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オスマン帝国全史 「崇高なる国家」の物語 1299-1922 講談社現代新書2770
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オスマン帝国全史 「崇高なる国家」の物語 1299-1922 講談社現代新書2770

宮下遼(著者)

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オスマン帝国全史 「崇高なる国家」の物語 1299-1922 講談社現代新書2770

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 講談社
発売年月日 2025/03/21
JAN 9784065391884

オスマン帝国全史

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商品レビュー

4.2

6件のお客様レビュー

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2026/02/09
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※このレビューにはネタバレを含みます

約600年の歴史が新書1冊。こういうのが新書の良いところ。軽く歴史の流れが掴める。 後継者になる可能性がある兄弟を殺す習慣やら有能な大宰相たちが割と簡単に失脚して処刑されたり色々独特な国。イェニチェリでスルタンの運命が左右されたりするのはローマ皇帝と変わらなかったりするのも面白い。 バルカン半島との関係やヨーロッパ諸国とのやり取りなど分かりやすくて良かった。

Posted by ブクログ

2026/01/26

最新の研究成果を踏まえて、西アジア、ヨーロッパ、アフリカにまたがる広大かつ多様な地域を統治した、600年余りにわたるオスマン帝国の歴史をたどる。様々な民族的出自を有する王朝への仕官者をつなぐために形成された「オスマン語」の盛衰への着目も、本書の特色である。 様々な転変を経て13世...

最新の研究成果を踏まえて、西アジア、ヨーロッパ、アフリカにまたがる広大かつ多様な地域を統治した、600年余りにわたるオスマン帝国の歴史をたどる。様々な民族的出自を有する王朝への仕官者をつなぐために形成された「オスマン語」の盛衰への着目も、本書の特色である。 様々な転変を経て13世紀から20世紀までの長きにわたり継続したオスマン帝国について、政治史を中心に、丁寧にその軌跡を明らかにする500頁を超える労作であり、高校で勉強した世界史のよい復習になるとともに、知識がアップデートされた。 広大な領域で多種多様な宗教や言語を持つ諸民族が曲がりなりにも共存していたオスマン帝国が、近代に入り、汎イスラーム主義や民族主義の台頭、欧化の失敗等により、没落の一途をたどり、現代の様々な民族・地域紛争を引き起こすことになったことがよく理解できた。 また、多民族がある意味平和に共存していたというイメージもあったオスマン帝国だが、毎度のごとく皇帝の家族間での血みどろの争いや粛清があったことをはじめ、かなり流血にいろどられていたということも認識した。 著者は、歴史学者ではなく文学者ということで、読む前はオスマン帝国の通史の執筆者として大丈夫なのかなという気も若干していたのだが、文体は文学者らしく格調高いものであるものの、脚色等は感じられず、内容は歴史学的研究成果も十分に反映された信頼に足るものだと感じた。

Posted by ブクログ

2025/08/24

・13c前半にルーム・セルジューク朝は最盛期を迎えるも、フレグとの戦いに敗北し、モンゴル帝国に服属するようになり、アナトリアでは諸侯が割拠。 ・14c半ば以降、オスマン帝国のバルカン半島の組織的な征服が開始。 ・15世紀後半にアドリア海まで到達。 ・1514年、チャルディラーンの...

・13c前半にルーム・セルジューク朝は最盛期を迎えるも、フレグとの戦いに敗北し、モンゴル帝国に服属するようになり、アナトリアでは諸侯が割拠。 ・14c半ば以降、オスマン帝国のバルカン半島の組織的な征服が開始。 ・15世紀後半にアドリア海まで到達。 ・1514年、チャルディラーンの戦いでセリム1世がサファヴィー朝を下し、タブリーズを無血開城。 ・次いで1517年にはマムルーク朝を滅ぼし、セリムはメッカとメディナの「両聖堂に仕える者」となる。 ・1529年、第一次ウィーン包囲。 ・イスラム教徒海賊の跋扈に対し、1538年に海の十字軍が結成されるもプレヴェザの海戦で撃破。 ・1624年、バグダードがサファヴィー朝の手に落ちる。このとき、サファヴィー朝はアッバース1世の時代で最盛期。 ・1638年、ムラト4世がバグダートを奪回。 ・1683年、第二次ウィーン包囲で大敗。1699年のカルロヴィッツ条約でハンガリー・トランシルバニアの大半をオーストリアに割譲。 ・1722年、ナーディル・シャーがサファヴィー朝を滅ぼす。 ・1768年の第一次露土戦争でオスマン軍の衰勢が露呈。 ・1798年、イギリスとインドの連絡を絶つ目的でナポレオンがエジプトに上陸。 ・1805年、エジプト総督ムハンマド・アリーのもとで実質的にエジプトが独立。ムハンマド・アリー朝エジプト。 ・1821年~ギリシア独立戦争。1830年のロンドン条約でギリシアの独立を認める。 ・1839年~アブデュルメジト1世のもとでギュルハネ勅令が発布され、タンジマートが始まる。多様な臣民・地域に対する柔軟な制度運用から、均質性・平等性の担保された制度運用へ。 ・1853年のクリミア戦争ではイギリス・フランスがロシアを破るも、改革勅令で帝国内のイスラーム教徒と非イスラーム教徒の完全な平等が課される。

Posted by ブクログ