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マイノリティの「つながらない権利」 ひとりでも生存できる社会のために
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マイノリティの「つながらない権利」 ひとりでも生存できる社会のために

雁屋優(著者)

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マイノリティの「つながらない権利」 ひとりでも生存できる社会のために

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 明石書店
発売年月日 2025/01/20
JAN 9784750358536

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マイノリティの「つながらない権利」

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商品レビュー

3.9

13件のお客様レビュー

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2026/02/20
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※このレビューにはネタバレを含みます

研究書みたいなテイストだった。 p120 飯野由里子:人は「違っていて当たり前」。(中略)コンフリクト(衝突)を起こさない方法ではなく、コンフリクトが起きたときにどう対処するかを学校教育でも教えるべきなのに、日本においては、対人トラブルを起こさない子が「いい子」とされます。それでは、コンフリクトに向き合うことのできる大人になれませんよね。 →「違っていていて当たり前」を前提とする「対話」。「日本に住んでいるのだから同じ前提や認識枠組みを共有しているはずだ」という社会文化的な規範が非常に強い環境にいること+この「対話」の訓練を積んでこなかったことで、マイノリティの立場に置かれて対面コミュニケーションが苦手に感じる側面はあるだろうなと思った。 p144 本田秀夫:能力主義は家父長制につながっています。家父長制を基盤とした日本の社会においては、人に優劣をつけて、優位に立つ人が劣位に立つ人を支配する構造があります。家父長制や能力主義に染まってしまうと、劣位に立ったときに自尊心を持てなくなったり、自分より優位に立つ人に物を言えなくなったりしてしまいます。 →自分も内面化してる気がして警戒したいなと思ったのでメモ✍ p206 マイノリティは少数派とも和訳されることもある通り、基本的にその数は少ない。市場原理との相性は悪い。利益が出なくても、たった一人のマイノリティを救うことができるならやるべきという判断も可能な形態で運営しなくてはいけない。マイノリティの「つながらない権利」はマイノリティの中でも周縁化され、後回しにされてきた人のためのものだ。 p207 公的資金と事業収入で独立性を確保: 資金源は公的な資金と情報発信を軸としたサイエンスコミュニケーションによる事業収入を柱としていくのがいいだろう。公的資金は一定の割合まで運営する。(*メモ:自助努力でやるのはおかしい)マイノリティの方を向き続けるサイエンスコミュニケーションであるためには、未だ差別の残る公的機関の意向を聞きすぎず、また、運営が間違えた場合にそれを検証しやり直せるような、独立性と風通しのよさが必要になってくる。 →独立性のために両軸を、風通しのよさ(事業収入だけに依存しない)のために公的機関を頼る。

Posted by ブクログ

2025/11/23

終章で突然出てきた「私の人生は私のためだけにある」という一言に、強く懸念を感じて、書く。その言葉は、この本が積み上げてきた丁寧な対話と学びを根底から覆してしまうものなのではないか?なぜ、どこからこの一言が出てきたのだろう? 「私の人生は私のもの、あなたの人生はあなたのもの」「私...

終章で突然出てきた「私の人生は私のためだけにある」という一言に、強く懸念を感じて、書く。その言葉は、この本が積み上げてきた丁寧な対話と学びを根底から覆してしまうものなのではないか?なぜ、どこからこの一言が出てきたのだろう? 「私の人生は私のもの、あなたの人生はあなたのもの」「私の身体は私のもの、あなたの身体はあなたのもの」「私は私のままで生存していい。あなたはあなたのままで生存していい」、人権、大いに賛同する。能力主義からの脱却、個人モデルから社会モデルへの移行、優生思想に抗い家父長制に抗うこと。いずれもこの本がくれる大切な学びだ。 しかし、「私の人生は私のためだけにある」とは、前掲の、人権を表す言葉の、真逆なのでは?つまり、他者の人権(他者の存在)を無視してしまっている言葉なのでは? もっとはっきり言うと、「私の人生は私のためだけにある」とは、加害者に都合よく使われてしまいかねない言葉だ。 私の人生は私のためだけに存在していない。 この社会には、あらゆる他者が、既に存在している。本書が中盤で既に指摘してくれているそのことを認識し他者を尊重することが、大切なのではないか。 【他者とは、自分に都合の良いモノでも、道具でも、単なる情報でもない。一人一人が尊厳ある存在。】 【他者に加害してはならない。】 【私は誰にも加害されてはならない。】 他者の苦しみや傷つきを看過しないという観点も必要だと思う。他者への敬意という観点も必要。自己中心的ふるまい(利己主義)からの脱却や、責任という観点も必要だと思う。既に人間による理不尽な暴力(性加害・二次加害・SOGI差別等)が存在しているこの社会を、サバイブするために、サバイブできる社会にするために、自分が遭ってきた苦しみに他者が遭わないような社会にするために、良心をもって、繕っていく、社会の理不尽を改善していく、という観点も必要だと思う。 【自分とはこの世界の「お客さん」ではないし、他者は自分にとっての都合の良いモノや道具や単なる情報ではないのだから。一人一人が、生きて既に在る、存在なのだから。】 自分が生まれる前も社会は存在し他者は存在し、自分の死後も社会は続き他者の人生は続くのだから。(私のいう他者とは、人間だけでなく動植物やあらゆる存在を想定している) 万が一、他者を、尊厳ある人間存在ではなくモノと見なしたり、都合の良い道具や情報と見なすようになってしまったら、つまり見下すようになってしまったら、、 他者を利己的に搾取し無責任に傷つけるテイカーになってしまう。その最悪が極まった先は、 ハラスメント加害者や性犯罪者になってしまうだろう。 私に性犯罪した犯人(性的マジョリティ男性上司)はまさにそういう人間だった。マイノリティを、自分に都合の良い道具扱いし、マイノリティに味方するふりして良い評判を得ようとし、マイノリティに取り入り、油断させてから性加害した。私や周囲の人々に抗議されると、犯人は、謝るふりをして、謝罪・償い・更生の約束を果たさずどこまでも自己中心的に逃げ去った。犯人は、自分さえよければいい、他者に犯行して他者の人生を破壊しても何とも思わない、という人間だった。マイノリティを徹底的にモノとして見下していた人間だった。 他者に加害してはならないし、加害した者は責任を持って被害者に謝り、償い、更生することが必ず必要だ。 その先にしか、暴力のない社会、【すべての人が】【性加害・二次加害・SOGI差別されず】【安心して安全に】【尊厳ある人生を生きていける】社会は、存在しないだろう。 ...と、男性との性交を望まない性的マイノリティ当事者であり、かつ、その私のSOGIを知っていた性的マジョリティ男性上司に性犯罪(エントラップメント型性犯罪かつ、LGBTQへの差別を利用したレイプ(ヘイトクライム))されたサバイバー当事者である私は、強く思う。

Posted by ブクログ

2025/11/02
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※このレビューにはネタバレを含みます

本書は「つながらない権利」の必要性を主張し、その主張に至るまでの出来事や問題点を提示した問題提起の書である。読後、私はいくつかの複雑な感情とジレンマを抱えた。 まず印象的だったのは、筆者の怒りや不満といったマイナスな感情が文章に強く込められていたことだ。これは筆者個人の愚痴ではなく、マイノリティが直面する構造的問題への批判的視点から来るものだろう。問題点の多さは、おそらくマイノリティが「あらゆる場面で」つながりの圧力を感じている現状の深刻さを物語っている。しかし同時に、この批判的トーンの強さが、結果的に読者の反感や防衛反応を招いているようにも感じた。 本書の構造を整理すると、「つながらない権利」という考え方(What/Why)は明確に提示されているが、それを実現する具体的な方法(How)については限定的である。これは意図的なものかもしれない。まず概念自体を社会に提起することが第一段階であり、具体的な方法論は次のステップということだろう。しかし読者としては「では具体的にどうすれば?」という疑問が残り、もどかしさを感じた。 読みながら私が最も戸惑ったのは、「じゃあどうしてあげればいいの」と思う一方で、その「どうしてあげる」という発想自体が差別的だと捉えられるというジレンマだった。善意で何かしようとすれば「上から目線」と批判され、何もしなければ無関心として批判される。この板挟み状態は、理解しようとする人の意欲を削いでしまう危険性がある。 本書が示す核心的な問題は、マジョリティによる「無言の圧力」と認識の違いだと理解した。マジョリティが当たり前だと思っている「つながり=善」という価値観が、無自覚に、無言の圧力としてマイノリティにのしかかっている。「なんで来ないの?」という善意の誘い、「ひとりは寂しいでしょ」という心配、「みんなで助け合おう」という呼びかけ――これらは悪意ではないが、「つながりたくない人」「ひとりが楽な人」にとっては圧力になる。そしてマジョリティはそれを圧力だと気づいていない。この認識のズレこそが問題の根っこなのだろう。 私自身、性的指向はマジョリティに属しており、マイノリティの苦悩についてあまり考えたことがなかった。普通に過ごしていて、アルビノや性的指向、発達障害といったことに思考を巡らすタイミングがない。マイノリティが情報をつかみにくいように、マジョリティ側にも情報がそもそも出回らないのだろう。これがマイノリティ問題の最大の壁だと思う。身近にいないと切実に取り組めない――これは構造的な問題である。 本書は、マイノリティの困難を知るには適切な本だと思う。ただし、「つながらない権利を行使する具体的方法」を求める読者には物足りないだろう。目的が違う読者には評価が分かれる本である。 読後、私が感じたのは多くのジレンマだった。個人的にできることは少なく、制度や仕組みの見直しが必要だと思う一方で、では具体的にどうすればいいのかはわからない。完璧な答えはないのかもしれない。ただ、「つながりを押し付けない」という消極的配慮を意識すること、自分が「当たり前」と思っていることが誰かにとっては圧力かもしれないと知ること、そして完全に理解できなくても、ジレンマを抱えながら考え続けることが大切なのだと思う。 本書を通して、マイノリティについて考えるきっかけを得た。それ自体が、この本の目的を果たしているのかもしれない。

Posted by ブクログ