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陸軍作戦部長 田中新一 なぜ参謀は対米開戦を叫んだのか? 文春新書1482
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 文藝春秋 |
| 発売年月日 | 2025/01/17 |
| JAN | 9784166614820 |
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陸軍作戦部長 田中新一
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陸軍作戦部長 田中新一
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商品レビュー
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2025/12/16 川田稔「陸軍作戦部長 田中新一」 陸軍で世界戦略を構想できたのは、武藤章と田中新一、そしてその師匠は永田鉄山と石原莞爾。彼らが幕僚から外れ、最終的に東條英機が全権を掌握するも、佐藤賢了軍務局長らは国家戦略の構想なく、ただ「持久戦」方針の下、『場当たり的対処=...
2025/12/16 川田稔「陸軍作戦部長 田中新一」 陸軍で世界戦略を構想できたのは、武藤章と田中新一、そしてその師匠は永田鉄山と石原莞爾。彼らが幕僚から外れ、最終的に東條英機が全権を掌握するも、佐藤賢了軍務局長らは国家戦略の構想なく、ただ「持久戦」方針の下、『場当たり的対処=作戦至上主義』で犠牲を累増させた。「一撃決戦論」は敗戦の先送りでしかなかった。 終戦シナリオなき戦争運営はいたずらに犠牲を増やす。1944年サイパン以降、膨大な1年間の戦死者は無駄な犠牲者でしかない。それが国家戦略を苦手とする日本の国家的課題であり現代も全く変わらない。高市総理の「台湾有事の存立危機事態」発言は、場当たり的。「戦略は戦術に勝る」そもそも日本は中国と戦える力があるのか?少なくとも、単独では有り得ない。 日本は世界の小国の一つとして、「世界情勢の中で全方位外交」を基本方針として国家運営をしていくことがベスト。石橋湛山のいう「小日本主義」である。
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WW2中の日本陸軍参謀本部作戦部長に就き、対米開戦に少なからぬ影響を与えた田中新一の評伝。本書にも書かれているが、知名度が高い人ではなく、私もこの本を手に取るまで名前も知らなかったが、WW2に於けるキーパーソンである。 評伝と言っても、生い立ちや人柄にはほとんど触れられておらず、...
WW2中の日本陸軍参謀本部作戦部長に就き、対米開戦に少なからぬ影響を与えた田中新一の評伝。本書にも書かれているが、知名度が高い人ではなく、私もこの本を手に取るまで名前も知らなかったが、WW2に於けるキーパーソンである。 評伝と言っても、生い立ちや人柄にはほとんど触れられておらず、あくまでWW2(日中戦争を含む)における田中の思想・世界観を詳らかにする内容で読み応えがある。 写真や地図が一切ないので、やや玄人向けではある。軍人名や中国の地名などもほとんど知らないので読むのに苦労した。
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この本に書かれている通りの見通しを田中中将が持っていたとしての話だが、彼の想定していた筋書きは、あまりに一本道で、ちょっとした歯車のずれを許さないものだった。リスクが大きいにも関わらず、プランBと呼べるものはなく、彼の構想を継げる器量を誰も持っていなかったのではなく、軌道修正の余...
この本に書かれている通りの見通しを田中中将が持っていたとしての話だが、彼の想定していた筋書きは、あまりに一本道で、ちょっとした歯車のずれを許さないものだった。リスクが大きいにも関わらず、プランBと呼べるものはなく、彼の構想を継げる器量を誰も持っていなかったのではなく、軌道修正の余地が狭くて誰の手にも負えない代物だったというべきなのではないか。第1部長という要職を担った割には、事業の継続性、持続可能性という経営の視点を大きく欠いていた(彼の構想が、現実が辿った道と大きくかけ離れていたのは、不運というべきではない) そういう危なっかしさを周囲が感じていたからこそ、首相を面罵してその部長職を失った際、陸軍内で同情されるのではなく冷ややかな目で見られたのだろうし、自分から職を辞したのではなく "事件" の力を借りて職から離れたのも、逆に行き詰まりを自分自身感じていたのだと解釈されたのだろう。
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