しているのは、世の中に必要だからという事で間違いはない。そしてそれらは社会的な分業により、とても地味なものだろう。 毎日毎日そこで単調な作業をしている人たちがいて、そこには社会的な意義が必ずある。それを再発掘すべく、それこそ素朴な視点で情感を与え、人間味を掬い上げる姿はポエトリーですらある。 ー 完成品を知らされない事実は、穴をあけるという仕事に対する尊敬の念をいっそう強くさせる。穴の持つ潔さがそのまま、仕事ぶりと重なり合っている。一つの三角柱、一つの四角柱、一枚の板を前に、その人の目は穴をあけるべき一点にのみ注がれている。「私がここに穴をあけない限り、飛行機は飛び立てないのだ」などと驕った気持ちに惑わされたり、「ああ、この部品が何万個も組み合わさってぴかぴかの自動車になるんだ」とうっとり自己陶酔に溺れたりもしない。頭の中にあるのは一筋の穴、ただそれだけだ。 自分が何を作っているかも知らされないディストピア。しかし、それに挫けるでもなく、直向きに極めようと、ただ目の前の作業を研ぎ澄ます。その静かな姿は、柔道や茶道に通じる“道”の精神に限りなく近いのかも知れない。そんな事を感じた。
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あの工場を見てみたい! お菓子、ボート、鉛筆など、私たちが日常で見たり使ったりしているものは、一体どこで、どのように作られているのだろう。 ”ものづくり”の愛しさが綴られる工場見学エッセイ。 小川洋子さんが身近なものを製作している工場に見学に行き、その経験を綴る工場見学エッセ...
あの工場を見てみたい! お菓子、ボート、鉛筆など、私たちが日常で見たり使ったりしているものは、一体どこで、どのように作られているのだろう。 ”ものづくり”の愛しさが綴られる工場見学エッセイ。 小川洋子さんが身近なものを製作している工場に見学に行き、その経験を綴る工場見学エッセイ本です。 「なんて面白そうなんだろう」という基準だけで選ばれた工場は、お菓子や鉛筆、ガラス加工製品、サンポカー(子供をのせる車輪のついた箱みたいなやつ。街中で小さい子が保育士さんにのせられ運ばれている。かわいい)など様々。 工場見学というのは、小学校のとき以外はバスツアー旅行なんかでしか行ったことがないですし、バスツアーだともう買い物の前座みたいな扱いで情緒もなにもないですが、小川洋子さんの文章を通してみるととても繊細で、美しく、尊く見える。 驚いたのは、工場での製品の製作という複雑な工程、何が起こってどう作っているかという内容を、文章だけで分かりやすく伝えている事。 自分で書いたら絶対に訳が分からなくなるであろう細やかな作業工程を、現場を見てもいない一読者でもこんな機械でこんな風に作っているのかなあと想像させることが出来るのは、流石小川さんの文章力という感じです。 全く知らない業界でも、魅力が伝わる、興味がわく。素敵な本でした。
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